出資交渉
「こんにちは。ナッシュさんはいますか?」
カミュたちから別れて俺はハサウェイ商会へとやってきていた。
目的はハサウェイ商会3代目の商会長であるナッシュさんだ。
貿易都市リーンにはたくさんの商人たちがいるが、俺が知っている人はほとんどいない。
カミュやダンカンさんにああ言ったが、競技用の魔船を造る資金を捻出するにはここでナッシュさんを説得できるかどうかにかかっている。
俺自身の資金で新しい船を作ろうかとも考えはした。
だが、素材によっては資金が足りない可能性もあるらしく、さらに言えば、壊してしまった魔船よりも高い船になることは疑いようもない。
俺とフィーリアに過失の一部があるとはいえ、全額負担はさせられないというのがダンカンさんの言葉だった。
もっとも、そもそもダンカン工房は経営不振の状態になっていた。
借金こそなかったそうだが、ジリ貧の状態が続いていたのだ。
それならば、ここで商会との伝手をつくっておくことも悪くはないだろうと思う。
そんなこんなで、今後のダンカンさん工房の展望も考えつつ、青河杯というあまり利益の期待できないことに対してお金を出してもらわなければならない。
ハサウェイ商会の応接室でお茶を飲んで待っていると、ガチャリと音がしてナッシュさんが入ってきた。
挨拶をしてから、話を始める。
「本日はどうしましたかな。何かあったのでしょうか」
「はい、実はちょっとした機会を手に入れまして、青河杯に出場する魔船を造ることになりました。そのことでナッシュさんに相談したいことがあります」
「魔船ですか? それなら魔船ギルドに行かれたほうがよろしいのでは?」
「ええ、そうですね。魔船ギルドには工房の者がすでに向かっています」
「ふむ。魔船ギルドとは別に我が商会へと話があるということですな」
「はい。今回造ろうと考えている魔船ですが、青河杯で優勝可能な性能を持つものを造ろうと考えています。フィーリアが魔力供給を担当することになりました」
「ああ、なるほど。彼女のような精霊が力を貸すというなら優勝を狙うというのは荒唐無稽ということにはなりませんな」
「その通りです。そこで相談なのですが、魔船を造るための資金が不足しています。ハサウェイ商会にぜひとも出資してほしいのです。考えてはいただけませんか」
俺はカミュやダンカンさんに用意してもらった新魔船の造船計画書をナッシュさんに手渡した。
使用する素材などや完成後の性能などが書かれている。
俺自身は専門的な内容はわからなかったが、その分一般人がわからない・気になるというところをピックアップして、説明を受けていた。
その受け売りの説明を俺がナッシュさんにしていくことで、内容を理解してもらった。
完成した船のその後の使用権などについてもある程度書かれている。
「面白い話だとは思いますが、難しいですな。それはつまり、新しく船を造るから金を出してくれ、ということになるのでしょう? このように説明をされても、実現できるかわからないものに対して、貴重なお金を使うことはできません」
「ご指摘はごもっともです。ただ、造船については私自身も手伝うつもりです。こう見えて、私も技術者としてちょっとしたものなのですよ」
そう言いながら、腰に吊るしていた刀を取り外してテーブルの上に置く。
ナッシュさんに目で「抜いてみてほしい」と伝えた。
「これはヤマトさんが使っている武器ですな。これが一体……なんだと!」
刀を手にしてこわごわと刀身を見るために引き抜いたナッシュさんが驚きのあまり立ち上がってしまう。
完全に抜き身の状態になった鬼王丸をみて、ワナワナと体を震わせた。
「これは、まさか。いや、しかし、この輝きは。……ヤマトさん、これはミスリルソードですか?」
「はい。先日報酬として頂いたミスリルを使って武器を作成しました。素晴らしい逸品ができたと思います」
「一体どうやって。ミスリルの取扱いは非常に難しく、専門の職人でも時間をかけて武器に鍛え上げるものなのです。それをまさか1日で? 本当は以前から持っていたのではないのですか?」
「まさか。ナッシュさんも俺がミスリルの武器を持っていないかったのは、護衛依頼のときに知っていたでしょう。それは間違いなく報酬として頂いたミスリルを使い、作り上げた刀です」
「いやはや、実物を見ても信じられないものを見せられてしまいましたな。ご自身で作られたのであるなら、相当な腕をお持ちだ。いや、感服致しました」
「ありがとうございます」
「しかしですな、鍛冶仕事が有能であっても造船技術が同じとは限りますまい。これを見たからといって、ならばお金を出せるかというと話は別ですよ。それともまさか、この武器をお売りいただけると考えてもよいのですかな」
「売るのは遠慮させてもらいましょう。まあ、最後の手段にはなるかもしれませんが。さて、ここで少し話を戻しましょう。今回私がお願いしたいのは、新しい船を造るための資金提供ではありません」
「違うのですか? それならなにを希望されているのです」
「それは広告を出さないか、ということです。新魔船の船体にハサウェイ商会のロゴを入れたり、船の命名権を買い取ったり、操船者の着る服に広告を入れるのもいいですね。沢山の人が見学に来る青河杯で優勝を狙う魔船に商会のロゴが入っていれば、ものすごい宣伝効果を発揮しますよ」
「……宣伝ですか? 初めて聞きますが、それが狙いですか。だが、他の誰もそのようなことをしたことがないのでなんとも……」
「そこですよ。誰もしていないからこそ、一番にやればより大きな効果が期待できるのです。ハサウェイ商会をより大きくしたいというナッシュさんだからこそ、この話をお持ちしたのです」
多分効果はあると思う。
基本的にこの世界での宣伝は人から人へと伝わる噂話や評判、つまり口コミだけだ。
だが、みんなが熱狂するくらい真剣にみて、応援する青河杯で船に商会の名が入っていれば、必ず話のネタになる。
さらに、その船が優勝すれば商人としての名もあがるはずだ。
決して悪い話ではないと思う。
「広告を出すかどうかは、今決める必要はありません。ナッシュさんがおっしゃったように実物のないものにはお金を出せないでしょう。もう少し形ができたらまたお伺いに参ります。そのときにでもお返事いただければと思います」
ナッシュさんは俺が出した資料を読みながらも、ずっと頭を働かせて考え続けている。
資金を出すかどうかはこの場では決まらないだろう。
だが、悪くない感触だと思う。
少なくともフィーリアを乗せた船のスピードを見れば、考えは固まるはずだ。
だが、そうなると結局初期の資金繰りが困るか。
今頃、ダンカンさんが魔船ギルドや材木屋なんかで素材の確認や値段について話を聞きに行っているはずだ。
そっちと合流して、俺の手持ち資金から出すようにしようか。
そうだ、俺自身も広告主になったことにしてお金を出すか。
それなら、ダンカンさんやカミュもある程度納得して受け取ってくれるだろう。
俺はナッシュさんと握手を交わして、みんなと合流するためにハサウェイ商会を後にした。




