雪の街フィラン
「あれが雪の街フィランか。きれいな街だな。それに本当に雪が積もってないぞ」
石の街リンドを出発して10日後に、フィランが見えてきた。
どうやら、この街も周りをグルッと壁で囲っているらしい。
ただし、壁の外周には雪が積もっていないようで、地面が見えており、草まで生えているのが見える。
さらに、今俺達が通ってきている道が少し高台になっているため、壁の中の様子が見える。
そこには白い石材で作られた建物に薄っすらと雪がかかっているだけで、外の世界とは全く別物だということが分かる。
雪の街フィランはかなり広いみたいだが、中央部分には池と言うよりは湖と言ったほうがいいような場所があり、さらにその湖の真中には小島がある。
遠目なのではっきりとは分からないが、あそこに大きな像が立っているように見える。
あれが噂の氷の女神像なのだろうか。
フィランへと近づいていく。
さすがにこの時期では俺たちの他に歩いてフィランまでやってくる人などはいないのだろう。
入口の大きな門はしまっており、中へ入ろうと並ぶような人の姿は1人として見当たらない。
入口の門をどうやって開けてもらおうかと思ったのだが、近くまで行くと、大きな門の隣りにある扉がギーという音とともに開いた。
「誰だ? こんな時期に人が来るとは。身分証は持っているのか」
おそらく門番なのだろう男性が声をかけてくる。
俺はリアナでつくった冒険者ギルドのギルドカードを提示した。
どうでもいいが、リアナとは全く街の性質も違うし、距離も離れているがギルドカードは身分証として使えるのか心配になる。
だが、どうも特に問題にはならなかったようだ。
門番はギルドカードを受け取って一通りチェックしたらすぐに返してきた。
「そっちのは従魔か? ネームタグを見せてもらうぞ。こっちはリンドで作ったんだな。リンドの様子はどうだった?」
「数日滞在しただけだからよく知らないですけど、ギルドでは特に問題があるって話は聞きませんでしたね」
「そうか、よし、確認は終わりだ。通っていいぞ」
「どうも、ああそうだ、従魔と一緒に泊まれる宿屋ってありますか?」
「ん、そうだな。多少宿泊料が高くなるが宵闇亭ってところなら大丈夫だろう。この道を真っすぐ行って、途中で右に曲がれば見えてくるはずだ」
「了解です。ありがとうございました」
そう言って、俺とシリアは扉をくぐってフィランの中へと入っていった。
中へ入ると、街の作りがさらによく分かる。
白い建物はどれも煙突がついているようだ。
さらに雪が溶けた際の水を流すためか、道の左右には排水溝がついている。
よく見れば道も真っ平らではなく真ん中が少し盛り上がっていて、水が左右の排水溝へと流れていくように作られているみたいだ。
街全体をこのように考えて設計し、作り上げているのだとしたらかなり大規模な工事だったに違いない。
この世界に来て今まで見てきた建築技術のなかでは、この街が一番すごいかもしれないなと感じた。
「えっと、どうしようか。先に宿に顔を出して部屋だけでも確保しといたほうがいいかな」
そうつぶやくと、フィーリアが俺の体から飛び出してきた。
なにげにフィーリアが俺の体の中で休んでいるときでも、シリアが俺を襲ってこなくて助かっている。
正面から戦えばアーツを使って対抗できるが、何の準備もないときに奇襲されると俺はあっさりと殺されてしまうだろう。
もっとも、ここまでの旅で俺はシリアの召使いになったかのようにお世話を続けてきた。
殺すには惜しいと思うくらいにはなってくれていると思う。
「妾は先に氷の女神像のところへ行きたいのじゃ」
「そうか、ならそっちから先に行こうか。道わかっているなら案内よろしく」
そう言って、フィーリアを先頭にして歩きだす。
迷いなく進んでいくが、フィーリアはこの街のことに詳しいのだろうか。
生まれたのはもっと先の山脈だと言う話をしていたような気もするが、ここで生活でもしていたことがあるのだろうか。
それにしても、歩いているだけですごい目立つ。
もともと、全身真っ白な美少女であるフィーリアはどこに行っても目立っていたが、今はこれまた全身真っ白の女王雪豹まで一緒なのだ。
目立たないほうが不自然だろうが、道行く人のほとんどが俺たちを見て驚いている。
なんとなく居た堪れない感じがするので、俺は思わずフィーリアを急かして早足で氷の女神像へと向かっていった。
□ □ □ □
「それで、ここからどうするんだ? 船でも探したほうがいいのかな?」
氷の女神像がある湖までやってきたが、どうも中央にある小島まで行くための道のようなもんはないらしい。
さすがに女神像が氷や雪を吸収すると言っても多少の雪はちらついている。
湖の水も冷たいだろうから、泳げと言われると困ってしまうのだが。
そう思っていると、フィーリアが一歩前へと進み出た。
「任せておけ。妾が道を作ってやろう」
そう言って両手をパッと前に突き出すと、そこから細かな氷の粒が吹き出していく。
フィーリアが出した氷の粒は瞬く間に小島の方まで飛んでいき、そして、湖の水は人が通れるくらいの道幅で氷の道へと変わっていた。
たしかにこれなら船なんかなくとも小島までたどり着くことができそうだ。
カチコチに凍った氷の道は上に乗っても滑ることもなく歩くことができた。
フィーリアとシリアが先へと進んでいくので、それを追いかけるように歩いて行く。
テクテクと歩くとすぐに小島までついてしまった。
あまり大きな島ではなく、むしろ氷の女神像を置くためだけに湖の真ん中に土台となる陸地をつくったといった島だ。
草は生えているが木はないため、人工島のような感じでさえある。
そして、そこに氷の女神像が設置されていた。
それにしても大きな像だ。
多分、高さは20〜30mくらいになるのではないだろうか。
ぶっちゃけ、ここまで近づくと足元からでは上のほうが見えない。
女神像は当然のことながら女性を象った像だ。
1人の女性が立った状態で、左足のすぐ前に右足があり、右手は胸に当てるように、左手はちょうど股間に位置する場所に配置されている。
髪は長髪のようなのだが、頭から大きな布を垂らすようにかぶっており、その布が全身を覆っている。
そのため、少しうつむいた顔は布で隠されておりどのような顔をしているのかは分からない。
ただ、布越しとはいえ均整の取れたプロポーションがその女神像の美を表現している。
さらに、全てが氷でできているはずなのに、表面は滑らかで布も肉体もまるで本物が氷に変わってしまったかのように思えるほどだ。
芸術品として持って帰ることができるのだとしたら、いくらの値段になるのか予想もつかないだろう。
ペイントスキルで写真のように写し取ってみようかとも考えたが、おそらくそれではこの女神像の美しさは表現しきれないように感じた。
実物を目にすることでその人の感性に直接訴えかけるような、そんな印象を受ける氷像だった。
「ふむ。昔とかわらんのう。どれ、ちょっと冷気を分けてもらおうかの」
俺が氷の女神像を見ていると、フィーリアがおもむろにそう言って、スッと上空へと上がっていった。
見ていると、女神像の胸のあたりに近づいていき、そこに両手をついたようだ。
次の瞬間、何かが氷の女神像からフィーリアへと移動したように感じた。
魔力とは少し違う気がするが、あれがフィーリアのいう冷気なのだろうか。
そしてすぐにそれは終わったようだ。
何しろ女神像の大きさが明らかに変わっていることからもそれが分かる。
あれだけ大きかった像が今では10mくらいにまでに下がってしまっているのだ。
もっともそれでも十分に大きいし、小さくなっても全体のバランスが崩れたわけでもないので、その美しさは健在だが。
しかし、その女神像よりも気になる変化が俺の目の前にある。
フィーリアだ。
フィーリアの姿がこれまでの10歳ちょいくらいの子どもから、俺より少し下くらいの高校生に見える年頃の女の子へと変化していたのだ。
真っ白だがサラサラの髪の毛と透き通った肌、そして白い服を着た美少女がそこにいる。
これまでもきれいな子だったが、あくまでも子どもの姿であり、「きっとこの子は将来美人に育つだろうな」と思うくらいだった。
それが今はどうだろうか。
子供らしい幼さと大人の色気が付き始めてきた頃の年齢とでも言うのか、体の僅かな動きに色気がほんのりと現れている。
もしかして、弱体化する前はもともとこの姿こそが本来の姿だったのだろうか。
見ているだけで引き込まれそうな美少女に思わずドキドキしてしまった。
――クエスト「氷精の護送」を達成しました




