決勝戦
「さあ、いよいよ決勝戦が始まります。10名の選手がスタート地点へとやってきました。ここで一度決勝戦のルールをおさらいしておきましょう。青河杯では河に浮かべられた浮きを4つ、既定の場所へと設置しています。浮きは遠くからでも確認できるように色がついているようになっているのはご覧のとおりです。浮きの間の距離は約2km、この周りをぐるりと廻るように魔船を走らせます。予選では3周でしたが、この決勝戦では10周でゴールとなっています」
青河杯を見たことのある人達が多いはずなのでルール説明など今更な気もする。
だが、一応公式にも認められた実況者ということになっているので、どんどんと説明していく。
浮きの近くや、コースの外側には何台もの魔船が停まっていてそこに審判が目を光らせている。
だが、中には観戦用の船も出ているらしい。
少々広いコースだが、選手からするとどこにいても人の目があることになる。
「勝利の条件は最初にゴールした人の優勝となります。そして3位までは表彰台へと上がりますが、6位に入れば入賞として賞金が出ますので全員がゴールするまで目を離せない全力のレースが期待できるでしょう」
もっとも決勝戦までくる選手にとっては賞金が出なくとも最後まで全力で戦うことだと思う。
青河杯は予選を含めるとお祭りなのだが、決勝戦までくると自分の工房の最新技術や選手の腕、来年の契約数やメンツなどいろいろな要素が絡んでいる。
以前、途中で狙い通りの順位が出ないことでやる気をなくした人がいたらしいが、それを見て翌年からは仕事が回ってこなくなって干されてしまったということがあったらしい。
当然、妨害行為などもしてはならない。
船体を他の船にぶつけるような行為は厳禁だが、進路妨害なども審判の判断によって違反と取られることもある。
ただ、進路妨害はどのくらいから違反と判断するのかは、その審判次第という面もある。
予選では何度か選手と審判が揉めているところもあったりした。
「パーシバル卿、決勝戦に向けて各選手はどのようなことに気をつければよいのか教えていただけませんか?」
「そうだな。まず一番重要になってくるのはペース配分であろうな。予選は3周で終わったが、決勝戦に限っては10周もある。魔石を多く使って速度を上げる作戦もあるが、使いすぎると後半に魔石が足りなくなるというケースもある。逆に節約しすぎた場合には最後まで使い切れずに残ってしまうこともあるだろう。そのあたりをいかに調整するかが重要になるだろうな」
「ペース配分が重要ということですね。しかし、そうなると高位精霊のメアリーとフィーリア、さらに他にも通常の精霊から魔力供給を行っている選手もいますね。精霊を使う場合は魔石とは違うペース配分が重要になるのでしょうか」
「精霊は基本的には気まぐれな存在だ。あくまでも頼んで魔力供給をしてもらうことになる。その際、注意すべきは途中で飽きてしまいレース途中で魔力を出してもらえなくなるといったことがあるな。また、精霊の魔力は魔石と比べて量が多く、故障にもつながりやすい。事前の整備にも気をつけるべきだろう」
隠居した老人貴族であるパーシバル卿はなんだかんだで魔船について詳しいらしい。
魔船やレースについて話をふると、聞いていないことでもガンガン喋ってくれている。
俺のペイントしてある【実況】スキルだが、どうやら相方として【解説】役を1人指名できるという機能があるらしい。
最初はライラさんを指名していたが、今はこの人が解説役についている。
少ししわがれた声だが、スキルのお陰で多くの人がその解説を聞いて、「へ〜」と言っていたりする。
「さて、いよいよスタートとなります。ただし、最初の1周は顔見せのためにゆっくりと船を動かしていくことになっています。ここにいる皆さんも河で観戦船に乗っている方もぜひ選手たちを応援してください」
最初の1周が勝負に関係のないパレード的なものになる。
そして、2周目からが本気の競争が始まる。
これは決勝戦だけのルールだが、ハサウェイ商会のナッシュさんが広告を入れようと考えたのはこのパレードがあるからでもある。
リーンに存在する多くの魔船の中から選ばれた10隻の魔船。
その中でたった1隻だけに自分の商会の名前が書き込まれているのだ。
どう考えても目立たないはずがない。
もっとも、予選の途中からでもあれはどこの商会のことだと問い合わせがあったとも聞いている。
ニコニコと笑顔になっていたから、広告を出したことに不満はないはずだ。
「今、10名の選手が全て第3コーナーを曲がりました。次に我々実況席の前のスタート地点をすぎると、本当の勝負が始まります。ここからでも選手の顔が笑顔から真剣なものに変わってきたことがわかります」
ちなみにフライングなどというルールはない。
すでにレースはスタートして始まっている事になっているからだ。
一応、スタート地点を通過する前に審判が大きな旗を振るそうだが、あくまでも目安にしかならない。
ゴールについても目視判定で、当然ビデオ判定などというものは存在しない。
「最後の第4コーナーを回りました。そして……今、旗が振られました。全選手がどんどん速度を上げていっています。早いスタートに成功したのはドルベーヌ選手でしょうか。かなり先行しています」
スタートに定評のある男、ドルベーヌ選手が先行逃げ切り狙いで異常なほど速く進んでいく。
そしてそれを追うように2人の選手が追いかけ、あとは団子状態になっている。
だが、それは5周も持たなかった。
カミュとソフィア嬢が追い上げ始めたからだ。
「6周目に突入しましたが、ソフィア選手とカミュ選手の2人が抜け出す形になりましたね。高位精霊を乗せた2隻が先行することになると、他の選手は厳しいものがあるでしょう」
「もしかすると、残り3周になるとさらに速度が上がるかもしれんな」
「え? それはなぜでしょうか、パーシバル卿」
「船の操縦というのは素人が思っているほど簡単なものではない。速度が上がれば上がるほど命の危険にもつながるからだ。最高速の船を操るには非常に高い集中力と精神力が必要となる。だが、普段仕事で魔船を使う場合にはそこまでの速度を出す機会はない」
「確かにそうかもしれませんね。ということは最高の集中力は3周分しか持たないというわけでしょうか」
「予選が3周だったことが鍵になるとわしは睨んでおる。わし自身、若い頃に青河杯に出場していた事があるのじゃよ。特に決勝戦で接戦になった場合には最後の3周はいつも以上に集中力が上がることがあった。まあ、あくまでも爺の経験則にすぎんがの」
「パーシバル卿も筋金入りの魔船好きですね。それでは、ここで先行する2隻を紹介しておきましょう。ソフィア選手が乗るのはマリア号ですね。直線の伸びもさることながらコーナーを曲がるのが非常にうまく安定していますね。あれは高位精霊のメアリーが関係しているのではないでしょうか」
「ほう、わかるのかね」
「はい。カミュ選手の乗るハサウェイ号は船体の外壁に魔法陣が描かれています。この魔法陣により水の抵抗を減らしているとのことです。それにより、速度と安定性を高めることができるようです。ですが、マリア号も船体周りの水を操っているのではないでしょうか。船体に魔法陣はありませんが、高位精霊のメアリー自身が魔力供給と並行して、船の周りの水流操作を行っている可能性がありますね」
「よく気がついたな。あれは単に水の抵抗を減らしているだけではないはずだ。前後左右の水の流れを細かに操作して、他の船よりも急な角度で曲がることが可能となる。ただ、それを実現するには舵を握るソフィアがメアリーと完全に呼吸を合わせることができねばならん。孫娘ながら恐るべき才能だ」
確かにそのとおりだと思う。
口で指示を出したとしても普通はうまくいかないだろう。
だが、マリア号は浮きの周りを回るときにクイッと角度をつけて回る。
他の選手は最高速度で回ろうとするためどうしてもコーナーで膨らんでしまうのだ。
単純な魔船の性能差だけではなく、コーナー1つ1つで差がついてしまっている。
そして、それに唯一ついていけているのがカミュの乗るハサウェイ号だ。
フィーリアの魔力供給によって生み出されるパワーによる最高速度は他の追随を許さない。
コーナーでついた差をストレートで巻き返すというのが繰り返されている。
氷精のフィーリアではうまく水流操作はできないだろうし、一緒に船に乗って練習できたのは昨日が初めてだ。
操船技術やコンビネーションはソフィア・メアリーペアに軍配があがるだろう。
「いよいよ、最後の1周となりました。ここまでソフィア選手とカミュ選手が他の選手を大きく引き離しています。コーナーごとに逃げるソフィア選手か、直線で追い上げるカミュ選手、どちらが優勝杯を手にするのでしょうか」
「このままの流れであればソフィアが有利じゃな。第4コーナーを回ってすぐにゴール地点がある。コーナーでついた差を取り戻すには短いじゃろう」
「なるほど。確かにその通りですね。ということは、カミュ選手が勝つためには、この1周の何処かで仕掛けて、コーナーを先に曲がりきる必要があるということになりますね」
だが、俺のこの予想は外れることになった。
「まて、あそこになにかおるぞ!」
「あれは一体……」
レースのコース上に何かが出現した。
にゅっと水面から姿を現したのはものすごく大きなタコだった。
慌てて鑑定眼をペイントして使ってみると、キングオクトパスだと判明する。
「あれはキングオクトパスのようです。キングオクトパスが現れました。今、船上警備兵が魔船で現場に向かっているようです。って、ああ! キングオクトパスが何か黒いものを、おそらく墨を吐いたようです」
レース中に人の何倍も大きなモンスターが現れたことで観戦者たちは大混乱に陥った。
押しつ押されつで、倒れる人までいる。
だが、驚くべきことにレースに出場している選手たちは誰一人レースを諦めていなかったようだ。
まだ、コース上を魔船が競争している。
「あっと、キングオクトパスを避けるように先行しているソフィア選手とカミュ選手が通過しようとしています。ああっですが、また墨を吐いています。墨が2人に当たったように見えますが……」
キングオクトパスの墨は水に濡れる魔法陣に使うくらい落ちにくい。
専用の薬品を使わなければ落とすことができないという話も聞いている。
それが直撃したのでは2人ともまともに船を操作することなどできないだろう。
誰しもがそう思った。
だが、2隻のうち1隻はコースを大きく離れて停止したのに対して、もう1隻はすぐにコース上へと帰還して、ゴールを目指して進み続けた。
「えっと、どういう状況でしょうか。キングオクトパスの墨を直撃した2人ですが、ソフィア選手の乗るマリア号は停止、救助されているようです。対して、カミュ選手のハサウェイ号の方はコースを正確に走っていますね」
「ソフィアーーーーーーー! ソフィアが、ソフィアが!! どうなっているのだ。早く警備兵はあの化物を始末しろ。誰でも良い、あの化物を倒し、ソフィアを救ったものは賞金を出すぞ!!」
「あっ、そうか、わかったぞ。ゴーグルです。カミュ選手が水しぶきなどを避けるためにつけていた、眼を保護するゴーグルがなくなっている。おそらく、墨がついてしまったゴーグルを捨てることで前が見えているのでしょう」
「貴様、何をのんきに喋っておるのだ。ソフィアが襲われたのじゃぞ。早くあの化物を始末してこい」
「カミュ選手が今、ゴールしました。カミュ選手の優勝です。素晴らしいレースでした。最後の最後で予想外の事態がありましたが、的確な判断で持ち直しましたね。カミュ選手には後ほど優勝インタビューで話を伺おうと思います」
こうして、今回の青河杯は終了した。




