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トレントの森

「それでは、準備はよろしいですか。今から出港します」


 そう言って魔船が動き始めた。

 俺は今、魔船に乗せてもらって河を渡っている。

 トレントの森に行くためだ。


 昨日ダンカンさんと話し合いをして、魔船ギルドを通してトレント狩りの依頼を出してもらうことにした。

 その後、俺は冒険者ギルドで指名依頼としてダンカンさんから仕事を受けたことにして、トレントの森へと行くはずだった。

 だが、誤算があった。

 俺1人で行くつもりだったのだが、今船は3隻ほど連なって移動をしている。

 約30人の冒険者でトレントの森へと行くことになってしまったのだ。


 人数が知らないうちに増えた原因はいくつかあるようだ。

 1つは最近はワンダートレントの木材はあまり入荷できていなかったようで、魔船ギルド自体も欲しがっていたということ。

 そして、指名依頼を受けたのが俺だということにある。


 実は俺の名前というか姿が密かに有名になっていたらしい。

 理由は少し前にあった精霊祭にある。

 あの時、俺は精霊祭でたくさんの木精に取り囲まれている姿を多くの冒険者たちに目撃されていた。

 そして、実際に精霊祭で採取してきた実力もあることが知られている。


 なにを採取してきたかまではまだはっきりとは分かっていなかったようだが、俺と同じ冒険者パーティーとして精霊祭に参加していたライラさんたちが豪遊しているところをみて、相当に儲けたという話が広がっていたのだ。

 だがライラさん率いるパーティーの銀狼はベテランではあるが、これまで精霊祭で大儲けしたという話は聞いたことがない。

 ならば、それにはあの木精にまとわりつかれていた若い男が関係しているのではないか。

 そこから俺の噂が広がったらしい。


 だが、それによってつけられた俺の二つ名が「森の人」というのは、安直というかクソダサというか。

 もっと他に格好いい二つ名がなかったのだろうか。

 あまり中二病っぽいのも恥ずかしいが、森の人ってのはやめてほしい。

 冒険者ギルドの建物に入ったときに「おい、見ろよ。森の人だぞ」「あれがそうか、初めて見たぜ」と言われたときには、思わず赤面してうつむいてしまった。


 まあそんなわけで、森の人と呼ばれる俺がトレントの森でのワンダートレントの狩りを指名依頼されたと聞いて、こちらの想像を超える期待を持たれたのだろう。

 魔船ギルドと冒険者ギルドから、「トレント木材を運び出すなら人手がいるでしょう」と言われてしまっては断れない。

 そうして、30人ほどでトレントの森へと挑むことになった。


 トレントの森へは魔船に乗って行くのだが、これには理由がある。

 それはこの大きな河である青河にはいくつか島のようになった場所があるそうなのだ。

 そして、トレントの森はその島の1つにある。

 貿易都市リーンから北上して2時間ほど川を上った場所にあるらしい。

 とったトレント木材は船で引っ張ってリーンまで帰ることになる。

 勝手にその島に近づいた場合には、常駐している警備に攻撃されても文句が言えないとも聞いた。

 確かにこれならギルドが管理し易いのだろう。




 □  □  □  □




 対岸が見えず、水平線が続くような大きな河を船で移動していると、遠くに緑が見えてきた。

 だんだん近づいていくごとにその緑の範囲がかなり広いことに気がつく。

 トレントの森は島のような場所にある、と聞いていたがイメージとは違った。

 近くまでくるとこれが対岸なのではないのかと思ってしまうくらい、陸地が広がっている。

 そこに近づいていくと、おもむろに船頭が魔船ギルドの旗を振り始めた。

 よく見ると、陸地側に建物があり、そこで旗を振り返す人がいる。

 きっと、これが合図で、合図なしでは上陸が許されないのだろう。

 俺の乗った魔船は指示された場所へ向かい、ゆっくりと桟橋へと停泊した。


 上陸したら、陸地にある建物の中で一番大きなものに入るように言われた。

 看板に描かれた船のマークがあるので魔船ギルドの建物なのだろう。

 その考えは間違いなかったようで、中に入るとカウンターがあり、そこで手続きを行う。

 指名依頼の証明書を提出すると、受付嬢から真っ赤な布を渡された。


「この布はなんですか?」


「魔船ギルドが管理するトレントの森での伐採許可の証明です。森の中へ入る際には必ず左腕に巻いて行動して下さい」


「なるほど、分かりました」


「伐採した木材については必ず、ここに集めるようにお願いします。最終的に集まった木材を確認して、証明書をお渡ししますので、それをリーンの魔船ギルドに提出するようにしてくださいね」


「はい、了解です。ところで依頼内容ではワンダートレントを狩ることになっていますが、他のトレントやモンスターに出会った場合にはそれらも狩っていいんですよね?」


「もちろんです。ですが、一部には討伐不可のモンスターや動物がいます。それらは狩らないようにお願いします」


 そう言って、受付嬢さんが図鑑を出して説明してくる。

 話を聞くと、樹木のモンスターであるトレントは基本的には普通の木と変わらないらしい。

 根っこから水を吸って、光合成するような生活をしている。

 ただ、モンスターがいるこの世界では自身の身を守るために木が動くモンスターとして進化したのだろう。

 ある程度自由に動いたり、木に擬態して獲物が近くによってくると攻撃してくるようになった。

 そうして、モンスターとして生きるためには動物の血が必要になってしまったのだという。


 昔、トレントの森では動物を狩りすぎてトレントの数が減りすぎてしまったという歴史があるようだ。

 なので、そのときにわざと動物を放って、最低限の数を下回らないように気をつけているらしい。

 大鼠や跳躍兎といった、危険度の低い動物たちはむやみに狩ってはならないと決まっているそうだ。

 どうも、魔船ギルドはこのトレントの森をかなり気をつけて管理しているようだ。


「ワンダートレントがどこにいるかはわからないんですか?」


「はっきりとはわかりません。基本的にトレントはこちらが近づくまで普通の木と見分けがつかないため、目撃例もあまりありません。ただ、島の内部に行くほど上位種が多いのは分かっていますので、そちらへ向かうのが良いかと思います」


 島の内部に上位種がいるのがわかっているなら話は早い。

 中へ中へと入っていってドンドン狩ろう。

 今回はトレント木材を運んでくれる人手もあるわけだから遠慮はいらないだろう。


「ありがとうございます。さっそく行ってこようと思います」


「分かりました。たくさん取ってきてくださいね」


 俺の言葉を受けてニコッと微笑む受付嬢。

 若く愛嬌のある笑顔をみて、俺の近くにいた他の冒険者もホウと息を吐いた。

 どこの世界でも可愛い受付嬢は必須らしい。

 全員がやる気になって、トレントの森へと入っていった。

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