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女王雪豹

「うおっと、あぶねえ」


 急に現れて襲い掛かってきた豹のモンスターを俺は飛び起きるようにして躱した。

 豹の前足には鋭い爪がついており、それを振り下ろすように攻撃したため、俺の体の跡が残った雪の表面には爪痕が残されている。

 四足で立った状態でも俺の胸の高さくらいに背中がある。

 しなやかな体には細やかな白い毛が生えており、両目はクリクリと丸い。

 だが、ハッハッと息をしている口には硬い肉でも簡単に断ち切れそうな歯が何本も見えている。

 角狼とは明らかに強さのレベルが違うように感じた。

 リンドから離れたところに来たとはいえ、歩いてでも来られる範囲にこんなモンスターが存在したのかと驚く。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】


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 種族:女王雪豹クイーンスノーパンサー

 Lv:45

 スキル:光魔法Lv2・体術Lv3・気配察知Lv2


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 初めて見るモンスターだったため、鑑定眼をペイントしてステータスを見てみる。

 角狼がどうとかいう話ではなかった。

 強さで言えばゴブリンキングやオルトロスに匹敵するLvの持ち主だ。

 もっともエルダートレントなんかに比べれば半分しかないとも言えるが。

 なにげにいろんなやつを相手にしてきた俺はかなり落ち着いている。


 ジリッと女王雪豹が体を動かした。

 俺は集中力を高めてその動きを見極める。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【刀術】


 刀術スキルをペイントして、飛びかかってくる女王雪豹を迎え撃つ。

 しなやかな体をかがめてばねのような跳躍力であっという間にこちらとの距離を縮めてくる。

 だが、俺の刀が届く寸前で地面に足をつけると、女王雪豹は俺の左側へと飛んだ。

 そちらには太さの細い木の枝がある。

 体の大きな女王雪豹がとんだ勢いでそれに触れれば、どう考えてもその枝は折れてしまうだろう。

 しかし、枝は折れることはなかった。

 女王雪豹はその枝を足場にするようにさらに跳躍したのだ。

 跳躍した女王雪豹は俺の背を狙う。

 左前足の爪をニョキッと出すように伸ばして、その足を振るってきた。

 俺は鬼王丸で迎撃するように、腰のひねりを利用して突きを繰り出す。

 が、その突きは当たらない。

 空中を跳躍中の女王雪豹はクルリと体をひねるようにして刀の軌道か逃れたのだ。

 そして、俺との位置を交差するタイミングで爪による攻撃が腕に当たった。

 痛いというよりも熱い感じが腕に広がる。

 ゴブリンキングの革鎧とその下にある大蛇のラバースーツがざっくりと切り裂かれて、俺の腕からは血が滲み落ちていた。


 強い。

 Lvだけを判断材料にすべきではなかったのかもしれない。

 俺の攻撃のタイミングはことごとく読まれ、しなやかでかつ力強い肉体を繊細にコントロールすることで恐るべき機動力を発揮している。

 さらに爪の攻撃力はあなどれない。

 明らかに戦い慣れているその姿はそこらのモンスターとは全く次元の違うものだった。


 俺が警戒度を上げたのがわかったのだろうか。

 最初のときのようにむやみに近づこうとはしてこない。

 ゆっくりと獲物の様子を観察するように反時計回りに俺の周りを回りだした。

 刀を構えて、いつ襲ってきても対応できるように集中する。

 だが、女王雪豹の姿に異変が生じた。

 俺の周りをゆっくりと回るうちに、だんだんとその姿が見えなくなっていく。


 目の前でその姿が消えて驚く。

 が、すぐに女王雪豹のスキルを思い出した。

 光魔法があったはずだ。

 光を操って光学迷彩のような魔法を使ったのかもしれないと考える。

 しかも、まずいことに足音も聞こえない。

 これはおそらく獲物を狩るための野生の動きなのだろう。

 最初からほとんど足音がしなかったことに気がついた。

 今どこにいるのかわからなくなってしまった。

 だが、足音はともかくさっきまで聞こえていた呼吸音まで全く聞こえなくなっている。

 おそらくだがどこかで立ち止まって攻撃の機会を伺っているのではないだろうか。

 そう考えるとさっきまで俺の周りを回っていたことにも別の意味が出てくる。

 すでに何周か回っていたために、俺の周りの地面には女王雪豹の足跡がついている。

 昨日の大雪で新雪が降り積もっていて歩くとすぐに場所がわかるはずが、何周もあるいて足跡を残したことで現在の位置を探せなくなっている。

 これまた角狼などとは比べてはいけないくらい知能が高いことが伺える。


 刀を構えた姿勢を崩さずに集中力をさらに高めていく。

 こうなったらアーツをぶち込むしかない。

 どこから来ても回転斬りを発動すれば迎撃は可能だ。

 だが、問題はタイミングだ。

 いつ、こちらを襲ってくるのか。

 攻撃するために近づいてきたらアーツを発動する。

 そのためには攻撃の予兆を見逃すわけにはいかない。

 呼吸音が聞こえていないということは女王雪豹も息を止めており、長くは持たないはず。


 長い時間集中していたようにも思うし、実際は数秒だったのかもしれない。

 だが、かすかに雪が動いたように感じた。

 俺の右斜め後ろの方だが、スキルにまでなっている集中力がそれを捉えた。


 ――回転斬り


 女王雪豹のスピードであれば一瞬で俺のところにまで爪を繰り出せるだろう。

 動きを察知した瞬間にアーツを発動させた。

 体が自動的に最適な動きを行う。

 時計回りにクルッと回るように斬撃を放ち、一瞬で体を一回転させた。

 女王雪豹の姿が浮かび上がり、そして…………消えた?


 そこには切ったはずの女王雪豹の姿がない。

 まさか光魔法で幻影でも浮かび上がらせていたのか。

 そう考えついたとき、ドサリという音が聞こえてきた。

 女王雪豹の幻影が消えた場所からさらに右側から聞こえた音だった。


 そこには胸に大きな切り傷をつけ、血を流す女王雪豹の姿があった。

 どうやら俺の攻撃は成功していたらしい。

 幻影を出したのは力を振り絞って逃げるためだったのかもしれない。

 アーツを発動させたのに、それすら読まれて避けられたのかと思ったがそうではなかったのだ。

 正直アーツが効かなかったら俺に勝ち目はなくなるのでホッとしてしまった。


 フウと口から息が漏れた。

 予想外の強敵に出会ってしまった。

 新しいスキルや武器を手に入れて、Lvの高いモンスターの相手をしてきたことで、自分がすごく強くなっていたような気がしていたが、どうやらまだまだのようだ。

 これは反省しないといけないなと思った。


 そう考えていると、急に女王雪豹の体がピカッと光った。

 何事かと思ったが、この光は何度か俺も目にしている。

 魔法による回復のときの光だ。

 女王雪豹は光魔法を持っているんだから、俺と同じように回復できるのは何もおかしなことではなかった。

 だが、モンスターが自分の魔法で回復する可能性を全く考えていなかった。


 ムクリと体を起こす女王雪豹。

 怪我は一応治ったのだろうが、胸についた傷は深かったはずだ。

 応急処置くらいにしかなっていないと思うが、動ける程度には回復できたのだろう。

 ただ、真っ白な体毛が真っ赤な血で汚れているのが痛々しい。

 お互い、次の一手をどうするかでお見合いしてしまった。

 しかし、次の動きが早かったのは俺の方だったようだ。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【使役】


 俺は女王雪豹に向かって使役スキルを発動した。

 Lvの高いモンスターはいきなり使役スキルを使っても言うことを聞かないが、ある程度戦って傷を負わせると使役できる可能性が上がる。

 今ならば女王雪豹をテイムできるのではないかと思ったのだ。

 角狼をテイムして犬ぞりを引かせるように言うことを聞かせるのは無理だと諦めた。

 だが、この頭の良さそうな女王雪豹ならどうだろうか。

 俺の言葉を理解できるだけの知能はありそうではないかと思ったのだ。

 もっとも女王と名前のつくモンスターなだけにプライドが高く、使役スキルを解除すれば言うことをきかなくなる可能性も高いだろうが。

「ニャーン」と鳴きながら俺の足に体を擦り付けてくる大きな猫の姿をみて、俺は今後どうやって言うことを聞かせようかと考え始めた。

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