使役
フィランに行くための方法を探して、昔はそりを使って雪の中を移動をしていたことはわかった。
だが、まだわからないことがある。
今更ながら地球の歴史を思い返してみれば、雪の上をソリで移動するなんてことはいろんな地域で行われていたはずだし、それが現代になって完全に廃れたというわけでもなかったはずだ。
だが、何故かこのリンドにはその文化が消えてしまっている。
これはどういうことなのだろうか。
情報を得ることができた【読心】スキルだが、これは便利ではあるが万能ではない。
ヨーゼフさんに尋ねた質問を読心スキルで読み取ったときにすべての情報を拾えたわけではない。
唯一分かったのは木のソリを白い動物が引っ張るということだけだった。
ソリは自分でも作れるので、まずはその動物を探してみることにする。
「というわけで、何か知りませんかね?」
俺は再び冒険者ギルドに戻ってきている。
そして、目の前にはさっき俺に話しかけてきた男性冒険者がイスに座ってお酒を飲んでいる。
彼の名前はガロードというらしい。
この冒険者ギルドでは酒場も併設されており、そこで飲んでいたのだ。
「白い生き物で角が生えてる。んで、四足の動物で体高は人間の腰くらいまでか。そんなもん決まってんだろ。角狼ってモンスターだな」
「角狼?」
ガロードさんが言うには、リンドから少し離れたところに住んでいるモンスターらしい。
基本的には体は狼らしいのだが、山羊のような角を持ち、モコモコの体毛を持つモンスターらしい。
ガロードさんが着ているコートもその角狼から作ったそうだ。
「なら昔はそいつを使ってそりを引っ張ってたことになりますね」
「ほんとにヨーゼフ爺さんがそう言ってたのか? 見た目だけなら可愛らしいから女子供に人気があるんだがよ。実際は見た目に反してかなり凶暴だぞ、角狼って」
「そうなんですか? うまいこと躾でもして言うことを聞かせることってできないんですかね」
「なんたってモンスターだからな。絶対できねえってことはないだろうが、難しいんじゃねえか」
確かに今までモンスターで仲良くできそうなやつはいなかった。
どんなにおとなしいやつでも自分のテリトリーに侵入してきたやつには苛烈に攻撃を加えてきた。
だが、それならあれを試してみよう。
モンスターを手懐ける事ができる【使役】スキルを。
□ □ □ □
「ほんとに大雪が降ったな」
昨日リンドに到着して情報収集に時間がかかってしまったので、宿で一泊した。
そして翌朝になって目を覚まして見ると、外の世界は雪で覆われていた。
と言っても積もっている雪の高さは10cmないくらいだ。
宿屋の主人は明日にはもっと降るかもしれないと言っている。
リンドでこれならフィランの方ではもっと降り積もっているのかもしれない。
寒さで体が震えると良くない考えが頭に浮かんでくる。
「こっからはフィーリア1人で行かせればいいんじゃないか」と。
だが、ステータス画面に表示されているクエストの内容はフィーリアを雪の街フィランにまで送り届けるように表示されている。
ここで別れてしまうと報酬が手に入らないだろう。
貢献ポイントはすでに80Pもあるが、だからといって5Pを捨てる気にはならない。
とりあえず俺は宿屋の主人に教えてもらった服屋へと向かった。
リアナにいたときにつくったフォレストウルフの外套では寒すぎる。
ガロードさんのようにコートを買いに行くことにしたのだ。
だが、雪の中を歩いているとコートだけでは足りないことに気がつく。
手が冷たくてうまく動かせないし、顔も冷たい。
だが、それ以上に靴が濡れて足が冷えるのが一番まずい。
服屋で一番暖かいものをチョイスしていくと、全身が着膨れた状態になってしまった。
大蛇のラバースーツのお陰で体が濡れることを避けられてはいるが、ちょっと動きにくい気がする。
「そういうときにはホットエールを飲むんですよ」
「ホットエール? なんですかそれ」
「飲むとその後しばらくは体が暖かくなって寒さを感じなくなる飲み物ですよ。リンドからダンジョンまで行く冒険者の人たちはそれを飲んで行きますね。ダンジョン内は暖かいのでたくさん着込んでいくと、向こうで脱いだ服が邪魔な荷物になってしまいますから」
どうやら飲むと数時間程度寒さを防げるという驚きの効果を発揮するドリンクが存在するらしい。
ちなみにホットエールの製法は秘匿されているとのこと。
リンドを治めている領主様の家が製法の保護という名の独占をしているらしい。
分厚い手袋をしていると刀をうまく使えないだろうから、俺もそれを買っておくことにした。
専売所で1本で銀貨1枚くらいの値段だった。
食料品と比べると少しお高い値段設定だが、金ならある。
大人買いで大量に購入しようとしたら、却下されてしまった。
あまり買いすぎると他の人の分が無くなるから売れないそうだ。
販売権の独占はしているものの、流通量の調整はきちんと考えてやっているみたいだ。
ホットエールが大量にあれば、歩いてでもフィランに行けるかと思ったのだが。
やはり、角狼にソリを引かせることにしよう。
俺はガロードさんに教えてもらった角狼の生息エリアに向かうことにした。
□ □ □ □
「ウァオオオオオオオオオン!」
振り下ろした鬼王丸によってバシュッという音とともに角狼が倒れ伏す。
すでに何匹もの角狼が鬼王丸によってその命を散らしていた。
穢れを知らない新雪はあまたの角狼の血を吸い込んで真っ赤に染まってしまっている。
俺の計画はうまく進んでいなかった。
俺のペイントスキルはかつて盗賊団の頭だったベガが使っていたような召喚スキルはペイントできない。
だが、そのかわりと言っては何だが使役スキルはペイントができる。
こいつを使って角狼をテイムしてやれば、ソリを引かせて移動するなんてことはわけないと考えていた。
しかし、この計画はあっけなく失敗した。
テイムそのものは割と簡単に成功したのだ。
近くの木を切り倒してつくったソリに紐で繋いで角狼に引かせると、きちんとソリとして使うこともできた。
そのスピードはかなり速く、人間がちんたら歩くよりも速く旅を終えられるに違いない。
だが、しかし、それはあくまでも【使役】スキルをペイントしている間だけの話だったのだ。
角狼に引かせたソリが移動しているときに他のモンスターにであうことがある。
そして、そいつと戦うために俺は使役スキルから刀術スキルなどにペイントし直す。
すると、使役状態でなくなった角狼はそれまでの従順な姿から一転して、俺を親の敵かのように睨んで襲い掛かってきたのだ。
襲われれば俺も対抗するしかない。
何匹もの角狼を使役しては斬り殺すということを繰り返すことになってしまった。
多分、昔そりを使っていたっていうのは誰か使役スキルを持つ人が角狼を調教でもしていたんじゃないかと思う。
その人がいなくなってしまったから、角狼を使うことができなくなり、角狼の引くソリを見なくなったのだろう。
使役スキルがないとかなり厳しい。
他に方法はないかと考え込む。
例えば、噛みつかれても我慢して俺はおまえの敵ではないと教える方法とかはどうだろうか。
だが、相手は俺を殺しに来ているモンスターだ。
手を噛まれたくらいならば回復できるかもしれないが、首筋でも咬まれたら死んでしまう。
逆に拳で語り合ってみるという方法も考えた。
俺の力を示して言うことを聞かせることができないかと思ったのだ。
しかし、これも失敗している。
角狼のLvは高くても15以下で、正直あまり頭がよくないみたいだ。
縄張りに入っている俺という敵を目の前にすると、実力差に関係なく襲い掛かってくる。
そして、最後には死んでしまう。
犬ゾリ作戦は完全に失敗していた。
「うーん、どうすっかなー」
他にいい方法が思い浮かばない。
何匹もの角狼に引かれてすでにリンドから遠くはなれたところに来てしまった。
俺はバサリと大の字になって雪の上に倒れ込んだ。
空を見ると、雲が広がっている。
予想されたとおり明日はさらに雪が降り積もることだろう。
こうなったら少し危険かもしれないが、無理やり角狼をリンドに連れ帰って檻にでも閉じ込め、言うことを聞くまで餌付けでもしてみようかなどと考えていた。
そんな時、近くの茂みがガサガサと音を鳴らして揺れた。
茂みの上に乗っていた雪がパサリと落ちる。
なにかと思い、体を起こしてそちらをみるとモンスターがいた。
角狼よりも一回りも二回りも大きい、白いモンスター。
その全身が真っ白な豹型のモンスターが、牙をむき出しにして襲い掛かってきたのだ。




