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異界化

「よし、行くぞ、フィーリア」


 トレントの森に入る前に、俺はフィーリアに語りかける。

 すると、俺の胸からサッと出てくるフィーリア。

 だが、いつもと表情が違う。

 目尻に涙を浮かべて、唇を噛みしめているのだ。


「わかったのじゃ、ヤマト。妾も頑張るのじゃ。だから許してくれなのじゃ」


 どうやら、カミュの魔船沈没の責任を取らせるために食事をカレーパンにした効果が出ているようだ。

 俺にとっては甘口カレーくらいの辛さしかないのだが、フィーリアは辛いからいと言いながら食べていた。

 まあ、本来食事をしなくとも平気な精霊なのだから、カレーパンを食べすぎて体調を崩すようなこともないだろう。

 もうしばらくは反省してもらうことにしよう。


「お前が調子にのったから、こんなことになってんだぞ。昨日カレーパン食べたばっかだろ。まだもうしばらく続けるからな」


 俺の言葉を聞いてがっくりと肩を落としている。

 あんまりにもつらそうなので、それなりにやったら許してやるか。

 まあ、今後の頑張り次第かな?


「とにかく、しっかり頑張ってくれよな。よし、それじゃ全員出発!」


 そう言ってトレントの森へと入っていった。




 □  □  □  □




 トレントを相手にする際に、一番怖いのが木の擬態を見破れずにくらってしまう奇襲攻撃だ。

 何の変哲もない普通の木だと思って横を通り過ぎたときに、急に枝が動いて全身を拘束される。

 こうなると、自力では抜け出すことはできない。

 すると、最初は尖った枝を刺されて血を抜かれ、その血は根っこから養分として吸収されていく。

 大量の血が抜けてしまい、体を動かせなくなると地面へと降ろされ、根っこに絡みこまれて地中へと埋め込まれてしまう。

 あとは死体となって微生物に体を分解されながら、トレントの肥料がわりとなってしまうことになる。


 なので、トレントを相手にする場合には単独で挑むのはNGだ。

 トレントの擬態を見極める目を持った人間と、質量のある大木のモンスターを相手にしても勝つことができる冒険者がパーティーを組んで狩りを行わなければならない。

 魔船ギルドで聞いた話に寄ると、最近トレントの擬態を見極められるベテランさんが何人か同時期に引退してしまったらしい。

 それで上位種をうまく見つけることができずに、在庫不足になってしまったのだとか。


 ……カンッ!


 小気味良い音がして、目の前にいたトレントの幹が断ち切られて、数秒後にはズドンという大きな音となって地面に倒れる。

 これですでに3体目のトレントを倒したことになる。


 俺はトレントの擬態を見分ける目はないので、当然スキルを使っていた。

 【探知】スキルを使うのだ。

 こいつは動物やモンスターの存在を認識できる。

 当然、擬態していてもトレントであることははっきりと分かってしまう。

 また、それだけではなく、半径100m以内ならば姿を視認せずとも居場所が分かるのがありがたい。

 遠く離れた場所からトレントを見つけて、【刀術】スキルで素早く近づき一撃のもとに切り伏せているのだ。


 だが、それにしても簡単すぎる。

 本来トレントを相手に戦うのは大変なのだ。

 それもそのはず、生きた木を切るというのはかなりの労力を使う。

 それが、自分で動くことができ、反撃してくるモンスターであればなおさら大変だ。

 普通のトレント討伐では大きな斧を持った人が囲んで、すきを見て斧を叩き込み、何度も攻撃を繰り返して倒さなければならない。


 しかし、俺の使う新武器の鬼王丸は切れ味が良すぎるのか、スパッと切れてしまう。

 ナイフでバターを切るくらい、と言うよりもっと簡単で豆腐に包丁を入れるくらいの力でトレントを切り倒せる。

 まだ、アビリティの魔刃を使っていない状態だが、それでもミスリル製の武器というだけで攻撃力が跳ね上がっている。

 大金と引き換えだったが、いいものを手に入れられたと今更ながらに思う。


 その後も、俺を先頭にして森の中を練り歩き、何匹ものトレントを刀の錆にしていった。




 □  □  □  □




「うーん、全然上位種がいないな」


「おかしいっすね。こんなにトレントを倒しているのに上位種を見かけもしてないっすよ」


 俺の横にいたチンピラっぽい冒険者が答える。

 見た目からはわかりづらいのだが、彼はこのトレントの森のことに詳しいらしい。

 その彼から見ると、本当ならば1匹くらいは上位種がいてもおかしくないはずだという。


 俺達が探しているのはワンダートレントだが、これは上位種の中でもさらに数が少ないレアキャラに当たる。

 ここで時間をあまり使ってしまうと魔船造りに取り掛かるのが遅くなってしまう。

 できれば今日中に見つけておきたいのだが。


「ヤマトよ。この森は少しおかしい。異界化しかかっておるようだぞ」


 探知スキルをフル活用してトレントを探している俺に対して、今度はフィーリアがよくわからないことを言ってくる。

 なんだよ、異界化って。


「どういうこと?」


「異界化じゃ。自然界とは少し異なる歪な空間じゃな。なにが原因かは分からないが、どうも空間の歪みのために森の奥へと入れなくなっているようじゃ」


「え? 奥に行けないのか」


「完全に異界化しているわけではないようじゃから、どこかほころびがあるところからならば入ることもできるじゃろう。そこから入って、原因を取り除けば本来の森の姿に戻ることもできるとは思うのじゃ」


 異世界に来て、さらにそこに異界化とかいう現象があるのか。

 異世界はほかにも別の世界もあるとかいう話だったし、空間が歪んで異界化するというのもありえないことではないのか?

 だけど、問題は俺には空間の歪みがわからないってことだな。


「どうしようか。とりあえず一度魔船ギルドに戻って報告したほうがいいかな?」


「そうっすね。トレント木材も持って帰るのが大変ですし、ここらで帰るのに賛成っす」


 チンピラ君が賛同の意思を示してきたので、ちょっと早いが拠点へと帰還することにした。

 空間が歪んでいるという話だったが、迷って自分の位置がわからなくなって迷うようなタイプではなかったらしい。

 拠点のあるおおよその方角に向かってトレント木材を引っ張って行くと無事に到着することができた。


「異界化ですか。それは本当ですか?」


「精霊のフィーリアがそう言っているから間違いはないと思う。ただ、原因はわからないみたい」


「ちょっと待ってください。少し調べてみます」


 受付嬢さんに異界化の話をすると原因を調べることになり、その間に運び込んだ木材を保管場所において、食事をとることにした。

 食事を終えて腹を休めていると、ようやく調べ物が終わったのか受付嬢さんが戻ってきた。


「お待たせしました。過去の文献を調べてみたところ、似たようなことがかつてあったようです」


「原因もわかったんですか?」


「はい。当時の異界化の原因はエルダートレントの出現にあったようです」


「エルダートレント?」


「そうです。トレントが長い年月をかけて成長した個体です。エルダートレントへと成長する際には他のトレントの上位種がその個体の周りに集まるそうなんです。多分、エルダートレントになる最後の成長を邪魔されないように守っているのではないかと予想されます。異界化もその防衛反応の1つとしてではないでしょうか」


「つまり、どういうこと? 成長を見守るためにトレントたちが集まって異界化して、エルダートレントになれば異界化がとけるってことになるの?」


「文献では森の奥に入れなくなったのは一時的なものだったそうです。おそらく今回もそうなると思うのですが」


 どうしたものか。

 原因は分かったが、問題が残されている。

 それは、いつ異界化が無くなってもとのトレントの森に戻るのか、ということだ。

 時間が存分にあるというわけではない。

 森のなかにはぐれワンダートレントみたいなやつでもいないのだろうか。

 今後どうするべきか俺は途方にくれてしまった。

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