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出資者達

「あ、いたいた。ダンカンさーん」


 ハサウェイ商会を出て道なりに進み、今度は迷わずに魔船ギルドの方へとやってきた。

 魔船ギルドは大きな建物で、船のマークが描かれた看板が入口の上に飾られている。

 その入口近くでダンカンさんの姿を発見した。

 だが、その姿を見ると肩を落としているようにみえる。

 あまり首尾よく話が進んでいないことがわかった。


「ああ、どうもヤマト君」


「どうもです。とりあえずあそこのお店で話しましょうか」


 あまり元気とは言えないダンカンさんを誘って、近くにあった手頃な値段のお店へと入ることにする。

 小魚を炒めた料理と飲み物を頼んで、魔船ギルドであったことを聞き出すことにした。


「それで、魔船ギルドではどうでしたか」


「ギルドで取り扱っている在庫の中でワンダートレントはなかったよ。墨もオクトパスの墨だけだね。優勝を狙うならもう少しいいものがほしいが、どうしようもないよ」


「在庫はなしですか。入荷の予定とかもないんですか?」


「今のところはないそうだね」


「うーん。それなら俺が冒険者として自分で取りに行ってみましょうか? トレントなら倒したことがありますし、自分で取ってくればお金も節約できるでしょうし」


「トレントのいる森には中に入るのが規制されているんだよ。勝手に入ることはできない。そしてそれを管理しているのは魔船ギルドだ。君がトレントを狩れるからといって、多少の節約にはなるだろうがお金はかかる仕組みになっているんだ」


「森に入るのに規制? 1回森に行くのにいくら払うって感じになっているんですかね?」


「違うな。魔船に使う木材はトレント種が一番いいんだ。そして、多くのトレントが住む森は魔船ギルド、ひいてはこの貿易都市リーンにとって絶対に必要不可欠なものと位置づけられている。だから、その管理は魔船ギルドが行っており、冒険者が取ってきたトレントの木材もすべて一度魔船ギルドが買い取り、そこから販売されることが決まっているんだよ」


「はあ、そうすると、俺がもしワンダートレントを手に入れても魔船ギルドが買い取りをして、それを今度はダンカンさんが買わないと船の材料にできないってことになるわけですか」


「そのとおりだね。ただ、節約できないこともない。私が魔船ギルドを通して冒険者ギルドにヤマト君へ指名依頼としてトレント討伐を出すこともできる。そうすれば、少なくとも優先的に木材は入手できることはできる。それでも、相場にあった値段で取引することが決められているんだけどね」


 魔船ギルドが中間マージンを取り放題なシステムになっているのか。

 でも、そうしないと密漁みたいに好き勝手に森が荒らされたりもするのかもしれない。

 少なくともここで魔船ギルドの文句を言っても、青河杯には間に合わないだろう。


「ちなみにトレントを買い取りするならどのくらいの金額がかかるものなんですか?」


「そうだね。船の材料に使えるくらいのトレント木材は金貨30枚以上になるかな。ワンダートレントのような上位種はもっとするね。多分今の相場なら金貨300枚くらいは支払わないといけないんじゃないかと思う」


「すごい金額に差があるんですね。もしかしてワンダートレントってかなり強いんですか?」


「強いのもあるが珍しいのも大きいかな。直接見たわけじゃないが、ワンダートレントは魔法を使うトレントだそうだよ。トレントにいる上位種の中でも数が少ないらしいが、魔船に使うには魔力の通りがいいから人気があって、値段も上がりやすいんだよ」


 トレントが魔法を使うのか。

 俺がペイントできる魔法は【火・水・風・土・光・闇】の6種類だ。

 木魔法みたいなものはないんだけど、ワンダートレントはなにを使ってくるんだろうか。


「よし、とりあえず船の材料がないと始まらないですね。俺が行ってくるんで、ダンカンさんは指名依頼を出しておいてもらえますか?」


「大丈夫なのか? トレントはそこまで強くないらしいが、上位種になればかなりの強敵になると聞く。それに普段は木に擬態しているから奇襲を受けやすいんだ。毎年、経験豊富な冒険者でも被害にあっているってきくけど」


「ええ、任せて下さい」


「それならいいんだが。でも、やっぱり無理だよ。お金がない。ヤマト君がワンダートレントの木材を取ってきても支払いができない」


「それなら大丈夫ですよ。俺に考えがあるって言ってたでしょ」


 そう言って、俺はハサウェイ商会でナッシュさんにしたように、広告主として資金を払うという提案をする。

 だが、ダンカンさんは船大工として店の経営がうまくいかない人でもある。

 今まで聞いたこともなかった広告システムは、説明してもなかなか理解できないみたいだった。

 実際の船を買い取るわけでもないのに、なぜお金を出すのかというところでつまづくらしい。

 ナッシュさんは割とすぐに仕組みを理解して話を聞いていたので、大きな違いだ。

 ただ、逆にそれこそがナッシュさんが出資してくれる可能性を上げているという手応えにも感じた。


「確かに俺が広告を出してもあんまり意味ないですよ。ただ、ハサウェイ商会にとっては大きなメリットがあり、お金を出してもその分の利益を得られる可能性は十分にあるんです」


「でも、それならなおさらヤマト君がお金を払ってまで広告主になる必要はないだろう。君の場合は完全に身銭を切ることになるだけじゃないか」


 何度説明してもダンカンさんが納得しない理由は、俺から金を受け取るのが納得できないからかもしれない。

 おそらく、ダンカンさんは「人がいい」のだろう。

 生活がかかっているんだし、もらえるものはもらっとけばいいじゃないかと思わないでもない。


「あれ、ヤマトじゃねーか。こんなところでなにしてんだよ」


 と、俺とダンカンさんが押し問答を繰り広げていると、見知った顔の人が話しかけてきた。

 ライラさんだ。

 他にもパーティーメンバーの3人が一緒にいる。

 が、みんな顔が赤い。

 黒苔茸で得た多額の報酬でおそらく酒でも飲んでいるんだろう。

 店の外から俺の姿を見かけて、店内に入ってきたときには足をフラフラさせて歩いている。

 相当酔っ払っているに違いない。


「こんにちは、ライラさん。かなり酔ってるみたいですね。大丈夫ですか」


「ああ? こんくらい酔ってるうちにはいんねーよ。それよりなにしてんだよ」


 笑いながら近寄ってきて、勝手に相席してくるライラさん。

 その行動を見ながら、これは利用できると思ってしまった。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【交渉術】


「実はこの人、名前をダンカンさんって言うんですけどね。今度行われる青河杯っていう船レースに出場するみたいなんですよ。優勝候補の1人って言われているらしいです。だから今、お願いしていたんですよ。ダンカンさんの船に俺の名前を描いてくれないかってね」


「おお、知ってるぞ。青河杯はあたしらも見てくつもりさ。てか、面白いこと考えてんじゃないかい。あたしらのパーティーの名前も描いてもらおうか? あんたらどう思うよ」


「おお、おもしれーんじゃねーか? よくわかんねーけど」

「ああ、そうだな。俺たち『銀狼』の名前を世に知らしめてやろーぜ」

「ガッハッハ。そりゃいいな。よっしゃ、銀狼に乾杯だ!」


「うんうん。ライラさんたちみたいなベテラン冒険者パーティーの名をさらに広めましょうよ。金貨10枚ですんでよろしくです」


「おう、持ってけ持ってけ。あ、おねーちゃん、エール追加で!」


 そう言って、ライラさんが革袋をテーブルの上にドサッと置いた。

 昨日ハサウェイ商会で受け取ったものだろう。

 思った通りだ。

 冒険者はその日暮らしで動いている人たちばかりで、大きな仕事が入って多額の報酬を手にしたら、それを使うまでは街で過ごすことが多い。

 それはつまり、金遣いが荒くなるということになる。

 しかも、俺は昨日ライラさんたちが金貨400枚を各自が報酬として受け取っていることを知っている。

 まさか1日ですべて使い切っていることもないはず。

 それなら、現時点では金貨10枚と言うのは気軽に支払える金額になる。

 俺も盗賊討伐のあと、娼館通いで大金を使い込んでしまった経験があるから分かる。

 こういうのは、お金が全てなくなってから気がつくのだ。

 うそだ、あんなにあったはずなのに、と真っ青になりながら後悔することになるだろう。


 機嫌よく、ガンガン注文を取っていく4人からそれぞれ金貨10枚を巻き上げた。

 それを見ながらダンカンさんは驚いている。

 当たり前だ。

 質素に暮らしていくだけなら1年は生活できる金額なのだから。


「ほら、どうですか。俺以外にも広告主が現れましたよ。需要はちゃんとあるんです。自信を持って下さい」


 半分以上酔っているところで金を巻き上げたようなものだが、ゴリ押しでダンカンさんの説得も続ける。

 ライラさんたちも気分良く「そのとおりだ」「青河杯期待してるぞ」などと俺の説得の後押しをしてくれた。

 そうして、俺からも広告費用としてワンダートレントを買い取れるくらいの金額を出すことを納得させた。

 あとは指名依頼を出してもらって、トレント狩りに行かないといけない。

 残された時間は多くはない。

 明日にでもトレントの森へ行ってみることにしよう。

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