調べ物
ここまでやってきて、フィランに行けないなんてことになるとは思いもよらなかった。
だが、いくら雪が降るといっても人が全く出入りしないものなのだろうか。
雪がなくなるのを待つとなると春まで待たなくなる。
リンドの近くにあるダンジョンの中は異界化している影響からか、一年中、中の温度は安定しており冬でも活動できるらしい。
だが、俺がこの世界にいるのは来年の春までだ。
もしかしたら、フィランに行けるのはギリギリになってしまう可能性もある。
できれば余裕を持ってフィーリアを送り届けたいというのが俺の考えだった。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
それは俺の勘違いも関係しているらしい。
最初にリアナなどで雪の街フィランの情報を集めていたとき、俺は「山の麓にある街だ」と聞いた。
だが、これは少しニュアンスが違ったようだ。
リアナからみると、北の方角には東西に高い山脈が連なっている。
そして、その山の麓にフィランがあるという説明を受けていた。
しかし、山はいくつもあり、フィランがあるのはいくつかの山を越えた先にある山の麓なのだという。
すなわち、リアナよりも標高の高いところにフィランという街は存在している。
一体あの説明は誰に聞いたのだったか、全く覚えていないが小一時間ほど問い詰めたい気持ちになってしまう。
山の麓という表現が完全に間違いではないのかもしれないが、山々の中にある街だと説明してほしかった。
このような理由からフィランに行くまでの幾つかのルートはすべてどこかの山を経由していくことになる。
当然、冬になれば山には雪が降り積もり、移動するだけでも危険性が増してしまう。
なので、フィランへ用事がある人は雪が降るまでには必ず戻ってくるか、フィランで一冬をこす覚悟で秋の遅い時期に向かうかに別れるのだそうだ。
その最終便である商隊が出発したのはつい2週間ほど前のことである。
今頃はフィランに到着しているはずなので、追いかけて途中で合流する事もできない。
インターネットや電車やバスの予定表もないこの世界では、もっとよく調べておかなけらばならなかったことを痛感させられた。
「なんとかならないですかね?」
「そうは言っても難しいですね。調べてみましたけど、もうほかにフィランの方へ行く人はいなさそうですし……」
ギルドの受付嬢さんも何も思いつかないらしい。
2人揃ってうーんと考え込んでいると、後ろから声をかけられた。
「なにやってんだ。後ろがつかえてんだから早くしてくれよ」
振り返ってみると冒険者らしい男性がいる。
混雑しているというほどでもないが、少しだけ列ができてしまっていた。
ガタイのいい男性だが、革鎧を着込んだ上からもこもこの毛皮のコートを羽織っている。
そういえば俺は防寒具のたぐいのものは何も持っていない。
あとで買いに行ったほうがいいかなと、半ば現実放棄ぎみに考える。
そんなことを考えていると、後ろの男性は急がした割には何故か会話に入ってきた。
「雪が降る時期にフィランまで行くなんてバカのやることだぞ。まあ、昔はそういう連中もいたって聞くけどな」
「え? 昔は雪が降ってもフィランに行く人がいたんですか?」
「そうらしいぜ。もっとも、俺の爺さんがちっこい子どものときに、それまた爺さんに話を聞いたことがあるって聞かされただけだがな。今じゃそんな話自体まったく聞かねえからホントのことかどうかすらわかんねえけどよ」
昔話のような感じで聞かされたんだろうか。
だが、そういう話があるのであれば可能性はゼロではないかもしれない。
ちょっと調べてみようか。
「あの、もしよかったらその話を知っていそうな人とか教えてもらえませんか。あるいはこの街で一番長生きしている人とかでもいいんですけど」
「リンド一番年食ってるつったら誰がいたっけな? そういや、ヨーゼフ爺さんはまだ生きてんのかね? フランちゃん、知っている?」
「ヨーゼフさんですか? たしかこの前、ひ孫さんがヨーゼフさんの体調が悪いって話していたから、その時まではご存命だったはずですけど……」
男性冒険者とフランという名前らしい受付嬢さんが話し出す。
リンドには御年100歳を越える生き字引のヨーゼフさんという方がいるらしい。
農家生まれでヨーゼフさんは家畜の世話をしている人だったという。
今はお孫さんの家で過ごしているはずということで、その家の場所を教えてもらい話を聞きに行ってみることにした。
□ □ □ □
冒険者ギルドを出てリンドの農業区の方へと足を運ぶ。
外に出ると、雪がパラパラと降っていた。
明日か明後日には大雪になるらしいが、天気予報士でもいるのだろうか。
魔法や精霊なんかがいるのだから、日本の天気予報よりも正確に分かることもあるかもしれない。
雪の街フィランがあるという北西の方角をみると、高い山々が続いている。
あの何処かに街があるというのも不思議な感じだ。
移動できないほどの雪が降るところでどうやって生活しているのだろうか。
テクテクと歩いて、一件の家の前に到着した。
ここにヨーゼフさんが住んでいるはずだ。
ドアをコンコンと叩いてしばらく待っていると家人が出てきた。
若い女の子だ。
「はーい、どなたでしょうか」
「こんにちは。いきなり押しかけてしまって申し訳ない。冒険者のヤマトと申します。実はヨーゼフさんに聞きたいお話があって来たのですが、ご在宅ですか?」
「おじいちゃんに聞きたいことですか? 家にいますけど、ちゃんと話できるかわからないですよ?」
「どういうことですか?」
「おじいちゃん、ずっと元気でしっかりしてたんだけど、この前こけちゃって。その時足の骨を折っちゃったんですよ。それからはずっとベッドの上で寝ているんですけど、最近ボケちゃって」
ああ、なるほど。
認知症ってやつかな。
そうなると話を聞き出すのは難しいかもしれないが、案外昔のことなら覚えている可能性もある。
ここまでやってきたんだし聞くだけ聞いてみよう。
それにいざとなったら他にも考えがある。
お願いして家の中に上がらせてもらって、ヨーゼフさんに会わせてもらうことにした。
「おじいちゃん! お客さんが来たよ。なんか昔の話が聞きたいんだって!」
「ああん。そうかそうか、飯の時間かい、婆さんや」
「お客さんだよ!! すいません、最近こんな感じで。とりあえず話しかけてもらってもいいですか?」
「分かりました。ヨーセフさん。昔は雪の日でも出歩いていた人がいるって本当ですか? どうやって移動してたんですか?」
「おお、そうじゃのう。明日は出かけるんじゃったかな」
「おじいちゃん、聞こえてないみたいですね。もう少し聞いてみますか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
――ステータスオープン:ペイント・スキル【読心】
俺は【読心】スキルを発動させてから、ヨーゼフさんの体に触れた。
このスキルは情報を読み取る事ができるスキルだ。
人に使えば質問に対する回答を、ものに使えばそれに強く関連した出来事などの情報が読み取れる。
直接触らなければならないという条件はあるが、こういうときには便利なスキルだ。
「なるほど。そうか、ソリを使うのか。まあ、考えてみれば当たり前か」
「えっ! 今のでわかったんですか。すごーい。じゃあちょっとこっちの頼みも聞いてもらえませんか。おじいちゃん、いろんなものをあちこちに仕舞い込んじゃって見つからないものがたくさんあるんですよ。鍵と財布とえっとそれから……」
俺のスキルの有用性を見て女の子が頼み込んでくる。
情報代として払うつもりで、いろんな質問をヨーゼフさんにしていくことになってしまった。
俺が彼女から解放されたのは数時間も経過した後だった。




