実力
全身が毛に覆われている猿型のモンスター、というよりもどちらかと言うとゴリラやオランウータンに近い姿をしている雪原人が近づいてくる。
手や腰、背中に棍棒や石斧などを持っているようだ。
本来は二足歩行で移動しているのだと思うが、今は両手も地面につけて、四足歩行で走り寄ってくる。
大きい体なのに対して柔らかい雪の上でも早く行動するためには四足歩行のほうがいいのかもしれない。
「迎撃は3人1組で行え。決して無理はするな。まずは一般人の避難を優先しろ」
オリビアさんが次々と指示を出していく。
革鎧の上から白い毛皮のコートを着ており、頭からはサラリと青髪をたなびかせる女騎士。
次から次へと出される指示は弦楽器から発せられる心地よい音色のように遠くまで染み渡るように届いていく。
急な襲撃に対しても、兵士たちには全く乱れたところが見られない。
立ち居振る舞いだけではなく、騎士として多くの人をまとめることに慣れている様子がよくわかった。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種族:雪原人
Lv:30
スキル:棒術Lv1・雄叫び
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迫ってくる雪原人を鑑定眼で調べる。
おおよそ30前後というLvで、兵士たちは15〜25くらいが多いので少し不利か。
3人1組で1匹を相手にすれば大きな怪我はなく相手をできるかもしれないが、ここにいる兵士の数は50人ほどであり、近づいてくる雪原人も同数くらいに見える。
のんきに時間をかけるわけにもいかないだろう。
だが、オリビアさんもそれは分かっていたようで、迎撃するための次の一手を放つ。
「氷雪陣」
オリビアさんが何らかの魔法を放ったと思ったら、眼の前の雪に変化が現れる。
昨日新しく積もったフカフカの雪が、ズズズッと移動しながら固まっていく。
すると数分もしないうちに氷による防御壁がいくつもできていた。
高さは1mくらいだが、四足歩行で迫ってくる雪原人たちの突進を防いで迎撃することが可能だろう。
しかし、それにしても魔法1つで地形変化のような効果を発揮する事ができるとは驚いた。
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種族:ヒューマン
Lv:37
スキル:細剣術Lv2・水魔法Lv3・風魔法Lv3
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思わず鑑定眼をオリビアさんに使ってしまった。
21歳という若さでこのLvはすごく高いと思う。
だが、それよりも気になったのがスキルの魔法だ。
俺が自分のステータス画面にペイントできる魔法の中に氷魔法というのはない。
今まで氷を使っていたフィーリアにしても氷魔法ではなく精霊魔法として氷の攻撃をしていた。
だが、さっきオリビアさんが発動した氷雪陣なる魔法は明らかに周囲の雪を氷へと変える氷魔法と呼べそうなものだった。
もしかして、水魔法と風魔法を同時に発動していたのだろうか。
組み合わせて使うことでより高度な魔法を使えるとかあるのなら氷や雷といったものもあるのかもしれない。
夢が広がると同時に、俺のペイントスキルでは1つだけしかスキルをペイント出来ないのが悔しい。
火と水や光と闇を組み合わせて最強魔法をつくってみたかった。
そんなことをのんきに考えていると、ついに雪原人が氷の防御壁に触れるところまでやってきた。
オリビアさんを始めとする兵士たちがそれを迎え撃つ。
多分、本来なら槍を使いたいところだろうが、今は雪を集めて持ち帰るために門外へと出てきていたため、じゃまにならないように剣しか装備していなかったみたいだ。
棍棒とのリーチはどっこいどっこいなので、突進による攻撃を防ぐことはできたものの、圧倒的にこちらが有利というわけではない。
それを見たのか、今まで雪の上でのんびりと寝転がっていたシリアがムクリと立ち上がり、ゴロロと喉を鳴らした。
少し口の周りによだれがが出ている。
もしかしたら、雪原人を食べようとしているのかもしれない。
パッと跳躍したかと思うと、防御壁の向こうへと飛び込んでいった。
シリアならば問題はないだろうが、放っておくのも気が引ける。
俺も向こう側へと飛び出て攻撃を加えていくことにした。
防御壁を回り込むようにして一番外側から雪原人の群れに近づいていく。
「シッ」と息を吐きながら、鬼王丸を振るう。
ミスリルの艶めかしい光を放つ刀身が縦に線を引くと、雪原人のうちの1匹が体を左右へと分断された。
魔刃を使うまでもなく、一刀両断できる。
だが、囲まれてしまうのもよくないだろう。
俺は闇の腕輪のアビリティである気配遮断を使うことにした。
気配遮断は俺の使うスキルの1つである隠密と似たようなアビリティではあるが、少し違いがある。
隠密は使うとほぼ存在を隠しきれるが攻撃を行ったり、一度見つかるとその後は存在を認識され隠れられなくなってしまう。
だが、気配遮断は気配そのものが希薄になるため、攻撃を行ってもその効果が薄れることはない。
隠密のように完全に見つからなくなるようなものではないが、戦闘中でもこちらの位置や攻撃のタイミングなどを察知されにくくなるため、「使い勝手のいいアビリティ」といえるかもしれない。
雪原人の群れに入っていっても囲まれにくくなるということだ。
俺は群れに突っ込んでいき、手当たり次第に雪原人を切り捨てていった。
俺とシリアが突っ込んだことで、一気に形勢が傾く。
それを見て取ったのか、残った雪原人たちが大声を上げた。
「「「「「ウォオオオォォォォォォ!」」」」」
スキルにあった雄叫びだろうか。
あまりの声の大きさと体の奥を震わせるような振動を感じて、俺を始めとして他の兵士たちも動きを止めてしまう。
強制的に行動不能にする効果があったのかもしれない。
まずい、俺の視界に兵士の頭を棍棒で殴りつけようとしている雪原人の姿が目に入った。
あの太い棍棒で叩かれたらトマトを潰すように頭が潰されてしまうだろう。
「やかましいのう。いい加減にするのじゃ」
そんなとき、俺の体の中からフィーリアが飛び出してきた。
今までと同じように胸元から女の子の体が出てくるが、それはこれまでのような子どもの姿ではなく、成熟しかけの少女の姿でちょっとドキリとしてしまう。
そんなことは一切気にしていない様子のフィーリアは、俺の体から出た瞬間に魔法を放った。
フィーリアが使ったのは精霊魔法だと思うが、その効果はオリビアさんが使った氷雪陣とよく似ていた。
近くにある雪を氷へと変換して地形を変える、その効果を現すと全く同じに見える。
だが、効果の規模が全く違っていた。
当初の半分ほどに群れの数が減っていた雪原人たちがその生命を一撃のもとに葬り去られてしまったのだ。
雪が動いて雪原人たちを1匹ずつ閉じ込める檻へと変わり、そしてその檻がギュッと縮小されると中にいた雪原人は全身から血を流しながら、ぺしゃんこに潰されてしまったのだ。
今までこの場のことを戦場と表現していたとすれば、フィーリア参戦後はスプラッタ劇場とでも呼ぶべきかもしれない。
握りつぶされた真っ赤な肉塊がコロンと雪の上に並べられた。
俺が今まで知っているフィーリアならば氷柱を飛ばして攻撃するくらいだったはず。
弱体化が無くなって、本来の力を取り戻したのがこの強さなのだろうか。
背筋がゾッと寒くなってしまったのは、雪のせいだけではないと思う。
これからはフィーリアを怒らせることだけは避けなければならないかもしれない。
甘いお菓子を作る研究でもしようかと本気で考えてしまった。




