話し合い
「なにを言っているんだ? 身を投げ出すってのは何のことだよ。なんか危険なことでもしようってのか」
とっさに出た俺の言葉は、少し意味不明な感じになってしまった。
今の会話の流れなら、危険どころではないはずだ。
だが、俺はそれを考えたくもなかったのだ。
「そのままの意味じゃよ。妾の体を噴火口に投げ出すように飛び込む。そして、内部にたまった大地の熱を妾の力によって鎮めるのじゃ。そうすれば、噴火することなぞなかろう」
「ちょっと待てよ。なんなんだよ、それは。他になんか方法があるかもしれないだろ。フィーリアが犠牲になるような必要はないはずだ」
「いや、これも運命じゃろう。妾は自分の欲求のためにこの地を離れた。その間にこのようなことが起こっておったのじゃ。それでも、事態が悪化する前に帰ってこられたのは僥倖というもの。ここで力を使わずにどうするのじゃ」
ふざけるなよ。
ようやく、ベガの呪縛から開放されて、ついこの間、やっと弱体化が解除されてもとの姿に戻れたばかりじゃないか。
それに、そんなことされたら何のために俺がおまえをここまで送り届けに来たのかわからなくなるだろうが。
……いや、違うのか?
もしかして、ここでフィーリアの犠牲が必要だからあんなクエストがあったっていうのか?
俺は自分の意志で連れてきたつもりだったけど、きっかけは間違いなくクエストにある。
あれに誘導されたんだろうか。
「べつにヤマトが気にすることではない。妾は精霊のフィーリアじゃぞ。死ぬわけではないのだ」
「平気なのか? 火山の噴火口に飛び込んでも? 中はものすごい高温なんだぞ。絶対に無事ではすまないだろうが」
「そうじゃな。無事ではすまんだろう。だが、精霊であれば時間とともに蘇る。千年後か一万年後かはわからぬがな」
ギリッと言う音が部屋に響き渡った。
俺が奥歯を噛み締めた音だ。
こいつはどんだけ先の話をしているんだ。
俺たち人間とは全く別の次元の存在であるという事実を突きつけられた。
だけど、それでも俺は……。
「やっぱりそんなの許さん。俺は反対だ」
「なにを言うておるのじゃ。妾が何かをするのにお主の許しなど必要あるまいて」
「それでもだ。それでも俺はおまえの考えに反対だし、絶対にそんなことは許さない。フィーリア、火山の噴火は俺が止めるよ。だから早まったことをするな」
「……ふう。お主は頑固じゃのう。ならば、どうやって止めるのじゃ。方法があるんじゃろうな?」
「今すぐには答えられない。これから考える。だから、フィーリアの時間を俺にくれないか。俺が対策を考える間だけでいいから、何も行動を起こさないでほしい」
「山の暴発がいつ起こるかはわからんから、確約はできんがの。ただ、現地を自分の目で見たことで、遠くからでも異変が起きれば即座に認識できる。そうじゃな、妾の力が万全の状態で発揮できる冬の間は待ってやっても良い。ただし、冬が終わる前までに止められなければ、妾は自分の方法を行うのじゃ」
その条件なら十分だ。
もともと、こっちは来年の春には日本へと戻ることになる。
それまでに、なんとしても噴火を止める方法を考えないと。
だけど、自分で言っておいてこんなことをいうのもあれだが、全く検討もつかない。
どうすればいいのだろうか。
□ □ □ □
うーむ。
一体どうすればいいのか、考えても考えても何も思い浮かばない。
すでに夜遅くになってしまっているが、一向に寝付けないのでベッドの上で寝転がりながら思考を巡らせていた。
クエストの内容は「噴火間近の火山の鎮静化」となっていたはずだ。
これはいいように解釈すれば、月の女神リディアが鎮静化できると認めているということにならないだろうか。
そう考えれば希望はあるのだが、それがフィーリアの犠牲こそ唯一の方法であるとなると困ることになる。
なんとかフィーリアの力抜きで鎮静化できる方法を考えなければならない。
だが、あらためて考えるとフィーリアは本当に噴火間近の火山を鎮めることなんてできるんだろうか。
少なくとも、日本で火山のことをニュースでやっているのを聞いた経験上、噴火を鎮める方法なんてなかったように思う。
せいぜい、被害規模を明らかにして大きな被害が出そうなときには避難するくらいが関の山だったはずだ。
どっちかというと昔話に聞く、「山の神様がお怒りになっているから、それを鎮めるために人柱となる」みたいな生贄をイメージしてしまう。
だからこそ、フィーリアの自己犠牲なんて見たくないのかもしれないと思った。
しかし、フィーリアが本当に噴火を鎮められるというのであれば、それは俺の知らない技術、すなわち魔法によるものではないか。
フィーリアの持つ精霊としての力と同等レベルの魔法の力を用いれば、噴火を鎮められるか?
そうはいっても、力を取り戻したフィーリアはLvが100を越えている。
それと同等の魔法力を発揮するものなどなかなかないだろう。
「クソ、完全に行き詰ったな。考えても全然いいアイデアが浮かばん」
何度も出口のない迷路を回るような思考によって、思わず愚痴を吐いてしまった。
このままでは到底眠れることもないだろう。
俺は部屋の窓を開けてバルコニーへと出て、体ごと頭を冷やすことにした。
何気にバルコニーというのは庶民の家にはない建築様式だったりする。
オリビアさんの屋敷では多くの部屋についており、テーブルやイスもセットされている。
そこへ腰掛けて外の景色を眺めた。
真っ暗な中に月が浮かんでいる。
街の外へと一歩踏み出せば体の芯から凍えるような寒さだが、街の中だと気温はマイナス10度より下回ることはない。
最初は気温がマイナスになっただけでも口から文句が出ていたものだが、それも慣れてしまった。
むしろそのくらいの気温であれば気軽に外出できるレベルであるといえる。
火照った体に冷気を当てて冷やしていく。
グツグツと煮立っていたような頭も多少スッキリとしてきた。
そして、そこで俺は閃いた。
そうだ、あれを使えばいいじゃないか。
なぜこのことに気が付かなかったのだろうか。
どうして、この極寒の地でフィランの民は冬でも不自由なく生活できているのかを思い出すべきだった。
そうだ、周囲の冷気を吸収する特性に、フィーリアに力を与えても何の問題もない代物。
バルコニーにいる俺の視界の先には、氷の女神像が月の光を受けて、湖の上に浮かび上がっていた。




