女王様
「なんじゃ、こんなところに女王雪豹がいるのは珍しいのう」
「フィーリアはこいつのことを知っているのか? ていうか、戦ってるときに手伝ってくれてもよかったんじゃ……」
「こやつは本来もっと山の方に住んどるんじゃがのう。まだ子どもじゃし、気まぐれに下まで降りてきたのかもしれん」
「おーい、無視しないでくれよ。まあいいけどさ。ていうか、こいつ子どもなのか? 体はすごい大きいからどう見ても大人に見えるんだけど」
「女王雪豹のメスは体が大きいのじゃ。逆にオスのほうが小柄じゃな。ある程度育ったメスはしばらく単独で生活して強さを身につけてから群れに帰るのじゃ」
「ふーん、ならこいつは修行中の子ども女王雪豹ってことになるのか。今でも十分強いように思うけどな」
「大人になればもっと体が大きくなるぞ。強いメスほど多くのオスを従えて、ハーレムを作るのがこやつらの習性じゃな」
ハーレムってか逆ハーじゃねえか。
今も俺の体に擦りついて「ゴロニャン」と喉を鳴らしているこの大きな子猫も、そのうち女王様になってしまうのか。
女王雪豹のオスたちも女王様の相手をすることになるなら大変だろうな。
「フィーリア、こいつにソリを引いてもらいたいんだけどなんか好物とか、逆に食べられないものとかあるかな?」
「カレーパンは嫌なのじゃ!」
「いや、おまえのことを聞いてんじゃねえよ。女王雪豹のことだってば」
「どうじゃろうな。今こやつが懐いておるのが不思議なくらいじゃからな。お主が言うことを聞かせるのは無理じゃと思うが、妾なら可能じゃよ」
「フィーリアなら可能ってどういうこと? フィーリアはモンスターのテイムができたのか?」
「使役するのとは違うのう。妾は氷の高位精霊であるから、女王雪豹のような氷の眷属たちに言うことを聞かせることができるのじゃよ」
「そんな事できたんかい。氷の眷属ってのはなんだ? もしかして角狼とかもフィーリアなら言うことを聞かせられたのか」
「角狼のような知能の低いものたちでは無理じゃ。じゃが、女王雪豹のような賢き者たちは氷の眷属と呼ばれることがあるのじゃよ。人間の集落のなかには女王雪豹を神聖視しているところもあったはずじゃ」
なるほど。
確かに女王雪豹と戦っていると、とにかく猪突猛進に襲い掛かってくる他のモンスターたちとは違う知性を感じた。
Lvも高いしスキルも持っているし、このあたりのモンスターの中でもかなり上位に位置する種族なのかもしれない。
俺が頑張って言うことを聞かせようと調教してみるのもありだが、成功するかどうかが全くわからない。
フィーリアの言うことさえ聞いてくれるのなら任せてみようか。
「よし、わかった。それじゃあ、女王雪豹の使役状態を解除するぞ。フィーリアはこいつが暴れずに、言うこと聞くように言ってやってくれ」
まず先に俺の腕にポーションをかけて傷を治しておく。
女王雪豹の胸の傷は光魔法で傷口が塞がってはいるが、完治したわけではなさそうなので、また戦いになってしまっても今度はもう少しこちらに余裕ができるはずだ。
一応、鬼王丸を構えて準備を整えてから、俺は使役スキルから刀術スキルへとペイントし直した。
「よし、座るのじゃ。いい子にしておればその男が美味しいものを食わしてくれるのじゃ」
それまで雪の上をゴロゴロとしていた女王雪豹が、使役状態でなくなった瞬間に飛び退ってこちらを睨みつける。
だが、襲い掛かってくる前にフィーリアが話しかけた。
というか、おまえは俺のことを便利な料理人とでも思っているのか。
俺の扱いの低さにちょっとショックを受けていると、女王雪豹はおとなしく足を曲げて雪の上で座った状態になった。
どうやら本当にフィーリアは女王雪豹に命令を下すことができるようだ。
だが、それは先ほどの使役された状態とはまた違っている。
あくまでも自分は女王様であるが、さらに上位の存在であるフィーリアがいるためにおとなしく言うことを聞いているだけで、媚びを売るような真似はしない。
そんな気位の高さが分かるような態度を女王雪豹はとっている。
あくまでもすました表情で、俺に対しては鋭い目線を投げかけている。
さっきみたいな可愛い子猫に戻ってくれないだろうか。
「よしよし、いい子じゃな。そうじゃ、お主に名前をつけてやろう。そうじゃな、お主の名はこれよりシリアじゃ」
フィーリアは女王雪豹をシリアと名付けたようだ。
向こうもそれを承認したようで、ニャアと返事をしている。
とにかく、おとなしく言うことを聞いていることは間違いなさそうだ。
俺は刀を鞘に収めて、フィーリアとシリアのそばへと近づいていく。
「シリアか。いい名前じゃないか。俺の名はヤマトだ。よろしくな、シリア」
そう言って頭を撫でようと手を伸ばしたら、ペシッと引っかかれてしまった。
手袋が切り裂かれて血がドクドクと流れ出す。
どうやらフィーリアの言うことを聞いても、俺の言うことは聞く気になれないらしい。
こんな調子でソリを引いてもらえるのだろうか。
□ □ □ □
「というわけで、フィランに行くために女王雪豹を仲間にしました。使役モンスターである証明ってどうやるんでしたっけ?」
「まじかよ。女王雪豹ってめちゃくちゃ大物じゃねえか。こいつの毛皮はかなりの値打ちモノだから狙ってくるやつもでるんじゃねえか?」
「そうですね。リンドに入ってからだけでもすでに5人くらいに絡まれましたよ。丁重にお帰りいただきましたけど」
俺はリンドに戻ってきて冒険者ギルドへと顔を出した。
今のところおとなしくフィーリアの言うことを聞いてくれているシリアだが、いかんせんモンスターだ。
そのままの状態で街の中を連れて歩いていてはまずかろうと思って、何か方法がないか聞きに来たのだ。
「えっと、少々お待ち下さい。……あったあった、これです。使役モンスターを街に入れる場合にはこのネームタグを見えやすいところにつけておいて下さい。首輪とかにつけるとかで結構ですよ」
そう言って受付嬢のフランさんが金属の板を渡してくる。
思ったよりも簡単だった。
特にアビリティなどもついていないただのネームタグだ。
俺がその金属板をマジマジと見ている間も、フランさんと何故か今日もギルドで酒を飲んでいたガロードさんは目を丸くしている。
角狼にソリを引かせると言って出かけていったやつが、本来もっと山の奥にいる強大な力を持ったモンスターである女王雪豹を引き連れて帰ってくれば、それは当然驚くだろう。
ちなみに今、シリアはギルドの建物の中でガシガシと肉を食べている。
ここに来るまでの屋台でいろんな食べ物を買ってきたのを与えてみたのだ。
フィーリアほどではないが、こいつも辛いものは苦手なようだ。
好きなものは肉系っぽいが、野菜を食べないということもない。
モンスターだからアレルギーもないだろうし、ある程度なんでも食べられるのかもしれない。
「それでおまえ、こいつがソリを引いてくれるのか? 気高き獣とまで言われる女王雪豹がそんなことするのか?」
「いやー難しそうですね。ソリを引くどころか、体に紐を巻きつけようとした時点で怒るんで。ただ、フィーリアがなんとか宥めてくれたおかげで嫌々ながらも背中に乗せてくれるみたいなんでフィランには行けそうですよ」
「女王雪豹の背中に乗るのか……。すげえことするんだな、おまえ」
やはり女王雪豹に騎乗して移動するなんてのは他にいないのだろう。
ガロードさんがドン引きしている。
もっとも、すごいのはあくまでも説得してくれたフィーリアで、俺は大してすごくはない。
乗ろうとするとシリアはものすごい嫌がりようだったのだから。
まあ、何にせよ雪に埋もれた山の中での移動手段を確保できた。
明日には雪の街フィランへと目指して出発することにしよう。




