貴族令嬢
「ちょっと、あなた達、大丈夫ですの?」
大破した魔船の一部である板切れにカミュを乗せて、俺は立ち泳ぎしていると急に声をかけられた。
一体誰だろうか。
そう思って振り返ると、1隻の魔船がこちらへと近づいてくる。
救援に来てくれたのだろうか。
板に乗ったカミュが落ちないように、波を立てないようにしながら接近してきた。
「ほら、早く上がってくださいまし」
そう言って、魔船から手を差し伸べてきたのは若い女性だった。
多分高校生くらいの年齢じゃないだろうか。
赤いドレスのような服を着た、金髪の縦ドリルの髪型だ。
ずいぶんと身なりのいい人だが、彼女が魔船を操縦してきたのだろうか。
カミュの体を抱えるようにして片手で持ち、反対の手で船に乗り込む。
船の床で邪魔なものがないところへとカミュの体をそっと置いた。
「カミュ、大丈夫か。起きろ」
いつだったか、講習を受けた「溺れた人への対処法」を思い出す。
まずは、肩を揺さぶりならがら声をかける。
それでも目を覚まさないから、軽く頬を叩くようにした。
「う、ううん。……あれ、ここどこ?」
ポンポンと頬に刺激を与えると、カミュが目を覚ます。
少しの間はボーッとした眼で状況が分かっていなかったようだが、じきに周りをキョロキョロと見始めた。
「あ、そうだ船はどうなったの? って、え、なんでソフィアがここにいるの?」
俺に船のことを聞いたと思ったら、その直後に女性へと声をかけるカミュ。
俺たちを助けに来てくれたこの女性はソフィアというのだろうか。
彼女をみて、口をパクパクさせている。
「なんでじゃありませんわ。急に大きな音がして水しぶきが上がったから見に来てみれば、船が壊れて溺れているではありませんか。わざわざ助けたのですからお礼の1つでもほしいですわね」
「あ、ごめんね。ありがとう、ソフィア」
「いいですわ。それにしても何があったのです。あなたが船の操船を誤ったとは思えないのですけど」
ソフィアの質問を受けて、俺とカミュは目を合わせて沈黙してしまった。
あまりにも馬鹿らしい失敗で説明するのも恥ずかしい気がする。
が、カミュの操船技術は他の人にも認められるくらいの腕のようだ。
それならば、俺から話したほうがいいかもしれない。
「実は、カミュの船には高位精霊であるフィーリアが魔力供給していたんだけど、そいつが暴走してね。速度が出すぎて操縦不能になって、岩にぶつかってしまって」
「あなた、お名前は? カミュの船は精霊を使っていなかったはずですわよ。あなたが連れてきたのですか」
「失礼しました。私の名はヤマトです。旅の途中でして、精霊のフィーリアとこの街に来て、つい先程カミュに声をかけられて船に乗ってみることにしたのです」
「私はソフィア・パーシバルです。カミュとは以前から知り合いですの」
名字を持つということは貴族なのだろうか。
まだ若いから貴族令嬢とかになるのだろうか。
だが、他に船に乗っている人はいない。
貴族の娘さんが1人で魔船に乗ることなんてあり得るか?
そう思ったとき、船の中央部から急に人影が現れた。
「こちらは私のパートナーの精霊ですわ。名前はメアリー。よろしくお願い致しますわ」
ソフィアの紹介してきたのは人の姿をした精霊だった。
フィーリアとは違い、全身が水色だ。
おそらく色的に水精だと思う。それも高位精霊だ。
肩よりも少し長いまっすぐな髪の毛は青色で、体表が薄い水色。
着ている衣装はセパレートの水着のようで、下半身はパレオのようなものが巻かれている。
目元が少しタレ目になっており、どこかおっとりした雰囲気を感じさせる。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【礼儀作法】
「先程は失礼致しました。貴族であるとは知らずとはいえ、申し訳ございません。非礼をお許し下さい」
とりあえず、ソフィアが貴族らしいので丁寧な対応へと切り替える。
片膝立ちのようになって胸に手を添えて、頭を下げた。
すると、正面に立つソフィアが右手を差し出してきて「許します」と言ってくる。
それを聞いた俺は、ソフィアの手をとり、右手の甲に軽く口付けをした。
爪はきれいに整えられており、肌はしっとりしている。
だが、手に触れる感触からは手の平に豆があることがわかった。
おそらく、普段から魔船に乗って操船しているのかもしれない。
「それにしても、カミュの船が無くなってしまったのですね。青河杯はどうなさるおつもりですの?」
「……う、それは」
「よもや私との約束を忘れたわけではありませんよね。不参加であっても約束がなかったことにはなりませんよ」
「そんなこと、わかってるよ……」
カミュとソフィアが話している。
約束とは何のことだろうか。
もしかして、カミュが青河杯の優勝を目指していたことに関係しているのだろうか。
「あの、約束というのは何でしょうか」
「あら、カミュから話を聞いていたのではありませんの? 2週間後に開催される青河杯に私とカミュが参加する予定でしたの。そこで勝ったほうが負けた方に1つ命令できるというものですわ」
「命令ですか?」
「ええ、そうよねカミュ。カミュが勝った場合にはパーシバル家からの資金援助を。そして私が勝った場合にはカミュは私のものとなるのですわ」
んんん?
カミュがソフィアのものになるの?
ど、どういう意味なんだろうか。
いけない関係にもつれ込むのか、専用メイドになるくらいの話なのか、すっげー気になる。
「ヤマトと言ったかしら。あなた、カミュとはどのような関係なのかしら。まさか、カミュを狙っているわけではないでしょうね」
考え込んでいるとソフィアがこちらを睨みつけてくる。
今さっきまでは上品な貴族令嬢の顔だったのに、今は獲物を横取りしようとする邪魔者を威嚇する蛇のように感じた。
眼力の強さが半端じゃない。
こいつ、ガチのやつかもしれない。
百合とかレズの段階を越えて、ヤンデレまで進化している可能性もあるかもしれない。
マジこえーんだけど。
「その人は関係ないよ。ほんとにさっき出会ったばかりでフィーリアに力を貸してもらっただけだから!」
俺が冷や汗をかいているところにカミュが口を挟んでくる。
まあ、たしかにあんまり関係ないとも言える。
後から考えると、俺はカミュに対して自己紹介すらしていなかったはずだ。
「そう、ならいいわ。それより船がないのなら青河杯には出られませんわね。勝負はすでについたと考えてもいいですわね」
「……う」
ソフィアの発言でカミュが下唇を噛み締めながらうつむいてしまう。
握った両手もプルプルと震えている。
悔しいのだろう。
少なくとも、船が壊れる前までは勝つために行動していたのだから。
「なにを言っておるのじゃ。妾が負けることなどあるはず無かろう。勝負はまだこれからじゃぞ」
と、そこへ割って入ってきたのはフィーリアだった。
偉そうに言っているけど、全部お前の責任なんだからな。
「氷精はバカが多い。船がないのにレースに出られるはずがない。そんなこともわからないの」
と、今度は今まで一言も発していなかった水精のメアリーが喋る。
落ち着いたトーンで悪口を言うとは思わなかった。
クール系毒舌タイプなのだろうか。
おっとりした見た目からは予想もつかないキャラで驚かされる。
「ふん、船くらいなんとでもなるわ。ヤマトよ、お主なら妾の船を造れるであろう。本番までに用意するのじゃ」
フィーリアは胸の前で腕を組んで、ドヤ顔をしながらそう言い放った。
すると3人から視線を向けられる。
カミュは期待したような眼を。
ソフィアは邪魔者を見つめる目を。
メアリーはそんなことができるのかという疑いの目を。
三者三様の視線を受けて、思わず頷いてしまった。
魔船なんて今日初めて見たのに、造れるのだろうか。
とりあえず、フィーリアには後でお仕置きしておかなければと考えながら、カミュの家へと戻ることとなった。




