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三つ巴

 エルダートレントを中心に回っていたトレント上位種たちが闇精樹をみて少し距離をとる。

 エルダートレントが真ん中に立ち、その左右に上位種が広がるような位置取りだ。

 上から見る視点からは相手を包囲しようと言う意図が感じられた。


 対して闇精霊はまっすぐにエルダートレントへと向かってきているようだった。

 根っこ部分は地面がから浮き出ており、それを器用に動かして歩いている。

 幹の太さは俺が両腕を広げて3〜4人分くらいありそうだ。

 重さは相当なものだと思うのだが、移動速度が遅いというわけではない。

 俺が歩くくらいのスピードで移動している。


 俺とフィーリアは少し離れた場所で登りやすく安定感のある木の上でトレント達の動きを観察している。

 エルダートレントは幹の部分から半径20〜30mくらいまで枝が広がっており、その端からさらに20mくらい離れたところで闇精樹が停止した。


 ガサガサ……サワサワ……

 トレント連合軍が闇精樹を半包囲し、お互いが動きを止めた。

 風になびく葉の音だけが聞こえてくる。

 このまま動かずにじっとしてくれてさえいれば、まさにピクニック気分の気楽さでいられるのにと思ってしまう。

 だが、状況はそれを許さない。


「キシャーーーーーーーーーーー!」


 いきなり闇精樹が奇声を発した。

 木のモンスターであるトレントが声を出せるのかと思ったが、どうやらエルダートレントやワンダートレントは魔法を使える故か言語を発することが可能らしい。

 ステータスを鑑定した感じでは、おそらく闇精樹はワンダートレントが闇精と精霊契約を交わした個体なのではないかと思う。


 闇精樹はなおも奇声を発しながら、何らかの魔法を行っている。

 体から立ち込めていた黒いモヤの量がドンドン増えていき、辺り一面を覆うくらいにまでなっていた。

 これはもしかするとフィーリアのように結界を張っているのかもしれない。

 今はまだ太陽の位置が高く、あたりが明るい。

 おそらく周りを闇で囲えば闇魔法の威力も上昇するのではないだろうか。

 だが、それを見てエルダートレントも何もしないということはあり得なかった。


「ルウウラアアアアアアアアアア!」


 エルダートレントもよくわからない叫び声をあげる。

 すると俺の体がグッと押されたような感覚があった。

 どうやら風魔法を使ったみたいだ。

 あたりを覆っていた闇のモヤを吹き飛ばそうとしているのだろうか。

 エルダートレントはステータスを見た感じ、ワンダートレントだけではなくスパイクトレントの持つスキルである硬化も所持している。

 スキルにはないが枝も伸ばせたりするのではないだろうか。

 さしずめ、全トレントの特性を備えているのがエルダートレントに当たるのではないかと思う。


 この仮定が正しければ、勝機はエルダートレントのほうがあるのではないかと考えられる。

 魔法以外にも枝や根を使った攻撃をできるからだ。

 そして何よりエルダートレントの周りには他のトレントたちもいる。

 ならば闇精樹がダメージを与えたところで俺も乱入して、なるべく多くのトレントの素材を得られるように立ち回るのが正解かもしれない。


「ふむ、精霊付きのほうが有利じゃのう」


 だが、俺と一緒に観戦しているフィーリアの考えは違ったようだ。

 フィーリアは精霊付き、つまり闇精樹のほうが有利と見ているようだ。


「なんでさ? 魔力が尽きるまで暴走し続ける闇精樹は怖いだろうけど、多勢に無勢じゃないのか?」


「なに、見ておればじきに分かる」


 フィーリアが自信たっぷりにそう言ってくる。

 そのはっきりとした物言いは絶対的な自信が感じられた。




 □  □  □  □




 闇精樹対トレント連合軍は俺の予想よりも遥かに長丁場の戦いが繰り広げられている。

 闇精樹の攻撃は基本的には魔法を使った遠距離攻撃が多いようだ。

 火魔法により火球や火壁なども使うが、闇魔法による闇棘や闇刃といったものも使う。

 闇魔法は本来精神に作用する魔法が多かったはずだ。

 だが、それらはトレントにはあまり有効ではなかったのか、物理攻撃力のある闇魔法を使用していた。

 しかし、そのどれもが高威力だった。

 火魔法などはナパーム弾でも使っているのかという威力で思ったよりも燃えにくいトレントを生きたまま消し炭に変えている。

 闇魔法は物理攻撃力もありつつも、その攻撃をくらうと反応速度の低下などの効果もあるみたいだ。

 周りを包囲しているはずのトレントたちが攻めあぐねている。


 だが、エルダートレントが何もできていないというわけではない。

 風魔法による風刃や竜巻や水魔法による水球などの攻撃、そしてそれ以外にもかなりの遠距離から鞭のようにしなる枝やビル数階建て分くらいの高さにまで届きそうな根っこの槍で攻め立てている。

 そして、それらの攻撃は間違いなく闇精樹に通用しており、ダメージを蓄積させていた。


 しかし、それでも状況は闇精樹のほうが有利であるようにみえる。

 フィーリアが言ったとおりだ。

 それは闇精樹がダメージを回復させているからに他ならない。


 なぜ、闇精樹は回復できるのかというと、闇精樹を囲むトレントたちが関係している。

 火魔法や闇魔法によって倒れて動かなくなったトレントたち。

 それらの死体を闇精樹が養分として吸収して傷を治しているからだった。

 倒れたトレントに闇精樹の根が伸びて絡まると、数分もしないうちにトレントの死体はカラカラになってボロボロと崩れ落ちてしまう。

 攻撃を受けて傷ついた体をそうして闇精樹は癒やしているのだ。


 それに比べてエルダートレントは他のトレントの死体を養分にして食べるようなことがないみたいだ。

 ただひたすら、他のトレントを守りながら闇精樹へと攻撃を繰り返している。

 それでもまだ、致命傷などを負っていないことを考えると感心してしまう。

 俺の場合は連合軍のようにトレントが多数いると不利になるが、闇精樹にとっては有利な状況だったというだけの話。

 エルダートレントと闇精樹の一対一の戦いならばもっと勝負はわからなくなっていたかもしれない。

 だが、今の状況はエルダートレントにとって相性が悪かった。

 まるでじゃんけんのようだと思ってしまう。

 あるいはこの状況を読み取って闇精樹はこのタイミングでここへやってきたのだろうか。


 しかし、これ以上は黙ってみているわけにはいかなくなってきた。

 どちらが勝とうと最後に美味しいところだけを取れればよし、最悪はワンダートレントの木材が手に入ればそれでも構わないと考えていた。

 だが、闇精樹が手当たり次第に根っこで吸収してしまうというのは困る。

 いい加減、俺も仕掛けていかなければならない。


「ルウウラアアアアアアア………………」


 タイミングを見計らっているとエルダートレントが闇精樹の闇魔法をまともに受けた。

 その大木の体がワナワナと震えている。

 見た目には大きな傷がないため、何らかの動きを阻害する魔法効果でもあったのかもしれない。

 これはチャンスだ。


「フィーリア、合わせろ!」


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【火魔法】


 ――煉獄炎インフェルノ

 ――煉獄炎

 ――煉獄炎


 俺はフィーリアに声をかけてすぐに火魔法をペイントした。

 そして今まであまり使ったことのない大技を放つ。

 この煉獄炎という火魔法は魔力消費が高い。

 というよりも一度に80も消費するので最大値が100しかない俺には使い勝手が悪すぎたのだ。

 だが、先日あった精霊祭で手に入れた魔力茸から魔力ポーションを自分用につくって用意してある。

 今回は遠慮せず大技をぶっ放したわけだ。


 俺のはなった煉獄炎が闇精樹を中心にまわりにいたトレントごと燃やし尽くす。

 燃え移ったものがマグマのようにドロドロとなって、さらに周囲に被害を拡散する。

 それを3連発されたらさすがの闇精樹もこたえているようだ。

 だが、闇精樹はまだ行動不能にはなっていない。

 おそらく闇魔法での魔法防御なのだろう、全身にある闇のモヤの色が更に濃くなり、煉獄炎のダメージを防いでいるようだ。


 しかし、これで終わりではない。

 何しろ、おれにはフィーリアという相棒がいる。

 俺の煉獄炎が消えかけたとき、彼女は大きく吸い込んだ息をすべて吐ききるように闇精樹へと吹きかけた。

 一瞬で身も心も凍えるような猛吹雪が辺り一面を覆い、周囲の景色を一変させた。

 キラキラと光るフィーリアのダイヤモンドダストによって白の世界へと変わり果てる。


 ……ビキッ!!


 するとあたりに嫌な音が響いた。

 闇精樹の太い幹からその音は発生していた。

 さすがにいくら頑丈でも超高温に晒された後に急激に冷やされたためか、その胴体に亀裂が発生してしまったようだ。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【刀術】


 俺はその音を耳にした瞬間に刀術スキルをペイントし、闇精樹へと駆け出した。

 鬼王丸はまだ鞘に刀身を納めたままだ。

 数歩でトップスピードへと加速して、最短距離を駆け抜ける。

 それを見た闇精樹は全身にダメージを負いつつも、まだ動けるらしい。

 幾つかの枝を振りながらも火魔法による火球を放ってきた。

 だが、この攻撃は当たらない。

 集中力が極限まで高まった俺は、視界外からの攻撃であってもスローモーションのように見えていた。


 ――居合斬り


 飛びかかってくる枝と火球を最小限の体の動きで回避すると、刀術スキルのアーツを使う。

 このとき、鬼王丸のアビリティにある魔刀もプラスした。

 俺から魔力を受け取った鬼王丸はその刀身を青色に光らせる。

 鞘から抜き放たれた刀の軌跡が斜め上にと線を引き、闇精樹の幹を両断した。


 刀身70cmの刀では太い幹を持つ闇精樹を一撃で切り倒すことはできないはずだ。

 だが、現に闇精樹はすっぱりと断ち切られてその体を2つにわけられている。

 もしかすると魔刃による効果なのかもしれない。

 攻撃力が上がるだけではなく、斬撃範囲も伸びるのだろうか。

 まだまだこの武器の潜在能力を俺は把握しきれていないようだ。

 ズズンと音を立てて倒れた闇精樹はそれ以上動くことはなかった。


「ルウウラアアアアアアア!」


 一瞬考え込んでしまっていた。

 まだ周りには動けるトレントがいるのに気を抜いてしまっていた。

 相変わらず脇が甘いと思ってしまう。


 闇精樹を倒してもエルダートレントがいる。

 そのことを思い出して、すぐに体の向きを変えてエルダートレントを見据える。

 だが、思っていたのとは様子が違った。

 一呼吸、二呼吸と動かずに様子を見ていたがこちらを襲ってこない。

 ならば、こっちからいくべきだろうかと思ったときだった。


 エルダートレントの太い枝の1つがボトリと地面に落ちる。

 それを合図に周りのトレントたちが俺のそばから離れていった。

 どういうことかわからずに、俺は動けずにいる。

 すると、エルダートレントを殿に残すようにして、その背中に隠れるようにトレントたちが引き上げていくではないか。


「もしかして、これ以上戦う気はないってことか?」


「かもしれんのう。妾は離れて見ておったが、エルダートレントは明らかに自分で枝を切り落としておったよ。そいつで手打ちにしようということではないかの?」


 なるほど、確かに言われてみれば闇魔法の攻撃はくらっていたものの、あの太い枝が切り落とされるほどの傷はなかったように思う。

 それならば、こちらも無理に追いかける必要はないか。

 トレントたちが移動している方向は島の拠点とは明らかに違う方向だ。

 魔法ポーションの数にも限りはある。

 俺は闇精樹のように回復しながら戦えるわけではないから、持久戦になった場合、こちらが危険になってしまう。

 お互いにとってちょうどいいタイミングだったというわけか。

 最上位種ともなるとその辺の駆け引きもうまくできるのかもしれない。


「よし、それじゃあこっちも引き返すか」


「それが良かろう。それにそやつの体なら魔力の通りがよい木材になるじゃろうしな」


 そう言ってフィーリアは闇精樹を指差す。

 確かにそうかもしれない。

 すでに死んでおり動かないにも関わらず、真っ黒な体には魔力が感じられた。

 こいつを使えばいい魔船ができるに違いない。

 他にも木材として使えそうなトレントの死体にピンを刺していき、闇精樹だけは自分で縄をかけて引きずりながら拠点へと戻ることにした。

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