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制作秘話

「氷の女神像を使う? そんなことが許されるわけないだろう!」


 翌日の朝になって、朝食を食べながら俺の考えをみんなに伝えた。

 しかし、これにはオリビアさんが反対の立場に立った。

 なにせこのフィランという街は氷の女神像を中心にして生活している。

 もしそれがなくなってしまえば、文字通り死活問題になってしまうからだ。


「でもフィーリアの力以外で火山の鎮静化を実現するなら、周囲の冷気を吸い取って力を貯めることができる氷の女神像しかないんですよ。それともオリビアさんはフィーリアに犠牲になれっていうんですか」


「いや、私とて精霊様には犠牲になってほしくはない。だが、それと同じくらいフィランという街が大切なのだ。あの女神像がなければこの地に人が住むことはできない。それを捨て去るという選択は絶対に無理だ」


 もうすでに同じようなやり取りが何度も続いている。

 そのため、オリビアさんが決してフィーリアのことを軽く見ているわけではないというのはよく分かっていた。

 だが、それでも引けないのだろう。

 氷の女神像を利用するという考えには首を縦に降りそうにもなかった。


「ヤマトよ、もういい加減にするのじゃ。それにそもそも、氷の女神像に溜まっておった冷気は先日妾の体に取り込んだことで大幅に減っておる。あの像に火山を鎮めるほどの力はすでになかろう」


「……氷の女神像を運び出して、このあたりの山脈すべてから冷気をかき集めればなんとかならないか?」


「無茶を言うな。あれは冷気を吸い込むほどに大きくなっていくのじゃぞ。あの大きさをお主も見ておったろうが」


 そういや、そうだな。

 30m級の氷像を雪山で運び回るなんてことは無理だろう。

 氷の女神像を利用するというのはいい考えだと思ったが、詰めが甘かったかもしれない。

 そもそも、あの像を火山の噴火口に放り込んだとして、それで鎮静化できるかどうかすらわからないしな。


「フィーリアはどうやって火山を鎮めるつもりなんだ? それは本当にうまくいくのか?」


「お主も知っておるだろうが、精霊とは自然そのものじゃ。妾のような氷精であれば吹雪と同じようなものじゃな。今回は噴火口に飛び込んで、大地の熱を冷やすようにする。妾の体を吹雪に変えるのじゃ。そして、周囲からも冷気を集めて冷やし続ける。あの山の付近の環境であれば、一年を通して冷やすことができるじゃろう」


「そうすると、おまえは投身自殺するわけじゃなくて、千年だか一万年だかの長い期間をずっと火山を冷やし続けて噴火を押さえ続けるってことか?」


「まあ、そうなるかの」


「体を吹雪に変えるってのはどういうことになるんだ。自分の好きなタイミングで元に戻れたりするのか?」


「無理じゃな。妾は吹雪そのものとなるのじゃ。そこに意思などはなく、ただ周囲を冷やし続けるのみじゃ。大地の熱が弱れば、そのうち精霊としての力を取り戻すじゃろう」


 なにそれ。

 雪山に飽きて他の土地にまで行きたがっていたやつがそんなことをしなきゃならんのか。

 だけど、それなら少しは対処できる可能性があるんじゃないだろうか。


「つまりは、周囲の冷気を集めて火口内部にあるマグマを冷やす事ができれば、フィーリアがいなくてもいいってことだよな。何か他の方法さえ見つければいけそうな気はするんだが」


「念を押しておくが氷の女神像の使用は出来ないぞ、ヤマト殿」


「それは……わかりました。ですが、それなら氷の女神像を調べさせてもらえませんか? 今のところ周囲の冷気を集める特徴を持つものなんて、ほかにありませんし」


「分かった。調べることができるように手配しておこう。だが、実物の女神像に近づくときには必ず私を同伴するようにしてくれ」


「ありがとうございます」


 とりあえず、半歩ほど前進したという感じかな。

 こうなったら徹底的に氷の女神像を調べることにしよう。




 □  □  □  □





 氷の女神像を調べようとオリビアさんに資料を集めてもらったが、ほとんど何もわからなかった。

 いつ、誰が、どうやって、あの氷の女神像を作ったのかすらはっきりしない。

 大昔からこの地を見守ってきた土地神の姿だとか、天地が創造されたときからそこにあったとか、旅の途中の大賢者が作りあげてくれたとか、そんなおとぎ話のようなものしか残っていないのだ。

 たちが悪いのが、この世界ではどれもありえない話と切り捨てられないところにある。

 なにせ魔法が存在し、モンスターや精霊などがいるのだ。

 そして、結局のところ寿命の短い人間の残した資料よりも長生きしている実在の人物の意見が一番信頼性があった。


「あの像はおそらく人間が作ったと思うのじゃ。少なくとも昔はなかったし、像ができてすぐに周りに人間が住み着いたから間違いないと思うのじゃ」


 高位精霊のフィーリアの寿命がどのくらいなのか、そもそもあるのかどうかよくわからないが、とにかく昔は存在しなかったらしい。

 そして、状況的に作ったのは人間であるというのは間違いないのだが、誰がどうやって作ったのかはわからずじまいだった。


「しょうがない。こうなったら実物を調べてみるしかないだろうな」


 そう言って俺はオリビアさんに付き添いしてもらいながら、氷の女神像を調べることにした。

 湖を渡り、中央にある小島へとやってくる。

 そこには10mほどの高さの女神像が待ち構えていた。

 相変わらずの美しさで、これを火山に放り込んだりしたら天罰がありそうな気もしてくる。

 話通りなら人間が作ったはずのものなのでそんなことはないと思うが、そう思わせる何かがこの像にはあった。

 グルッと周囲を回ってみながら観察する。

 だが、それだけで何か分かるものでもない。

 観察眼を使っても基本的に名前くらいの情報しかわからないため、誰が、いつ、何を材料に、どうやって作ったのか1つもわからない。

 ならばどうしようかと考えて、とあるスキルのことを思い出した。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【読心サイコメトリー


 リンドで雪の中の移動手段を調べるためにヨーゼフさんに使った【読心】スキルだ。

 これは人間を対象に質問しながら使うと、その内容に関連したことが読み取れるスキルだ。

 だが、人間以外にも物を対象に使用することができる。

 ただ、その場合は調べたい対象物に残った記憶の残滓みたいなものをすくい取ると言うかたちになるので、狙い通りのことが分かるかは賭けに近いのだけれど。

 まあ、現状は何の手がかりもないので試してみるしか方法がない。

 俺は氷の女神像の前にたち、像の表面に手を触れながら読心スキルを発動させた。


 氷の女神像の記憶。

 あいまいながらも、この像がいつも雪の街フィランを見守ってきたことが分かる。

 常に見下ろすようにしながらフィランを一望しており、街や人の様子が記憶の残滓として残っている。

 それが、何年も何十年も何百年もの間、ずっと続いていた。

 あまりにも長い時間を過去に辿っていくため、俺の頭は情報量にパンクしそうなのかガンガンと痛む。

 まるで金属のハンマーで頭を叩かれ続けているかのように感じた。

 だが、それでもここでやめるわけにはいかない。

 息を荒げ、頭を振り回し、何事かを叫びながらも、俺は氷の女神像から手を離さず読心を続けた。

 どのくらいの時間、スキルを続けていたのだろうか。

 ようやくその終わりが見えてきた。

 氷の女神像が生まれる瞬間の記憶が見えてきたのだ。


 まるでテレビの画面にノイズが走っているかのような映りの悪い映像が見える。

 青白い山のようなものから、誰かが何かを取り出していた。

 赤く、鮮血に染まったものを取り出したおそらく女性がそれを持ち去る。

 ふとその女性が振り返ったとき、先ほど山と見間違えたものの全体像が見えた。

 青白い体をした、人間ではありえないほどの大きな巨体。

 しかし、それは人の形をしているものだった。

 女性が何かを取り出していたのは、その人型の胸部からだったようだ。

 となると、取り出した赤いのは心臓になるのだろうか?

 少し場面が変わる。

 女性は大きな魔法陣の上にたくさんの氷と巨大な心臓を置き、魔力を発生させる。

 魔法陣がパアッと光ったと思ったら、そこには小さな像が出来ていた。

 俺も見たことのある氷の女神像だ。

 だが、氷の女神像の作成はまだ終わっていなかった。

 魔法陣のそばにいた女性が倒れたのだ。

 女性が倒れた瞬間、彼女の体からとてつもない量の魔力が放出される。

 そしてその魔力が氷の女神像へと入っていった。

 この段階になってようやく気づく。

 俺の見ていた映像は2人分あったのだ。

 あの巨大な人型と女性の2つの視点が混じって、女神像の完成までの映像を見続けていたのだった。


「……う、ん。あれ、ここはどこだ?」


「気がついたのか。ここは私の屋敷だ。ヤマト殿が氷の女神像に触れてからしばらく様子がおかしくなっていてな、最後にはバタリと倒れたのでここへと運び込んだ。もうあれから3日が過ぎているよ」


 そんなに時間が過ぎていたのか。

 つい先ほど、氷の女神像のところまで行ってきたばかりのようにしか思えない。

 だが、欲しい情報は手に入れた。

 氷の女神像の材料になったのは間違いなく氷霜巨人フロストジャイアントの心臓だろう。

 火山の噴火を鎮めるためには巨人を相手にしなければならない。

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