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実況解説

「さあ、いよいよ青河杯の決勝戦が始まろうとしております。本日は晴天ですが少々風が吹いており、それがどうレースに影響を与えるのか。実況はおなじみ、ヤマトがお送りいたします」


 ついに青河杯の当日がやってきた。

 そして、もうすぐ夕方になろうとしており、あと少しで青河杯決勝戦が始まろうとしている。

 そして、俺はなぜか高い櫓に上って実況者の真似事をしている。


「決勝戦に駒を進めたのは厳しい予選を勝ち抜いた10人の選手たちです。今、各選手は入念な整備と準備運動、そして精神集中などを行っているようです」


 なぜ俺が実況なんてものをしているのかというと、一番大きな原因は【実況】スキルというものが存在したからに他ならない。

 今までこんなネタスキルみたいなものがあるのは知らなかった。

 ただ、話の流れで試してみたらうまくペイントできてしまったのだ。


 ちなみに話の流れとは朝から一緒に青河杯を観戦していたライラさんたちが関係している。

 朝も早くから多くの参加者が魔船に乗り込み、予選レースを行ってきた。

 そして、当然その中にはカミュの乗る魔船もある。

 カミュが乗る闇精樹の木材で造られた魔船を「ハサウェイ号」という。

 これは魔船が完成した後にハサウェイ商会のナッシュさんを呼び出して、実物とその性能を見てもらったら、ナッシュさんはその場で広告主になることを了承してくれた。

 そして、第一広告主をナッシュさん、第二を俺、第三には冒険者パーティーの銀狼がなり、ハサウェイ号の船体にデカデカと名前を描き込んだのだ。

 ナッシュさんは商会名と商会の紋章、俺はかつての高校の制服についていた桜の花びらが舞う様子をイメージしたワッペンをパクったものを、そして銀狼はパーティー名とお金を出した4人の名前を描いた。

 これを見てライラさんたちは大喜びをしたのだ。


 さらにカミュが予選を勝ち抜いていくごとに彼らの興奮は突き抜けていった。

 そこでライラさんが俺に「もっと盛り上げろ!」と命令してきたのだ。

 酔っ払い共を喜ばせるように、そして実況スキルがペイントできてしまったことで、俺も気分良く声を張り上げて各レースを実況し続けた。

 スキルのおかげなのか、かなり盛り上がりつつも俺の声は遠くの方にまで聞こえていたらしい。

 そこで、どうせやるのなら大々的にやってみないかとスカウトを受けてしまったのだ。


 ちなみにカミュは魔船に乗っても怖がることはなくなっている。

 昨日、カミュの心の傷を察知した俺は荒療治を行って少しでも治そうと考えた。

 そして、それは本当に荒療治というべきものになった。

 本来は俺がどんなにスピードを上げても大丈夫だという姿を見せて、カミュの心を軽くしてやろうと考えていたのだ。

 だが、俺の使えるスキルの中に魔船を上手に操縦するスキルは存在しなかった。

 仕方がないのでスキル無しで魔船の舵を右に左にと動かしていったのだ。


 フィーリアの魔力を存分に注ぎ込んで最高速にまで達した船のハンドルをグイッと回したらどうなるだろうか。

 きれいに曲がることなどできはしなかった。

 遠心力に負けて吹き飛ばされる船と俺たちの体。

 だが、水泳スキルさえつけていれば溺れることもない。

 転覆している船もフィーリアがうまく氷を使ってもとに戻してくれていた。

 なので、俺はすぐに上手に運転することを諦めて、吹き飛ばされることを楽しむかのような荒い運転をすることにした。

 表現するなら「ジェットコースターに乗るような怖さを楽しんだ」とでもなるのだろうか。

 何度も何度も吹っ飛んでいくと、むしろそれこそが楽しくて操縦しているかのような気さえしてくる。

 俺はカミュとフィーリアと一緒に数え切れないくらい何度も転覆し続けた。


 ある意味、これでよかったのだろう。

 水の中に落ちても平気であり、船が曲がりきれずに転覆してもフィーリアがもとに戻してくれる。

 おそらく、それを何度も見て実感することでカミュも当初抱いていた恐怖や不安が薄れてきたみたいだった。

 最後の方はカミュも舵を握って操縦するようになっていた。

 さすがにカミュは俺の腕とはレベルが違う。

 どのくらいのスピードでどんな角度で曲がろうとすれば転覆してしまうのか、俺の失敗し続ける操縦を見て理解していたらしい。

 高速で動き回りつつ、転覆しない操縦ができるようになっていた。

 そして、今日という本番でも他のレース参加者たちを相手にしながら操船をすることで、1試合ごとにその操船技術が高まっているように見えた。

 もう、「魔船に乗れない」なんて泣きながら言うことはないだろう。

 笑顔で船に乗るカミュを見て、ホッと一安心している。


「さて、決勝戦の中でも注目する選手は誰でしょうか。パーシバル卿、いかがでしょうか」


「決まっているだろう。我が孫娘のソフィア・パーシバルこそが最有力の優勝候補だ」


 俺が櫓に乗って実況している横には老人が座っている。

 彼はソフィア嬢の祖父にして、パーシバル家前当主である。

 隠居して愛する孫娘の勇姿を見に青河杯にやってきたら面白いことをやっている人間を見つけた。

 つまり、実況をしている俺を見つけたのがこの貴族老人で、俺をスカウトさせたのもこの人だという。

 パーシバル家は交易都市リーンでも有力貴族らしく、魔船ギルドにも大きな影響力を持つ。

 大々的に実況なんて遊びをしていても、全く何も言われないのはこの人がいるからだ。


「ソフィア選手はすべての予選をトップで通過している猛者ですね。魔船には高位精霊であるメアリーが魔力供給を担当しています。最高の機材を使い、高位精霊とのタッグ、そしてソフィア嬢の操船技術はどれも非常に高いレベルにあるのは間違いないでしょう。まさに優勝候補であると言えますね」


「そのとおりだ、よくわかっているではないか」


「さて、他の選手も見ていきましょう。私の注目しているのはダンカン工房から参加のカミュ選手です。特徴的なのはかなり小型の魔船であることと、ソフィア嬢と同じく高位精霊とタッグを組んでいることですね。カミュ選手もここまですべての予選はトップで通過しています」


 この青河杯の中でもカミュはかなり目立っている。

 使っている魔船が他のものとは一線を画す高速小型船ということもあるが、他にも原因がある。

 それはカミュの着ている衣装だ。

 水に濡れても平気な布を使って、わざわざ俺が裁縫スキルで作ったのはセーラー服だった。

 清潔感のある白と青の2色が入っているセーラー服と、短めのスカートを着て魔船に乗る褐色少女の姿は人の目を釘付けにするものがあった。

 もともとセーラー服は水兵が着ていたという話があったはずなので何も問題ないはずだ。

 ちなみにここにもハサウェイ商会の紋章が入っており、広告料を得ることできるようになっている。


 また、セーラー服には少し合わないが、船に乗っているときにはゴーグルもつけるようにしている。

 水しぶきを防ぐこともできるし、少し色をつけてサングラスのようにしているので、水面に反射する光があっても眩しくならない。

 他にサングラスを使う選手は誰も居ないので多少のアドバンテージにはなると思う。


「おおっと、時間がきたようです。審判の呼び声に応じて各選手が魔船に乗り込み、スタート地点へと集合し始めました。いよいよ己の力をすべてぶつけ合う、史上最高の決勝戦が始まろうとしています」


「ウォオオオオオオオオ……」という大歓声が響き渡り、あたりの空気が振動した。

 俺の適当な実況だが、今までこういうのはなかったのだろう。

 適度なスパイスとなっているようで、青河杯を見ている人たちはみんな盛り上がっている。

 夕方の少し赤い夕日が水面を照らす中、決勝戦が始まった。

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