5階層
「ドラアアアァァァァァ!」
洞窟の中に響き渡るかと思うほどの大声を上げて、ガロードさんが大きな斧を振り下ろす。
左手に持つ大盾でゴーレムの攻撃を受け止め、右手で大斧を操り、敵を粉砕する。
圧倒的なパワーによる蹂躙だ。
俺たちの進路を塞ぐようにして現れた鉱石モンスターたちはあっけなく打倒されてしまった。
現在はダンジョンの5階層まで潜ってきているところだ。
広さのある洞窟のなかを地図に従って最短ルートを通ってここまでやってきている。
ダンジョン内は、ゴツゴツした岩肌や反対に鍾乳洞のようなヌメッとしつつもつるりとした壁のある洞窟など、階層ごとに違うところがなんとも不思議な空間だ。
そしてそれ以上に洞窟内にいるにも関わらず、暗くないというのもすごい。
特に光る石みたいなものがあるわけではないのに、問題なく活動できる視野が確保できている。
俺の知る物理常識とも、この世界での常識とも違う法則があるのは異界化した影響なのだろう。
もっとも、不思議がっているのは俺くらいなもので、他のメンバーは「そういうものだ」と思っているようだ。
「ヤマト、この先に水場があるはずだ。今日はここまでにして休憩しようぜ」
ガロードさんはこのあたりまでは何度もきているに違いない。
地図を確認していないが先の状況を把握しているみたいだ。
もちろん、俺に異論はなかった。
今日は、おそらくそのまま野営することになるだろう。
一番最短だという入口を通って5階層まで来るのに1日で来れたのはかなり速いのではないかと思う。
基本的には1階層2時間もかからないくらいで踏破できている。
最もこれはこちらの戦力が十分以上にあるというのが大きいのだろう。
1〜3階層まではクレイゴーレムやサンドゴーレムといったそれほど硬さはないが数が多いモンスターが襲ってきた。
それに対処したのはフィーリアだ。
お得意の精霊魔法で一発でゴーレムたちを吹き飛ばし戦闘不能へと変えていたのだ。
その後はそれらのモンスターに加えて、ロックゴーレムが登場している。
が、こちらもほとんど問題になっていない。
ガロードさんも1人で複数のロックゴーレムを相手にするだけの実力があるが、シリアが張り切っていたためだ。
完全に岩で出来ているはずのロックゴレームをシリアの爪や牙があっさりと粉砕してしまう。
まるで、家においてあったきれいなお人形さんが猫の気まぐれによって無残な姿へと変えられてしまったかのような印象すら受ける。
おかげで俺はほとんど手を出さずにここまで来てしまっていた。
「はい、料理ができましたよ。まあ、簡単なスープくらいですけど」
「おお、すげえじゃねえか。ダンジョン内でこんなうまいスープが食えるなんて思いもしなかったぜ」
5階層にある水場へとやってきた俺たちは休憩することにした。
俺やシリアなんかはまだ動き回れるだけの元気はあるのだが、他のメンバーにも気を配らないといけない。
ガロードさんはもとより、その他に運び屋として5人雇ってきているのだ。
運び屋が背中に背負っている物資の量は並大抵のものではない。
もしも、後ろに転びでもすれば自力では立ち上がることすら困難ではないかと思うくらいの荷物を背負っているのだ。
いくら戦わないという契約でもモンスターとの戦闘が見える範囲にいることになるため、いつ襲われるかと緊張もするだろう。
肉体的にも精神的にも疲れている彼らを休めるためにも、休憩は絶対に必要だった。
「持ってくる荷物、多かったですかね。今日だけで5階層まで来られるとは思ってなかったもんで」
「いや、たしかに速いスピードでここまで来たが、こっからはそうはいかないんだよ。6階層からは金属製のゴーレムなんかも出てくるんだ。ロックゴーレムなんかよりも遥かに硬いから1匹倒すだけでも時間がかかっちまうからな」
「金属のゴーレムですか。持って帰ればお金になりそうですね」
「そうだな。一番金になるのは魔石で間違いないんだがな。金属そのものも需要がないわけじゃねえ。むしろ希望の金属を取ってこいっつう依頼が出るくらいだからな。攻略を全く考えてない奴らなんてのはそのへんの階層を狙うのが多いだろうな」
「やっぱそうなんですね。というか、それなら金属取り放題ってことになるんじゃないですか? もともとの炭鉱より採掘量が増えたりしているんじゃないですかね」
「んー、どうだろうな。金属ゴーレムを倒せるパーティーってのは実はそこまで多くねえんだよ。むしろ冒険者ギルド内で見ても上位の方になるかもな。冒険者になるやつってのは夢見るやつが多くてな。初めてギルドに来るようなやつはだいたい、『俺がダンジョンを攻略する』って粋がるんだよ。だけど現実はそう簡単にはいかねえ。ほとんどがロックゴーレムで最初につまづくんだよ。それを乗り越えてなんとか金属ゴーレムを倒せる実力がついた頃にはそこそこの年齢になってるから、攻略よりも安定した日々の稼ぎを優先するようになっちまうのさ」
「なるほど。でも上位陣だけだと手に入る金属の量自体はそこまで多くないってことなんですね。ま、そうでもないと取ってこいなんて依頼もないでしょうしね」
「おまえは大丈夫なのか?」
「え? なんのことです?」
「おまえの実力だよ。普通、このダンジョンに来る冒険者は大きな斧だとかハンマーとかでドカンとゴーレムを殴りつけるんだよ。剣で切っても切れないからな。でも、ヤマトは見たところその細っこい剣しか持ってないじゃねえか。そんなんで本当に戦えるのかってことさ」
ああ、そういうことか。
そういえば、ここに来るまでほとんど何もしてないから実力を見せる機会自体がなかった。
というか、どんな金属でできたゴーレムが出てくるんだろうか。
下手したら毎回アーツを使ったり、魔刀を使ったりしないといけないのかもしれない。
「やってみないことにはなんとも言えないですけど、多分大丈夫だとは思いますよ。この刀もミスリルでできた強力な武器ですしね」
「ミスリルか。いいよな。俺も欲しいんだが手にはいらねえんだよ。貴族連中は使いもしねえのにコレクションのようにミスリルの武器をつくったり集めたりするから、買うチャンスすらねえんだぜ。どうやって手に入れたんだよ」
「前に仕事の報酬としてミスリルを受け取ったんですよ。運が良かったんでしょうね。そういえば、金属ゴーレムの中にはミスリルゴーレムみたいなのはいないんですか?」
「ミスリルゴーレムってのは存在しない。だけど、10階層以下のゴーレムには、体の一部にミスリルが含まれてるって話もある。まあ、どこに何が入っているかわからんからな。冒険者としての自分の勘を信じて、腕とか足を切り取って持って帰るんだよ。そいつを溶かしてちょっとでもミスリルが混じってたら御の字ってところだな」
「それだと確実に儲けになる魔石を持って帰ったほうが儲かるんじゃ……」
「ああ、そのとおりだ。だからミスリルなんてほとんど手に入らないのさ。ミスリルの武器が欲しくて冒険者の一生をすべてゴーレムの体の一部を持ち帰ることにした男が、やっとの思いで手に入れたのがミスリルのナイフだったって笑い話もあるくらいだからな」
「効率悪そうですもんね。まあ、そういうことなら明日からは俺が前に出ましょうか。どのみち溶岩竜を相手にするんですから、ここらで金属でもなんでも切れるってところをお見せしますよ」
そう言いながら、鬼王丸をポンと叩いた。
ハサウェイ商会でミスリルを受け取っておいてよかった。
普通の鉄でできた刀ではたとえスキルで切れたとしても刃がボロボロになってしまうだろう。
アビリティのついたミスリルソードの力を今こそ発揮して貰おう。
そう思うと、鬼王丸も意思を持っているかのようにジーンと震えた感じがした。
明日からが楽しみだ。




