レースを終えて
「なんなんですの。このような結果は納得できませんわ」
青河杯決勝戦が終わったあと、ソフィア嬢が文句を言っている。
実力とその場での状況からみるとたしかにカミュよりもソフィア嬢のほうが有利であったのは間違いないと思う。
キングオクトパスが急にあんなところにでてこなければ、また違う結果になった可能性は大いにある。
「ですが、結果は変わりませんよ、ソフィア様。確かに不運な出来事ではありましたが、それはカミュも同じです。今回は目を保護するゴーグルを用意して使っていたカミュが勝利を手にしただけのことです。事前の準備が勝敗を分けることがあることは重々承知のことでしょう」
「ぐぬぬ。そのようなことはわかっていますわ。でも……やっぱり悔しいんです」
正真正銘のいいところのお嬢様であるソフィアがものすごく悔しそうな顔をしている。
普段は自信家ですました顔をしているであろうきれいな女性の悔しそうな顔はなんというかそそるものがあるなと思ってしまった。
この表情を見ることができただけでも、青河杯に参加した意味があったかもしれない。
ちなみにソフィアの祖父にあたるパーシバル卿は今、この場にはいない。
キングオクトパスがレースに乱入したことについて、運営の魔船ギルドに一言言いに行ってくると出かけてしまった。
実況しているときに俺は取り乱したパーシバル卿を無視して実況し続けたので怒られるかと思ったが、矛先が俺に向かずにすんだのでホッとしている。
「ふははははは。妾に勝とうなどとは100年早いわ」
「負けてなんかいない。運が悪かっただけ。私のほうがうまくサポートできていた」
「終わってからいくら言葉を発しても無意味じゃ。負け犬の遠吠えと言うやつじゃな。そんなにサポートが得意なら水で墨を防ぐべきじゃったな」
「うう、あれは突然だったから反応が遅れた……」
少し離れたところでは高位精霊同士で何やら話している。
色々と言い合ったりもしているようだが、そこまで険悪な雰囲気にはならないようだ。
精霊は良くも悪くも自分本位なのだろう。
思ったことをズバズバ言い合うが、それで怒ったり傷ついたりとすることは少ないのかもしれない。
メアリーは魔船のサポートをするのが好きなのか、しきりにフィーリアに対してここに残ってもっと勝負しようと持ちかけている。
弱体化さえなければそれも面白そうなだけに残念だが、事情を説明して諦めてもらった。
というかフィーリアがいなかったら、ソフィア・メアリーペアの相手をできる人がいないのかもしれないな。
そんな光景を見続けながら、俺はたこ焼きを作っている。
レースに乱入したキングオクトパスは、警備兵と冒険者たちが寄ってたかってボコボコにしたおかげで、その後無事に討伐された。
レースを観戦していた人たちはキングオクトパスが出現した直後はパニックに陥っていたが、それもすぐに落ち着きを取り戻し、冒険者たちの戦いを楽しむまでになっていた。
討伐されたキングオクトパスは解体されて、中から大量の墨を得ることができたため、魔船ギルドの職員たちも大喜びだ。
だが、墨以外は誰も手を付けようとしない。
もしかして、と思って聞いてみるとこの地方ではタコを食べる習慣はないらしい。
ふと、オクトパスのことを河の怪物とダンカンさんが言っていたことを思い出した。
毒があるわけではないそうなので、食べない原因は見た目かもしれない。
俺が料理スキルをペイントして、スキル欄に表示されたたこ焼きを作ると、まんまるホカホカのたこ焼きにソースがかかっていい匂いが周りに広がった。
まず、最初に食いついてきたのは冒険者であるライラさんだった。
俺が食べているたこ焼きを欲しがるので一口食べさせてあげると、すぐにその美味しさにやられたようだ。
ライラさんが美味しそうに食べている姿が宣伝効果になったのか、自分もほしいという人が続出してしまった。
結局その日は俺の魔力が尽きるまでたこ焼きを作り続ける事になってしまった。
お酒のつまみとして食べている人が多かったので、酒場にレシピを渡したらたこ焼きが普及するかもしれないなと思ってしまった。
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「ヤマト君に本当に世話になった。お礼のしようもないほどだよ。ありがとう」
青河杯というお祭りが終わってから数日後、俺とフィーリアはカミュの家にやってきた。
2週間もの間、リーンに滞在していたことになるが青河杯が終わったからにはそろそろ雪の街フィランに向けて出発しなければならない。
最後のあいさつにやってきたのだ。
「気にしないでください。最初の原因はフィーリアにもありましたしね。俺も楽しめたので問題ないですよ」
「うう、お兄ちゃんとフィーリア、ほんとに行っちゃうの?」
「そんな泣きそうな顔するなよ、カミュ。最初からそのつもりだったんだからさ。それにこれからはこの工房も忙しくなるだろうし、カミュも健康に気をつけて頑張ってくれよ」
ダンカン工房にはすでに造船の予約が入ってきているらしい。
ただ、高速小型船の需要そのものはそこまでないみたいだ。
もともと魔船は人や物を運ぶために使っていたため、あまり小型にするメリットがないのだろう。
そのかわり、船体の外壁に描く魔法陣が注目を集めている。
今までは「船は揺れるものだ」という認識が一般的であり、魔船の操船技術ではいかに揺れを少なく走らせるかが腕の見せ所だと言われていたらしい。
それが、根本的に変わりそうだとして他の船大工からも利用客からも注目を浴びている。
ただ、船外に魔法陣を描く場合、描かなければならない範囲が非常に広く間違いが許されないため、ものすごい集中力が必要となる。
どうやら、ダンカンさんはこの集中力がすごいらしい。
他の人よりも早く正確に魔法陣をかけることが分かって、船大工としての実力を認められるようになった。
「ヤマト君のおかげでパーシバル家の援助とハサウェイ商会とのつながりができたから、この工房はもう大丈夫だよ。カミュもこれまで通り、ここでは家族揃って暮らすことができる。本当にありがとう」
「そういえば、勝負の約束は勝ったら資金援助してもらうってことになってましたね。経営のことは俺もよくわかりませんが、堅実に頑張ってくださいね」
「ああ、船を造る注文さえ入ればこっちのものさ。いいものを造ってもっとみんなに認めてもらえるようにやってみるよ」
やっぱり職人気質だなと感じる。
ほどほどの性能を大量生産して使い捨てるようなことは嫌いなのかもしれない。
産業革命でも起こったら職にあぶれる未来が見える。
「そうだ、忘れていた。ヤマト君にはこれを受け取ってほしいんだ」
「これは、闇精樹ですか? 腕輪になっているみたいですけど」
「どうしても2人に何かお礼をしたいと考えていてね。ただ、うちにあるものだと一番の値打ちモノはヤマト君のお陰で手に入った闇精樹の木材だったんだ。魔船を造るときに余った部分を使って、作ってみたんだよ。気に入ってもらえれば嬉しいな」
腕輪は俺の腕のサイズに合わせているようでちょうどいい大きさだ。
さらに腕輪の表面には何かの模様が描かれている。
これは単なる模様ではなく、魔法陣か?
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種類:闇の腕輪
アビリティ:気配遮断
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「おお、すごい!! アビリティがついてる。これ本当にもらってもいいんですか?」
「もちろんだよ。そこまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいよ」
ダンカンさん、一体あんたなにものだよ。
アビリティの付いた装備品を作れるとは思いもしなかった。
気配遮断は隠密に似たアビリティだが、森に行くことの多い俺にとって非常にありがたい。
何度もお礼を言ってから、俺はダンカン工房をでて、そのまま桟橋の方へと向かった。
次はいよいよ河を北上して、フィランへと向かうことになる。




