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魔船

「こっちだよ。早くついてきて!」


 そう言って、カミュと名乗る女の子がフィーリアの手を引いて走っていく。

 どこかへ案内するつもりのようだ。

 あまり俺のことは目に入っていないのかもしれない。

 置いて行かれそうになったので、慌てて小走りについていくことにした。


 大きな通りとは違い、馬車の通らない生活道路を幾つかの角を曲がりながら進んでいく。

 しばらく移動をし続けると河のそばにまでやってきた。

 水の流れる音が聞こえている。


「ここが私の家だよ。そっちの小屋は船を作る場所なんだ。とりあえず入ってよ」


 カミュがそう言いながら家へと入っていく。

 レンガ造りの小さな家だ。

 多分、家の中の部屋数は数部屋くらいしかないと思う。

 小屋のほうが大きいのではないかと思ったが、木材を使って組んでおり、見た感じボロく見える。

 船を作る場所ということは、カミュの家は船大工の家系か何かなんだろうか。


「おじゃまします」


 そう言いながら家に入る。

 入ってすぐに土間があり、かまどなどが設置されている。

 その奥に小さな部屋があり、カミュはそちらへと進んでいった。

 その部屋には背もたれのない椅子があり、そこへ腰掛けてカミュが話し始める。


「なにもないけどゆっくりしていってね! フィーリアって言ったっけ? 精霊で間違いないんだよね?」


「いかにも。妾は氷精じゃ」


「水じゃなくて氷なんだね。ウンウン、それでも大丈夫だよ。フィーリアには私の船を動かすために力を貸してほしいんだ」


「分かっておる。妾に任せるが良い!」


「ちょっと待て。フィーリアは魔船の動かし方とか知っているのか? 経験があるの?」


「知らぬ。初めてのことじゃな」


 アッハッハと大きく笑いながら答えるフィーリア。

 やったこともないのに、なんでここまで自信があるのかすごい疑問だ。

 大船に乗ったつもりでいたら、泥舟でしたってことになりかねないような気がする。


「大丈夫だよ、お兄さん。精霊が船を運転するわけじゃないから。あくまでも運転するのは私で、決まった場所に座ってもらってればそれでいいんだ」


「えーと、ようするに魔船を動かすのには魔力が必要で、そのために船の決まった場所にフィーリアが座ってさえいれば魔力供給が自動的にされるってことになるのか?」


「そうそう。本当は魔力のこもった魔石を使うのが一般的なんだけどね。魔石よりも精霊に協力してもらったほうが効率がいいんだ。ちょっと船を手直ししなきゃいけないんだけどね」


「それで、もう1回聞くけどフィーリアに危険はないんだよな。そもそも、なんで2週間後にあるレースのために、今日あったばかりのこいつに頼るんだ?」


「危険はないから大丈夫だよ。理由は簡単に言うと、約束しちゃってね。青河杯で優勝しないと、船造りが続けられないかもしれないんだ。だから、絶対優勝したいの。人型の精霊は普通の水精たちよりも魔力が多いんでしょ? だから、見かけた瞬間に声をかけちゃったの」


「なるほどのう。妾の実力を見極めるしっかりとした眼と、即座に動く行動力。どちらもあっぱれじゃ」


 さっきからずっとフィーリアのテンションが高い。

 やっぱ人に頼られるのが好きなんだろうな。

 褒めてれば機嫌よくなんでもやってくれそうなチョロさを感じざるを得ない。

 悪い人に騙されてしまう世間知らずみたいだ。


「その青河杯ってのはどういうやつなの? 俺は見たことないからよく知らないんだ」


「えー、知らないの?! 毎年この時期にやる魔船レースだよ。青河杯は青河の4ヶ所に印を浮かべて、そこを何周か回って速さを競うんだよ。いい結果を残せば腕のいい船大工としても認められるから、殆どの人が参加してるんじゃないかな」


 なるほど。

 あの大きな河で競馬みたいにグルグルと周回するのか。

 いや、船を使うんだから競馬じゃなくて競艇みたいになるのか。

 だけど実際の河を使ってやるからには、いろんな水の流れを読んで船を走らせなければならない。

 操船技術もレース結果にはかなり影響してきそうだ。


「青河杯は予選も含めて1日のうちで何レースもあるんだ。それに賭けもやってるから、わざわざこの時期になるとリーンにやってくる人も多いんだよ」


 完全に競艇だった。

 今までの話しぶりだと、フィーリアの魔力を使えばかなりいい線が狙えるのかな。

 俺もこいつらの勝ちに少し賭けてみてもいいかもしれないな。


「まあ、それくらいなら……。いや、ちょい待ち。優勝しないと船大工が続けられない約束ってなんだよ。もしかしてやばいところに金借りて首が回らないとかそんな理由があるのか? フィーリアまで巻き込まれたたりしないだろうな」


「大丈夫っ! 絶対にフィーリアには手を出させないから! だからお願い。協力してほしいの」


 ゲッ、根拠も何もない大丈夫って言葉はさすがに信用ないだろ。

 どんな約束があるってんだ?


「ヤマトよ。妾はもうこの娘を手伝うことに決めたのじゃ。安心せい」


 俺に向かってフィーリアが言ってくる。

 何か考えがあるのか、それともどうにでもできるという意味なのか。

 まあ、本人がいいって言うならそれでいいか。


「ありがとー。私も頑張るからよろしくねっ!」


 ヒシッとフィーリアを抱きしめるカミュ。

 かわいい褐色少女が純白美少女に抱きついているシーンは俺の心に潤いを与えてくれる。

 仲良くやっていけそうだし、もう少し付き合ってみよう。




 □  □  □  □




 一通りの説明を受けた俺達は、その後、実物の船を見せてもらうことにした。

 家を出て小屋の方へと向かう。

 ガラガラと引き戸を開けると、小屋の真ん中にドンと船が置いてある。


 変わった形の船だ。

 木で作られた船は人が詰めれば10人くらい乗れるボート型をしている。

 だが、人が乗ったときの床のさらに下側には空洞があるのだ。

 船の前から後ろにかけて1本の筒のような空洞が続いている。

 今は後ろ側から見ているのだが、完全に向こう側が見えていた。

 こんな船が本当に浮かんで、前に進むのだろうか。


「魔船てのはみんなこんな形をしているのか?」


「そうだよ。お兄ちゃん、船をよく見てみて。何か気づいたことはない?」


 カミュがそういうので、しゃがんで中を覗き込むようにして見る。

 すると、前から後ろに続く筒のなかには複雑な模様が描き込まれている。

 これはなんだろうか。

 何の意味もないものではないだろう。

 パッと見ただけでも、なんらかの規則性がありそうな模様だった。


「なんか描いてあるね。これはなに?」


「フッフッフ。これこそが魔船の技術の結晶である水流操作ウォータストリームの魔法陣だよ。この空洞に入った水の流れを操作して、推進力へと変換して進む。それが魔船なんだ!」


「……これが魔法陣。つまり魔石なり精霊なりの魔力を使って、この魔方陣を発動して水流操作することで進むのか。すごいね」


「でしょでしょ。でも、これだけだとまっすぐにしか進めないんだ。だから、曲がるための装置もつけてあるんだよ」


 確かに船の後ろには魚の尾ひれみたいなものがついている。

 ハンドルか何かでアレの向きを変えて曲がるのだろうか。

 あんまり小回りが効かなさそうだけどどうなんだろう。


「それじゃあ、フィーリアが乗れるように船の改造しちゃうね。ちょっと時間がかかるけど待っててよ」


 そう言ってカミュは船に乗り込み、作業を始めた。

 俺は魔法陣に興味を持ったのでよく見ようとしてみたが、筒の端から覗き見る程度では全くわからない。

 複雑に折れ曲がる線と何らかの記号で描かれた魔法陣を理解するのは難しそうだ。

 それから30分くらいたっただろうか。


「よーし、改造終了。これでフィーリアを乗せて船を走らせることができるよ。今から試しに河にいってみる?」


「行きたいのじゃ。早く行こうぞ」


 そうして、俺は初めての魔船を体験するため、青河へと船を引いて行くことになった。

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