異変の調査
「ここがフィラン冒険者ギルドか。本当に人がいないんだな」
俺は今、フィランにある冒険者ギルドへと顔を出しに来ている。
もうフィランへと来てから数日が過ぎているが、やはり顔出ししておいたほうがいいだろうし、一応オリビアさんからの指名依頼という形での山脈の異変調査になるからだ。
だが、ギルドの建物に入ってみると、冒険者の姿が少ない。
オリビアさんが語っていたとおり、冬に稼ぎたい人たちはリンドのダンジョンへと行っているのだろう。
「山脈調査の指名依頼、たしかに受理しました。お気をつけて」
俺はギルドを通して指名依頼を受け、さらにフィラン周囲の地図を購入しておく。
一応異変を見つけた場合に報告に使おうと思って地図を買っていおいたのだ。
だが、その地図の精度は推して知るべしである。
単純に計測技術が未発達で地図が簡単な落書きみたいに見えると言う面もあるが、そもそも根本的な問題があったのだ。
それはフィランからみて北の山脈というのは、すべての山を指しており、具体的にどの山がなんという名前なのかというのが決まっていないのだ。
名前のない山が無数に存在する場所の地図、といえばいいのだろうか。
下手をすると「大きな木が目印となる山の東に3つ隣の山」みたいなやつもある。
異変を見つけても報告するのが大変かもしれない。
最悪の場合、誰かを案内でもして現地に直接連れて行ったほうがいい可能性もある。
思った以上に大変な仕事を引き受けてしまったかもしれないと感じてしまった。
□ □ □ □
「それで、どうしようか。フィーリアとしては探す場所は何か考えがあるのか?」
「そうじゃのう。とりあえず、見晴らしのいい山に登ろうかの。上から見下ろしたほうがわかりやすいのじゃ」
一理あるきはするが、かなりの無茶をおっしゃる。
どう見ても、すべての山の標高は高い。
多分富士山よりも標高が高いのではないだろうか。
「とりあえずエベレスト登ろっか」と言われたようなものなんだけど。
とにかく、出発前には最低限の準備は整えておくことにする。
地球と違って、ここには雪食羊というモンスターが存在するために、一応雪山でも肉を現地調達することは可能みたいだ。
ただ、野菜などの植物繊維を手に入れるのは難しいだろう。
乾燥されたり塩漬けにされた野菜類と香辛料、そしてテントや寝袋を用意していく。
あとはホットエールも持てる分だけ購入しておくことにした。
リンド産のホットエールよりもアルコール分がきつい気がする。
飲んだことがないが、ウォッカみたいな感じだろうか。
もっと薄いものがないのかと専売所で聞いてみたのだが、これ以下のアルコール分だと外に持っていくと凍ってしまって飲めないのだそうだ。
そう言われてしまうとどうしようもないが、ちょっと俺の口には合わない。
薬だと思って飲むようにしようと思う。
「よっし、これで準備は終わりかな。それじゃ、明日から出発しようか。よろしくな、フィーリア、シリア」
そうして、再び3人での雪中行軍が開始された。
□ □ □ □
「うう、寒い。体の震えが止まらない」
ガクガクブルブルと体を震わせながら俺がつぶやいている。
北の山脈と呼ばれるこの地は、人間の生存圏から完璧に外れていると言っても過言ではない。
気温は常にマイナス数十度で、天候は常に不安定だ。
さっきまで晴れていたと思ったら、気がついたら吹雪になっており数m先の地面も見えないなんてことがざらにある。
そして、そんななかでもモンスターが襲ってきたりもするし、地面にはクレバスという規模の大きな亀裂があったりするので、一瞬たりとも気が抜けない。
俺はそうそうにこの環境の厳しさにギブアップして、シリアの背中へと乗せてもらおうとした。
だが、今回はなぜかシリアさんがそれを拒否してきた。
頑なに俺を背中へと乗せようとはしないため、俺は徒歩での移動を強制されてしまった。
おかげで、1日のうち、数時間を探索に使えればいいくらいの鈍足ペースとなってしまった。
「このあたりは強いモンスターもいるからのう。シリアもお荷物を背負いたくはないのじゃろう」
「ほんとに文字通りお荷物になるからな。ようやくちょっとは慣れてきたけど」
「うむ、頑張るのじゃ。もう少しでこの山の頂上につくのじゃ。遠くまでよく見えるじゃろう」
すでに森林限界を突破して、雲も自分よりも下にあるところまで山を登っている。
正直、ここからでも十分見晴らしがいいというか、これ以上登る必要はないんじゃないかと思ってしまう。
だが、フィーリアは久しぶりに生まれ故郷に帰ってきたからか、えらくテンションが上っておりノリノリで登っていってしまう。
この体が高山病にならないだけまだマシと思って必死についっていった。
「到着じゃ。よく見てみるのじゃ、ヤマトよ」
「おお、すげー」
ずっとフィーリアとシリアの後ろ姿だけを見ながら山登りをしていた俺は、山頂へと到着してようやく顔を上げた。
するとそこには想像もしなかったような絶景が広がっていた。
自分の周りすべてに広大な世界が広がっている。
上を見ると雲ひとつない晴れ渡った青空、周りを見ると、いろいろな起伏のある白い山々とその山にかかる雲。
日本で普通に生活していただけではまずお目にかかれないような景色がそこにあった。
あまりにもすごい絶景なため、俺は自分の頭からこの素晴らしさを表現することが出来ず、ずっとすげーすげーとつぶやいていたみたいだ。
フィーリアは何も知らない幼子に絵本を読み聞かせるかのような、慈愛に満ちた顔で俺を見ている。
ひとしきり周りの景色を堪能した後に、そのことを知って無性に恥ずかしくなってしまった。
ちょっと前まではフィーリアのほうが子どもだったのに、外見が変わっただけで立場が入れ替わってしまったようでなんとも悔しい。
「なんじゃ、さっきまで喜んでおったくせに、今度はふてくされおって」
「別になんでもないよ。それよりフィーリア、ここまでで何か昔とは違う異変ってのは何か見つかったのか?」
「そうじゃな。特にこれといってないように思うがのう。……ん? あれはなんじゃ?」
フィーリアがそう言いながら、とある方向へと指をさす。
何か見つかったのだろうかと思って、その指が指し示す方向を見てみた。
すると、遠くの方の山に灰色のモヤがかかっているように見えた。
「なんだろう? 火山の噴火口からの煙みたいに見えるけど」
「あんなもの知らんぞ。あそこであのような煙が出ておるのは初めてみたのじゃ」
もしかして、あれが北の山脈の異変に関係しているのだろうか。
結構距離が離れているが、調べてみるしかあるまい。
そう考えて、俺たちはその山の方へと向かうことにした。




