未到達階層
「ハッ、ホッ、よっと、これでラスト!」
ズズーンという大きな音とともに高さ2m以上はあるヘビーゴーレムが地面に倒れ伏した。
現在位置はすでにダンジョンの12階層だ。
ダンジョンに突入してからすでに8日が経過している。
たった1日で5階層までたどり着いてはいたものの、そこからは思ったよりも時間がかかっている。
金属ゴーレムたちが出てきたこともそうなのだが、1つの階層の広さが大きく複雑になっており、地図を見て最短ルートで下に降りられるところを目指しても時間がかかるのだ。
だが、ようやく12階層から下へ降りる場所が見えるところまでやってきた。
「おつかれさん。それにしても本当にすげえな。ヘビーゴーレムをあんなにあっさり倒せるやつは初めてみたぜ」
鬼王丸を鞘へと納めていると、ガロードさんが話しかけてきた。
ヘビーゴレームとはつい先程俺が倒したゴーレムのことで、重い・大きい・硬いと三拍子そろった厄介な相手のことだ。
もっとも、俺はゴーレムに対してかなり相性がよかった。
ここ、12階層まで来るのにほとんど俺が戦っていたようなもので、しかも無双状態だった。
一撃も貰わずにバッサバッサと金属でできたゴーレムをなます切りにしていく俺の姿は運び屋として雇われてついてきている冒険者たちを震え上がらせていたのだ。
実は運び屋さんたちは俺のことをかなり弱いと思っていたらしい。
最初にダンジョンに入ったときはフィーリアのような女の子や従魔と言ってあったシリアばかりに戦わせていたからだ。
しかも、休憩になったときに料理を作るのが俺だったので、てっきり俺が食事で彼女たちを餌付けしていると思われていたらしい。
あとで聞かされたので文句を言うこともできなかったが、心外というものである。
ちなみにどうでもいいが、金属ゴーレムというのは重さが名称になっているらしい。
ミニマムゴーレムやライトゴーレム、ウェルターゴレーム、ミドルゴーレムといった、ボクシングの階級のような感じの名称だった。
これは同じくらいの大きさで比べたときに軽いか重いかで分類されるようで、単一金属で作られたゴーレムというのはいないとのことだ。
てっきり、アイアンゴーレムとかゴールデンゴーレムとかがいるのかと思っていたが、ミスリルゴーレム同様にそんな奴らはいない。
どいつもこいつも持ち帰って高温の炉で溶かしていくことで各金属に分けることになる。
今回は最下層に行くのが目的であるため金属は持って帰らない。
ただ、ガロードさんや運び屋への報酬、それにやる気にもつながるかと思ってゴーレムたちから魔石だけは回収して進んでいる。
ここに来るまでのゴーレムはすべて俺の敵ではなかった。
これは実力以上に相性の問題があったのだと思う。
ゴーレムは砂や石、岩や金属などの無機物でできており、魔石を核にした疑似生命体と呼ばれるものだ。
当然のことながら、これらのゴーレムたちは生きているわけではなく、動物のような感覚機能が発達しているわけでもない。
目は見えているそうなので視覚はあるようなのだが、触覚はないし、音もあまり聞こえていないらしい。臭いは全く分かっていないそうだ。
だが、ゴーレムは視覚以外に周囲の存在を把握する術を持っている。
それは気配察知というスキルを持っていたのだ。
ようするにゴーレムが近くの敵を察知して戦闘を行えるのは、気配察知スキルのおかげであるといえる。
そこで猛威を奮ったのが俺の持っている装備品のひとつである「闇の腕輪」だった。
闇の腕輪にはアビリティがついており、気配遮断が使用可能になっているのだ。
隠密ほどではないが、気配遮断というアビリティは戦闘行為を行っている最中でもずっと発動可能な能力だ。
俺は進路を塞ぐゴーレムたちの視覚に入らないようにして、背後から鬼王丸を振り下ろすだけで次々と巨大な動く金属たちを倒していったのだった。
もちろん、普通はそんなに簡単に金属ゴーレムを刃物で切ることなど出来ない。
これも俺のスキルが問題を解決してくれていた。
刀術スキルを使うのはいつものことだが、集中スキルがすごく役立ったのだ。
ゴーレムたちの体は二足歩行の人型や四足歩行の動物型など色々ある。
だが、どれも共通しているのが可動部が他の部位よりも脆いということだ。
人型で言えば肘や膝などの関節部がそれにあたるといえばわかりやすいだろうか。
決して重鈍で遅いというわけではないゴーレムたちの動きを見極めるのに集中スキルが役立ったのだ。
気配を消して関節部を叩き切っていく俺の姿は、一流のアサシンにでも見えたに違いない。
□ □ □ □
「それじゃあ、この13階層からは地図をかきながら進んでいきますよ」
俺がそう言って【地図化】スキルを発動する。
頭のなかで周囲の風景を地図として書き起こし、それを脳内でいつまでも保存しておくことができるスキルだ。
この地図化スキルも集中と組み合わせて使うことで、半径500mくらいの距離までを地図にできる。
最もこれはゲームのような仕様とは少し違って、洞窟内では自分のいる地点から壁沿いに500mまでが分かるみたいだ。
自分を中心にして壁の向こうまで地形がわかればもっと良かったのだが、そこまでの機能はないらしい。
俺は頭のなかで地図を描きながら、適当なタイミングで用意していた地図用の紙に対してペイントする。
それまで見ていたガロードさんが用意した12階層までの地図とは出来の違う正確な地図が描き出されている。
あまりの凄さにガロードさんは口を大きく開けて固まってしまっていた。
「おまえ、この地図作る技術だけでも将来安泰だぜ」
「何年もダンジョン攻略を諦めなかったガロードさんが、将来安泰とか言わないでくださいよ」
そんな会話をやり取りしながら先へと進む。
だが、いくら正確な地図といってもゴール地点、すなわち下に降りる通路のある場所が分かっていないため、それまでよりもさらに時間がかかる。
ガロードさんと製作途中の地図をにらめっこしながら、次はどっちに向かって進むべきかなどと話し合っていた。
「ぬ。ヤマトよ。どうやら新手が来たようじゃぞ」
俺が地図に気を取られている間にゴーレムが近づいてきていたようだ。
だが、フィーリアの声を受けてそちらへと視線を向けるとたしかにこれまでのゴーレムたちとは違う姿が目に入ってきた。
「あれは、鎧騎士じゃねえか? 昔来たときはいなかったはずだが」
「ガロードさん、鎧騎士って名前のモンスターなんですか? 人間ではないんですよね?」
「ああ、あれは間違いなくモンスターだ。あいつも体内に魔石があって動かしているんだが、ゴーレムよりも人の動きに近い。見ろ。手に持っている剣を使ってくるぞ」
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種族:鎧騎士
Lv:53
スキル:剣術Lv3・耐魔法Lv2・気配察知Lv2
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おいおい。
ガロードさんやシリアのLvを越えているじゃないか。
13階層から先はこんなやつらがウロウロしているのか?
前はいなかったらしいから、この8年で新しく出るようになったモンスターなのかもしれない。
今までのゴーレムは良くも悪くも金属でできた硬い人形でしかなく、動きは単調だった。
攻撃も腕を振り回すようなものばかりで、気をつけてさえいれば当たらないものだった。
だからこそ、それなりの実力の冒険者が取り囲むようにして戦えば安定して戦えていたのだろう。
だが、この鎧騎士は戦闘技術を持つ。
しかも耐魔法とかいう見たことのないスキルまで持っていやがる。
ここからはさらに気を引き締めて戦っていかないと、溶岩竜まで行くのも厳しいかもしれない。
俺は少し緩んでいた緊張を入れ直すため、手で頬をパンパンと叩いてから、鎧騎士に向かっていった。




