氷霜巨人
「ヤマトよ。それは無理というものじゃ。あやつらには、氷霜巨人には絶対に勝てん。手を出してはいけないのじゃ」
3日ぶりに目を覚ました俺が、フィーリアやオリビアさんに対して読心スキルで得た情報について話した。
オリビアさんは今まで謎に包まれていた氷の女神像の誕生秘話に驚き、何やらメモまで取っていた。
それに対してフィーリアは冷静だった。
氷霜巨人の危険性を切に訴えてくる。
「やってみないとわからないだろう。正面から勝てなくても、なんとか工夫して油断しているところでも襲うとか」
「無理じゃろうな。妾ですら完璧に不意をついて攻撃できたとしても倒しきれんじゃろう。そして、相手に反撃の機会を与えればそれで終わりじゃ。奴らはむやみに刺激さえしなければこちらのことなど気にしないのじゃ。触らぬ神に祟りなしじゃよ」
今のフィーリアの全力の攻撃がどのくらいの破壊力を秘めているのか俺は知らない。
だが、ここまで言い切るということはよっぽどなのだろう。
しかし、それなら罠を使う方法でもいいのではないだろうか。
それに俺のスキルで攻撃系スキルのアーツを発動させれば一撃で致命傷を与えられる可能性はあると思う。
ミスリルで出来た刀である鬼王丸にも魔刃というアビリティがついている。
やらずに諦めるということはできない。
「そこまで言うなら、一度この目で見極めたい。自分の目で本当に敵わないのかどうか確かめるくらいはいいだろう?」
実際に見てみればたいしたことがないかもしれないし、対処法も分かるかもしれない。
どっちみち山脈に詳しいフィーリアの案内がなければ探すだけでも難しくなるから協力してくれないと話にはならないのだけれど。
断られたらどうしようか、と気をもんでいたがどうやら渋々だが納得してくれたようだ。
「よかろう。そこまで言うのなら一緒に見に行くのじゃ。ただし絶対に遠くから見るだけじゃぞ。近づくことはならんからな」
こうして俺は再び北の山脈へと足を運ぶことになったのだった。
□ □ □ □
雪が降り積もり、いつ雪崩が起こるかわからないような中をひたすら歩く。
風の方向や天気も常にコロコロと変化していて、全く予想することすら出来ない。
だが、そんな環境の中でも動き回れるモンスター達がいるというのは驚きに値する。
雪原人や女王雪豹、バーサクトナカイに雪食羊や氷喰鳥などどれもこの環境に適応した生態をしているようだ。
そんなモンスターたちから時には逃げ、時には攻撃し、時には他のモンスターになすりつけたりしつつ、雪の山脈を越えていく。
いまだにクレバスのあるところを100%把握できるわけではないので危険はあるのだが、それでも雪の中でのモンスターとの戦闘に多少は慣れてきていた。
とにかく俺の場合は雪の上という足場が悪いところが大変だった。
フカフカの新雪が積もったところでは雪に足を取られるし、山なので斜面があり足を滑らせてしまうこともある。
最終的にはフィーリアが足元の雪を氷に変換してくれるのが一番戦いやすかった。
フィーリアを守る、みたいな大口を叩いておきながら少々格好悪いが、最初と比べれば格段に成長していると思う。
そんな感じで山の中を進んでいると、遠くの方からズーン、ズーンという音が響いてきた。
「ようやくのお出ましみたいじゃの。あの音は氷霜巨人が歩くときの足音なのじゃ。あそこで身を隠すのじゃ」
そう言ってフィーリアが近くの岩場の影になるところへと移動した。
そして、付近にあった雪を集めて大きめの透明なドーム状の氷を作り出した。
見てみると、中にはいることができ、中からは外が見えるようになっている。
「完成じゃ。早く入るが良い」
そう言われたので、俺とシリアはフィーリアがつくった氷のドームの中へと入り込む。
壁となっている氷の厚さがかなり分厚いので滅多なことでは崩れないだろうということはわかった。
そうしている間にもズーンという音がだんだんと大きくなっている。
少しすると、ついにその音を出す発生源が見えてきた。
そしてそれを見た瞬間、俺はフィーリアが言っていたことが理解できた。
氷の女神像に対して読心スキルを用いて見た昔の映像。
その中に出てきた青白い大きな山のような存在、つまりは氷霜巨人の姿がそこにあった。
でかい。
予想以上の大きさだった。
最初に見たフィランでの氷の女神像よりも大きいので30m以上は確実にあるということは分かる。
下手をすると50mくらいまであるのかもしれない。
青白い体は氷でできているのだろうと思うのだが、それは氷像とは似ても似つかないほど「生身の体」だった。
フーフーと吐く息によって胸が上下する動きを繰り返している。
足を上げて歩くたびに全身の筋肉の躍動を感じる。
機械的な二足歩行ではなく、生体的な動きをしているとでも言うのだろうか。
手と足を動かしつつ、腰にひねりが加わり、それらの動きに対応して皮膚に皺が出ているのが分かる。
決して氷でできたゴーレムのような巨人というわけではないのだ。
さらに言えば、その氷霜巨人は男性型のようで、筋肉がムキムキだった。
ボディービルダーのような筋トレでつけましたというような不自然な筋肉ではなく、生活している上で必要な筋肉が自然についたと言うべきなのだろう。
だが、それはまるでギリシャ彫刻のような力強い男、あるいは戦士の肉体をしていた。
それを見るだけでも強いのだろうと言うことが理解できる。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種族:氷霜巨人
Lv:310
スキル:槌術Lv5・体術Lv4・怪力Lv4・水魔法Lv4・風魔法Lv3
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ひとしきりその外見を見た後に、忘れていた鑑定眼によるステータス鑑定を行った。
だが、その数値は俺の予想を遥かに超えたものだった。
Lvの高さがおかしい。
これまでの中での最高値はLv106のフィーリアだったが、その3倍くらいあるではないか。
100以上の数値が存在するというのは知っていたが、まさかここまで高いLvのモンスターがいるとは思いもしなかった。
さらにスキルもたくさんある上にどれもLvが高い。
氷霜巨人は物理攻撃も得意だが、魔法も使えると言う話だったがそれは確かなようだ。
しかも水と風の2つの魔法があるのなら、それを同時に組み合わせて使って氷魔法みたいなこともしてくるのかもしれない。
この雪山であればそれはさらに凶悪さを増すに違いない。
だが、何よりも恐ろしいのはそんな数値ではなく、あいつの存在感そのものだった。
あいつと戦って勝つとかいう次元の話ではなく、あいつに対して近寄っていこうとすら思えないのだ。
見るだけで恐怖から体が震え、すくんでしまう。
絶対的強者とそれに踏みにじられる弱者という関係であることが分かってしまった。
あれに手を出すべきではない。
フィーリアの言っていたことは間違いなく正しかった。
隣をみると普段は女王様然とした済ました行動をしているシリアが体を小さくして震えている。
まるで自分の存在を隠すかのようにうずくまり、顔を腕の中に埋め、尻尾は股間の下に通して体の下へと潜り込ませていた。
反対側をみると、フィーリアはいつもどおりの表情だった。
長生きしているらしい彼女にとっては氷霜巨人の姿を見るのは初めてではない。
最初から対峙することなど考えておらず、おそらくこのドーム状の氷はやつに見つからないようにするために考えてつくっているのだろう。
そのフィーリアがフイと横に顔を動かして俺と目があった。
「どうじゃ、これでよくわかったじゃろう。いくら妾とお主でも氷霜巨人には手を出してはいけないのじゃ。妾は例え負けても死なん。そのうち時間をかければ蘇ることもできるじゃろう。だが、お主はそれができん。妾のためにヤマトが犠牲になってほしくはないのじゃ」
そう言われてグッときてしまった。
俺がフィーリアに対して犠牲になってほしくないと思う気持ちと同じものを、フィーリアも俺に対して持っていてくれたのだと言うことが伝わってきた。
俺は自分の気持だけにしか目が向いていなかったみたいだ。
ふ〜と大きく、長い息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「フィーリアの言いたかったことはよくわかったよ。あれは俺たちの手には負えない。残念だが氷霜巨人を倒すというのは諦めよう」
「ふふ、ようやくわかったか。ヤマトは頑固じゃから妾はいつも困らせられてばかりじゃよ」
そう言ってフィーリアが笑い出す。
いや、そんなことはないだろう。
俺がおまえを困らせるようなことをしたことなんて一度たりとも記憶に無いんだが。
まあ、それまでの緊迫した雰囲気がいくらか和らいでくれた。
しかし、それでもだ。
俺はこれまで一緒に旅をして、いろんなものを見てきたフィーリアを黙って見殺しにする気にはなれない。
氷霜巨人を倒すことは諦めよう。
だが、それ以外にきっと何か方法があるはずだ。
これからはそれを探さなければならない。




