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貿易都市リーン

 精霊祭を終えた俺たちは貿易都市リーンに向かって進んでいる。

 これまでと同じように護衛をして歩いているが、全員気合の入り方が違う。

 なにせ金貨数百枚になる黒苔茸を積み込んで進んでいるからだ。

 無事にリーンにまで到着しない限りは、その儲けがなくなってしまう。

 恐ろしいほどの緊張感に包まれながらも、無事に貿易都市へとたどり着くことができた。


 貿易都市リーン。

 この街は北から南へと流れる大きな河のそばにあり、物流の一大拠点となっている。

 リーンのそばを流れている河はものすごく大きい。

 どのくらいかというと対岸が見えず、水平線が広がっているレベルだ。

 上流に位置する街から木や石などを積んだ船が来たり、西にある城塞都市リアナからは魔の森の素材などが手に入る。

 さらに、河を下流へと下っていくとかなり遠いらしいが海があるという。

 馬車移動とは比べ物にならないほどの輸送力を誇る船を中心に商人が大きな力を持っている街。

 それがこのリーンだ。


 ちなみにこの河はあまり濁っておらず、きれいな青色をしている。

 そのためか、「青河」という名前らしい。

 青河の対岸にも同じような街があるのかと思っていたが、小さな船着き場くらいしかないという。

 理由は河の氾濫にあるという。

 普段は穏やかな流れの青河だが、季節や大雨などによっては氾濫してしまうことがある。

 だが、氾濫が起こったときに大きな影響を受けるのは対岸側だという。

 これは青河の西に位置するリーンが対岸よりも少しだけ高台となっているため、増水して水があふれるときには対岸側からとなるかららしい。

 そんなことがあるため、リーンは他に大きなライバルとなる街もなく、長年貿易都市としての存在感を発揮できているということだ。


 街の周りを囲むように防壁があるが、リアナよりは低い。

 多分5mくらいだろうか。

 近場に危険なモンスターなどがいないのかもしれない。

 西門では多くの人が並んでいる。

 精霊祭を終えてほくほく顔の人たちがいるためか、街に入った後の飲みの話などをしているものが多い。

 ゆっくりとしたペースで進み、ようやく門を通過することができた。


 本来はここで商人とは分かれて、冒険者ギルドへと依頼達成を伝えるために顔をだす予定だった。

 だが、黒苔茸の報酬はまだ受け取っていない。

 先に依頼主であった商人の商会へと向かうことにした。


 この街も石畳で道路が整備されているようだ。

 だが、商人が使う馬車が多いからか、リアナの大通りレベルの広さの道がいくつもある。

 そして、遠くの方、川の畔には桟橋がかかっており、多くの船が停留していた。

 磯の香りはしないが、水平線が広がっているため、海沿いの街にでやってきたかのような雰囲気だ。


 そんな中を進んで商会へとたどり着く。

 今回護衛していた商会の名はハサウェイ商会というらしい。

 知らなかったのだが、3代目になるそうだ。


「3代目ですか。すごいんですね」


 俺がそう言うと、それを聞いた商人のナッシュさんが答えた。


「貿易都市リーンは長い歴史のある街です。その中で3代目の商会長と言うのはぽっと出の新参者扱いですよ」


「そうなんですか。なんか大変そうな世界ですね」


「まあ、油断するとあっという間に食われてしまいますからね。ただ、その分やりがいがありますよ」


 黒苔茸は髪の毛の薬になると聞いて、それがそんなに高値になるというのが不思議だった。

 だが、髪の悩みというのは深刻で、たとえどれだけの金額をつぎ込んでも、改善できるなら払う人が大勢いるらしい。

 そして、そんな大金を払うのはそれだけ権力を持っている人間に他ならない。

 3代目としてさらに商会の規模を大きくしたいと考えているナッシュさんにとっては、権力者とコネを作るためにもなんとしても黒苔茸がほしかったのだそうだ。


 商会の建物へと入り、応接室へと案内される。

 ソファーに座って待つと、ナッシュさんが応接室へと入ってきた。

 後ろに続く従業員たちがいくつもの革袋を手にしている。


「みなさん、護衛任務ご苦労様でした。こちらは護衛の報酬と精霊祭での報酬です。お確かめ下さい」


 そう言って、それぞれの冒険者の前に革袋が置かれる。

 各自がその革袋の紐を引いて中を覗いている。

 合計20個の黒苔茸を採取していたため、1人あたりでも金貨400枚というべらぼうな数の報酬が入っているのだ。

 一度の依頼ではなかなか見ることができない金額だろう。


 歓声を上げて喜ぶ冒険者たちが、それぞれ礼を告げて応接室から出ていった。

 だが、俺はソファーに座ったままだった。

 それは確認しなければならないことがあったからだ。


「ナッシュさん。これはなんですか?」


「見たことがありませんでしたか。それは魔鋼貨です。今回ヤマトさんの報酬は金貨だと6000枚を超えることになりますが、さすがにそれだけをすぐに用意することができませんでした。ですので、金貨1000枚として扱われる魔鋼貨でお支払致します」


「……普通に使えるんですか。これって」


「もちろんですよ。ただし、商会などの決算で使うことがほとんどですが」


 それって俺にしてみれば使えないも同然じゃないか?

 交渉術で買取金額を上げたからって、意趣返しでもしてきたのかもしれない。

 だが、そうかといって金貨6000枚を用意されても困るのは確かだ。

 俺はこの街で生活するわけではなく、まだ旅を続けないといけないのだから。

 そんな大量の金貨は重くて持ち歩ける訳がない。


「ヤマトさん、1つ提案がございます」


「提案ですか? なんでしょうか」


「はい。私としては金貨でお支払することが難しい。ヤマトさんにとっては魔鋼貨は使いにくい。これを解決するために、報酬の一部を現物支給としてはどうかと思いまして」


「現物支給?」


「そうです。金貨5000枚、つまり魔鋼貨5枚分として、こちらをお渡しします」


 そう言って、ナッシュさんはゴトッと机の上に何かを置いた。

 金属の塊、つまり何らかのインゴットが机の上に置かれている。

 見た感じは銀色に見えるため、銀と思った。

 だが、銀貨の色とも違うし、なにより、金属そのものが淡い光を放っているようにも見える。


「これはミスリルという金属です。魔力との親和性が高い金属であり、冒険者であれば武器にするのもいいかもしれません。このインゴットで金貨5000枚の価値があることは、証明書もつけることが可能です。いかがでしょうか」


 ミスリル。

 その単語を聞いた瞬間に、心のなかで「キターーー!」と叫んでいた。

 リアナの武器屋を覗いても、ミスリルやらオリハルコンなんかのファンタジー金属を見かけたことは一度もなかった。

 もしかしたら、この世界にはないのかもしれない。

 そう思って諦めていたくらいだ。

 まさか実在するとは。

 念のために鑑定眼を使ってみたが、嘘ではないようで、間違いなくミスリルであると鑑定された。


「ミスリルはほしいと思っても手に入らない品です。これは先代が残していったものでして、ハサウェイ商会に本当に必要なときがあれば使うようにと言われています。これでいかがでしょうか。もちろん、差額分は金貨でお支払致しましょう」


「分かりました。なら、ミスリルインゴットと金貨1000枚ということでお願いします」


「ありがとうございます。また、何かあればハサウェイ商会をよろしくお願い致します」


 お互いが立ち上がってグッと握手を交わした。

 使えもしないお金よりも遥かにいいものをもらったと思う。

 今回の護衛依頼は受けて大正解だった。

 俺はルンルンとスキップしそうな勢いでリーンの街へと繰り出していった。

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