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【完結】氷の騎士団長様にひたすら甘やかされています~誰でもよかったと言っていたはずなのに、旦那様の様子がおかしいです~  作者: くまだ乙夜


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 周囲の女性たちがどっと笑う。


 彼女たちがヘルジュを笑い者にするために近寄ってきたことは明らかだった。


「ねえ、お飾りの妻にはぴったりだともおっしゃってましたよね?」


 エリーがするりとエイノの腕に自分の手を巻き付ける。


「それって、やっぱり結婚後も独身時代のような自由がほしいということですか?」


 エリーの甘く媚びるような声に、ヘルジュは耳を塞ぎたい気持ちになった。


(でも、エリーの言うとおり……私は、いずれ離婚される身なのだから、出しゃばらないようにしないと)


 きっと彼女たちはエイノが目当てで近づいてきたのだろう。ならば、お飾りの妻はこの場に必要ない。むしろ邪魔だとさえ言える。


 ヘルジュはにこりとした。


「私は少し、夜風に当たってまいります。皆さんで楽しんでください――」

「待て!」


 エイノに強く腕を引き戻され、ヘルジュは戸惑った。


「私が彼女に『みすぼらしい』と言ったのは、修道女にふさわしい格好をする生真面目な性格を好ましいと言いたかったからだ。少し言葉選びを間違えた」


 周囲に聞かせるようにして、とうとうと淀みなく語る。


「『お飾りの妻』と言ったのは、そうとでも言わなければ、万が一私が戦死したとき、彼女は私に遠慮して、いつまでも再婚しないだろうと思ったからだ。中途半端に情を残して、ほんの二週間少々の付き合いで彼女を一生縛り付けるわけにはいかなかった――」


 エイノはヘルジュを後ろから抱きしめ、これでもかというくらい身体に腕を巻き付けた。まるで見せつけるように。


「ヘルジュを愛しているからこそ、私が死んだあとも幸せになってほしいと願っていた」


 エリーは限界まで目を見開き、わなわなと震え出した。わざとらしいまでの告白が、すべて当てつけに感じたのかもしれない。


「しかし、私は無事にこうして帰ってきた。もう何の憂いもないから、好きなだけ妻を愛でられる。本当に帰ってこれてよかった」


 エイノはしみじみとため息交じりに言い、ヘルジュの頭にキスをした。


「……お邪魔をいたしまして!」


 エリーは悔しそうに言い、一緒に来たご令嬢たちとどこかに行ってしまった。


 怒濤の展開に息を詰めていたヘルジュも、やっと深呼吸ができるようになった。


「あれがヘルジュの噂の出所か」


 エイノがぽつりとつぶやくので、ヘルジュもうなずいた。


「おそらく……」

「覚えている。お前と話し込んでいた娘だ」

「お友達でした」

「友達の目の前であんな態度を取るやつがいるか、目を覚ませ」

「……もう、お友達ではいられないのですね」


 ヘルジュは悲しかったが、エイノはとても怒っていた。


「まったく、いったい何を勘違いしたのだか。修道院ではあれくらい突き放しておいた方が他の娘からのやっかみも買いにくいだろうと思っていたが、逆に見下される原因を作ってしまったようだな。嫌な思いをさせてすまなかった」

「いえ……エリーも、出発するときは笑顔で送り出してくれたんです。おそらく、旦那様の狙い通り、やっかむ気持ちを鎮められたから……」


 だから、あの場ではそんなに間違った対応ではなかったのだろう。


 エイノは抱きしめていた手をほどくと、ヘルジュの頬に手をかけた。


「こちらを向け。二度とお前が見下されないようにしておく」


 ヘルジュが何だろうと思って見上げると、エイノはヘルジュに唇を重ねてきた。


(三度目、の)


 驚き、息を呑んでいる間に、エイノはさっさとヘルジュを離す。


「まったく、わずらわしい。お前のために、他に何が必要だ?」

「い、いえ……そんなにお手間をかけていただかなくても……我慢できますので」

「私が我慢をさせたくないんだ。どうすればいい?」


 ヘルジュは困ってエイノを見上げる。見下される原因は、どちらかといえばヘルジュにあるように思われた。


「私は、そもそも、出来がよくありませんので……私がエイノ様に釣り合うような淑女にならない限りは、どうしようもないと思います」

「私の目にはこの会場の誰よりも淑女らしく見える。これでも何人もの貴族令嬢と引き合わされてきたから、それは間違いない」


 ヘルジュはますます困惑を深めた。


「……満足に会話もできず、ダンスも踊れず、ピアノも歌もできない、何の取り柄もない人間です。いただいたドレスだって、きっと似合っていない……」


 エイノはため息をついた。


「よく分かった。自信がないからつけ込まれるんだろう。たとえそんな事実はなくても、お前が自分を卑下していれば、お前が気に入らない連中は喜んでその隙を突っつく」


 それも一理あると思ったので、ヘルジュは落ち込んだ。


「しかし、無理に虚勢を張る必要もない。お前がお前らしくいられるようにするのが私の務めだ」


 エイノがそう言ってくれても、うれしさより、申し訳なさの方が先に立った。


「ヘルジュにはいいところがたくさんある。怒鳴らない、怒らない、カッとなりにくい性格だ。何かを命じられれば素直に従い、誠実にあろうとする。心が優しくて、嫌がらせをするような人間にも平等だ。お前は自分をつまらないと言うが、黙ってそこにいてくれるだけでありがたい存在というのもいる。小動物みたいだと言ったのもそれだ」


 ヘルジュは途中から恥ずかしくなってきて、下を向いた。


(私のように褒めるところのない人間を、どうしてそこまで……)


「……照れて縮こまっている姿も愛らしい。ひどい男ですまないが、少しいじめてやりたくなる」


 からかうように言われてしまい、ヘルジュはちょっと泣きそうになった。


(や、やっぱり、いじめてらしたんですね……っ)


 ヘルジュが褒め殺しに弱いと知っていてわざとしているということなのだろう。


「あまり、いじめられるのは、ちょっと……」

「分かっている。なるべく可愛がるようにする。なるべくな」


(なるべくって、何ですか……)


 不満を感じてうらめしげに見上げると、エイノはいきなり笑い出した。


「その顔だ。怒った顔も実にいい」


 エイノが甘ったるく囁くので、ヘルジュの不満はうやむやになってしまったのだった。


 エイノはダンスが一段落するまで待ち、結局一曲たりとも踊らずにヘルジュと帰途についた。


◇◇◇


 エイノは機嫌よく戦後処理をこなしていた。


 やることはいくらでもあるが、終戦条約の締結が済んだ今となってはほとんどが国内の問題なので、エイノが手を下さなくとも勝手に進む。


 戦勝の立役者として、見ているだけでも許されるのが今のエイノだった。


 そのうちにヨハンが顔を出した。


「またサボりか」

「いやぁ、今日はちゃんとした用事ですよ!」


 お調子者の彼らしく派手な身振り手振りを交えつつ、話を継ぐ。


「アーレ伯爵のことなんですが、もう何年も王都には来てないそうで、知り合いはいないっぽかったです。一応、同い年くらいの人たちにも当たってみたんですが、知らないと」

「そうか」

「ただ、二十年くらい前にちょっとした騒ぎにはなったようですよ。とても珍しい紫の瞳をした青年だったとかで」


 エイノはふと先日のヘルジュを思い出した。金色がかったブラウンの瞳。長いまつげにふちどられ、小さな鼻と口と顎のせいで、やたらと目ばかり大きく見える。


「でもいつの間にか領地に引っ込んで、王都には出てこなくなっちゃったそうです」


 王都にまで出てくる貴族は限られている。まったく顔を見せない者も珍しくはない。それこそエイノの祖母のように。


 しかし、何も分からないとエイノとしても困る。


 どうもヘルジュが隠し事をしているように思えてならないからだ。自分のことを話さないのもその疑念に一役買っていた。

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