トレントたちの宴
俺は今、ものすごい光景を目にしている。
おそらく地球上では絶対に見ることができないだろう光景。
それが今、俺の目の前で繰り広げられている。
トレントの森の異界化が解除されてから数時間が経過した。
俺とフィーリアは一度様子を見に行ってみようということで、森の奥へ奥へと進んでいった。
その間にも何匹かのトレントと遭遇していたが、即座に倒している。
ちなみに倒したトレントの死体は回収していない。
だが、その死体に魔船ギルドで受け取った大きめのピンを差し込んでおくことで俺が討伐したトレントであることが証明できる仕組みになっている。
あとは誰かがそのトレントを木材として回収し、魔船ギルドにまで運ぶとその分の手間賃を渡す事になっているらしい。
とまあ、そんな感じでバッサバッサとトレントを切り倒しつつ、なるべく進むようにしていたらそれまでとは違う場所へとたどり着いた。
いや、場所が問題ではないのかもしれない。
その場には多くの上位種が集まっていたのだ。
スパイクトレントやウィップトレントなどに混じって、ワンダートレントの姿もある。
それも何匹もだ。
だが、俺の目をさらに遠くに、上位種たちに囲まれるようにして存在しているそれへと向ける。
あれがおそらくエルダートレントだろう。
トレントの上位種たちの中心には非常に大きな大木がある。
今まで出会ったトレントたちはがっしりとした胴体にあたる幹があり、縦に高さのある木ばかりだった。
だが、エルダートレントはその特徴とはだいぶ違った。
あれだ、「この木なんの木……」のCMで知られるものすごい大きく、葉が横に大きく広がっている木がエルダートレントの特徴に当てはまる。
他のトレントと根本的に木の種類が違うんじゃないかとすら思ってしまう。
だが、他のトレントたちはどうやらそこはあまり気にしてはいないようだった。
エルダートレントを囲むようにいるトレントたちは、お祭りのようになっている。
まるで盆踊りのように、エルダートレントを中心にして周りをぐるぐると回りながら、それぞれの枝をバサバサと揺らしている。
新しいエルダートレントの誕生を祝っていたりするんだろうか。
木が踊る光景を見るのはなんとも言えない気分だった。
まるで、トレントたちに意思が存在しているかのようだ。
こいつらにも社会性があり、上下関係もあるのだろう。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種族:エルダートレント
Lv:91
スキル:硬化Lv3・風魔法Lv3・水魔法Lv2
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とにかく情報収集が必要かと思い、鑑定眼をペイントしてからエルダートレントを鑑定してみることにした。
さすがに強そうだ。
今まで俺が見たことのあるステータスの中でもトップレベルに位置する強さを持っている。
ちなみにトップである高位精霊のフィーリアはLv106ではあるが、弱体化している。
実質的には一番強いのではないだろうか。
また、エルダートレントだけが問題なのではない。
周りに沢山のトレントたちがいるというのも頭を悩ませる。
数匹程度であれば今の俺なら問題なく相手取ることができると思う。
が、俺の弱点である持久戦に持ち込まれればおそらく負けてしまうだろう。
それ以前に、エルダートレントと一対一で戦って勝てるかどうかもわからないが。
「どうしよっか? これはフィーリアと2人で頑張ってもかなりきつそうだな」
「そうじゃのう。あそこに飛び込んでいくのはありえぬな」
「あれはどうだ? フィーリアの凍えるような寒さの結界を使えば、相手の動きが遅くなるんじゃないか?」
「たしかにそれは有効じゃろうが、お主はどうするのだ。妾とヤマトは一緒に行動しておるが精霊契約を交わしたわけではない。結界を発動させればヤマト自身も動きが悪くなってしまうのじゃ」
「え? 前の大蛇のときにはできてなかったっけ?」
「あれは外に体温を漏らさぬようにしただけじゃからのう。結界とはまた少し違うのじゃ」
うーむ、ちょっと期待していただけにあてが外れてしまった。
どう見ても目の前にはトレントの上位種が100匹以上はいると思う。
さすがにこれは無理か。
「なら、一旦離れるか。異界化が解けてエルダートレントへの成長が終わったんなら、ここにとどまり続けるようなこともないだろ。ワンダートレントが移動したら追いかけて倒せばいいと思う」
「うむ、それが一番現実的じゃのう」
だが、その時だった。
異界化が解けたときのように背筋にゾッとした寒気が走った。
なにが起こったのか分からない。
あまりのおぞましさに呼吸の仕方すら忘れたかのようになってしまった。
横を見ると普段はひょうひょうとしているフィーリアも真剣な表情をしている。
その整った顔にある2つの眼はエルダートレントへと向けられていた。
いや、それは正確ではなかったかもしれない。
さらにその奥から現れた真っ黒なトレントへと、その眼は向けられていた。
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種族:闇精樹
Lv:99
スキル:火魔法Lv3・闇魔法Lv4・精霊契約
状態:暴走
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なんだあれは。
見た目は真っ黒の木で、エルダートレントのように横に広がるわけではなく上位種達と同じような形をしている。
だが、その全身からは黒いモヤのようなものが吹き出ている。
明らかにこの場では招かれざる客だ。
その証拠に今までエルダートレントの周りを踊っていたトレントたちもその動きを止め、闇精樹へと敵意を向けている。
「まずいのう。精霊付きが暴走しておる。厄介なことになったのじゃ」
「なんか精霊契約してるっぽいんだけど、なにあれ? トレントも精霊と契約できるのか?」
「当然じゃな。精霊が契約するのは何も人間に限ったわけではないのじゃ。だが、あれは暴走状態にあるのじゃ」
「暴走状態ってのはなんだ?」
「そのままの意味じゃな。魔力が尽きるまでその身を暴れさせることになるであろう。おそらく、先ほどまであった異界化で正気を保てなくなったのではないか」
意外と精霊ってのははた迷惑な存在なのかもしれないと思ってしまった。
この場合、誰が悪いってわけでもないんだろうけど、それでもそう思ってしまうのはおかしなことではないだろう。
だが、ある意味これは俺にとってチャンスかもしれない。
うまく立ち回って漁夫の利を狙えないだろうか。
そう思いながら、俺はエルダートレントと闇精樹を観察し続けた。




