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心の傷

 新しいタイプの魔船を造るとなると、さらにトラブルが起きるかとも思ったが、案外そうでもなかった。

 ダンカンさんは慎重な性格でもあるが、もともと魔船が大好きでこの仕事になった人間だったことが関係している。

 というのも、船大工になる前には趣味でミニチュア魔船を造って遊んでいたことがあったそうな。

 俺からみるとまるでラジコンで遊ぶための大きさの船を河に浮かべて走らせたりしていたらしい。

 高速小型船を造る前に一度ラジコンサイズの船を造り、ちゃんと動くか確認してから本番に入ったため、それほど大きな問題が出なかったのだ。


 さまざまな検討を行った結果、高速小型船はカミュとフィーリアが乗り込むため2人乗りの大きさで、船体の外周部は水を前から後ろに押し流すだけの機能に限定した魔法陣を描くことになった。

 俺が闇精樹を設計図通りに加工して、船の形に組み立てていく。

 その間にカミュとシュミさんが推進力部分の筒の中の魔法陣を描いていった。

 ダンカンさんは俺と一緒に組み立てた船に魔法陣を描いてく。

 魔法陣を描く面積が筒とは比べ物にならないくらい広いので間違わずにできるのか、時間が間に合うのかと心配していたが杞憂だったようだ。

 好きなことにはいくらでも熱中して没頭することができるというダンカンさんは、昼夜を問わずに魔法陣を描き続けて完成までこぎつけた。

 それを見ていると、やはり商売人ではなく職人タイプなんだなと思ってしまった。


 筒内部の魔法陣を描き終えたカミュがフィーリアと話し合いながら、魔力供給部分を作り出す。

 ちなみにここにも俺は注文を出した。

 それは魔力供給の量を操船者が調整できる仕組みについてだ。

 前にフィーリアの暴走で岩に激突したときのことだが、操船者であるカミュがブレーキなりギア変速なりで速度のコントロールをできる仕組みがなかったのが問題点だと感じたからだ。

 だが、その仕組みを今から考えても間に合わない。

 どうしたものかと思ったが、その問題はあっさりと解決した。

 魔船ギルドに変速ギアの設計図が売られていたのだ。

 情報販売者はソフィア嬢の実家であるパーシバル家だった。

 もしかしたら貴族家として代々高位精霊のメアリーと契約でもしているのかもしれない。

 変速ギアはどれほど魔力供給者の精霊が気まぐれでも、安定して高出力の魔力を供給できる仕組みが作られていた。


 こうして、いくらか作業内容の増加とともに造船時間も伸びてしまったが、なんとか無事に青河杯前日までに高速小型船は完成にこぎつけた。

 他には絶対いないだろう漆黒の船は大きさが小さいにも関わらず、異様な存在感をだす船としてこの世に生み出された。




 □  □  □  □




 完成したらそれで終わり、というわけにはいかない。

 それはなぜか。

 この高速小型船をカミュが乗りこなすことができなければ意味が無いからである。

 というわけで完成した船を引っ張って河にまでやってきた。

 実地による最終テスト兼操船訓練の始まりだ。

 カミュとフィーリアが船に乗り込み、河に向かって進んでいくところを俺は桟橋から見ていた。


 30分位だろうか。

 俺からも見える範囲で船を走らせていたカミュがこちらへと戻ってくる。

 だが、おかしい。

 あの船ならばもっと速く走ることができるはずだ。

 終始安全運転でスピードを出さないような操船だけしかしていないにも関わらず、こちらに戻ってきたところでテストにも訓練にもなりはしない。

 なにかあったのだろうか?


「ごめんなさい、お兄ちゃん。私……船の操縦できないかも……」


 桟橋に降り立ったカミュが涙をポロポロとこぼし、えぐえぐと泣きながらそう言い出した。

 どういうことだよ。

 わけも分からず泣き出した女の子を前にして俺はテンパってしまう。


「ちょっと待って。泣かないで。えっと、どういうこと? 何かあったのか?」


 桟橋で小柄な褐色少女を泣かせる俺の姿は他の人の目からどう映っていたのだろうか。

 なんとか慰めの言葉をささやきながらも、時間をかけてカミュが泣く理由を聞き出していく。

 実に長い時間がかかったが、そのかいがあって、カミュの気持ちを理解できた。

 どうやらカミュの心は恐怖と不安に押しつぶされそうになっているようだ。


 初めてフィーリアという高位精霊を見つけて船に乗ってもらうことに成功したカミュは、その時、「これで優勝できるかも」という期待に満ちあふれていた。

 しかし、現実は残酷だった。

 自分の家が所有するたった1隻の魔船が自分の操縦によって大破してしまったのだ。

 さらにそのときに感じたフィーリアの暴走による超スピードの船は、幼い頃から船に乗ってきたカミュでも「怖い」と感じてしまったそうなのだ。

 新たに高速小型船を作り上げたが、その船の速さを予想できるがゆえに、スピードを出すことが怖いという気持ち。

 もしも、また自分の操縦が原因でこの船を壊してしまったらどうしようという気持ち。

 それらの自身でも制御できない感情を前に、ついにギアを上げることもなく帰ってきてしまったという。

 もしかすると、そのことも俺やダンカンさんの期待に答えられないと思って怖がっているのかもしれない。


 まさかこんなことになるとは俺も思っていなかった。

 だが、考えてみれば当たり前かもしれない。

 カミュは15歳くらいの小さな女の子なのだ。

 それが船を壊して溺れかけたり、大金が必要になったり、勝負に負ければこれからの人生がガラリと変わる可能性もある。

 心にかかるストレスは尋常なものではないだろう。

 船を造ることに夢中で、その心をケアする言葉の1つも言えなかった。

 もう少し、カミュのことを見ていてやるべきだったかもしれない。


 しかし、だからといってここまで来て、「しんどいならやめようか」というのも違う気がする。

 優勝すればカミュはこれからも船を造り操船していく生活を送ることになるのだ。

 仮に負けてしまってもソフィア嬢が引き取ることになるのだろうが、向こうも普段から船に乗っているみたいだし、操船させられることもあるだろう。

 なにより、今まで楽しそうに船のことを語っていたカミュにはこのトラウマを乗り越えてほしいという思いが俺の中にある。

 ならば少々荒療治になっても、治療をしてみよう。


「よし、それなら今から俺が船を操縦する。一緒に来い」


 そう言ってフィーリアを魔力供給席に押し込め、俺は操船席に座った。

 さらに無理やりカミュを引っ張り上げて膝の上に乗せる。

 俺が船を操縦して最大速度まで上げて走らせる。

 それでもこの船は沈没することなく走りきることができれば、カミュに大丈夫なんだと思わせることができるかもしれない。

 細く小柄であり、タンクトップと半パンという格好のカミュを抱きかかえるようにして舵を握る。

 後ろから抱きかかえるような形になるので、カミュは顔を真っ赤にして恥ずかしがっているようだ。

 恥ずかしさが勝っているのか、船に乗ることの恐怖や不安は少ないようにも見える。

 カミュの臭いを嗅ぎながら、俺は船を操縦し始めた。

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