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黒苔茸

 俺が精霊祭で採取してきたものを宿にいる商人に見せると、商人はものすごく驚いていた。

 数が少ないはずの魔力茸が背嚢いっぱいになるくらいあるだけでも驚いていたが、黒苔茸を見た瞬間、眼の色が変わった。

 それまではニッコリとした営業スマイルを顔に貼り付けていたのだが、黒苔茸を眼にしてからは、口元はギュッと硬く結ばれ眼がギラギラしている。

 どうやら、相当な値打ちもののようだ。


「これと同じものが他にも手に入りますか?」


「さあ、どうでしょう。たまたま落ちていたものを拾っただけですから」


「……そうですか」


 俺の適当な返事を受けても、まっすぐにこちらを射抜くように見つめる商人。

 あまり信用されなかったかもしれないな。

 商人は諦めていないように見える。

 いや、もしかしたらたとえ俺の言葉が本当でも諦めきれない品なのかもしれない。


「これは黒苔茸という名前です。もし、明日これと同じものを採取した場合、1つにつき金貨50枚お支払します」


「まじかよ!!」

「すげえ」

「よっしゃ、明日はそれだけを狙うぞ」


 ガタガタッと大きな音を立てて、他の冒険者が騒ぐ。

 今、この宿にいる護衛冒険者は俺を含め5人だ。

 採取してきたものを商人に見せて、買い取ってもらっていた。

 1人はすでに換金して飲みに行ったらしい。

 もう1人はまだ、森から帰ってきていない。

 部屋にいたうちの3人はすでに手に入るかもしれない金貨の使いみちまで考えているようだ。

 だが、俺とライラさんは落ち着いている。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【交渉術】


 黒苔茸について詳しく知らない俺だが、商人がここまで食いついてくる事に違和感を感じた。

 だが、値段設定などは正直全くわからない。

 そこで、交渉術スキルをペイントして話し合いを行うことにした。


「ダメですね。安すぎます。その値段なら他の人に売ります」


「これが相場ですよ。だが通常時にかぎるか。精霊祭で品質が上がっていることを考えると、黒苔茸1つで金貨80枚でも利益が見込めるかもしれん。それでどうでしょう」


「金貨500枚です」


 シーン、と部屋の中が静まり返った。

 それまで馬鹿みたいに騒いでいた冒険者どころか、採取して持ち帰ってきたものをまとめている商人の奉公人たちですら、口をあんぐりと開けてこちらを見ている。


「……何を馬鹿なことを。それはあまりにも法外と言うものですぞ。そのような金額ではとても「なら他の人に売ります」」


 商人があれこれ言い出したが、途中でかぶせるようにして喋る。

 商人がグッと歯を噛みしめるような仕草をした。

 俺が一切引く気がないというのをみて、黒苔茸の価値を正確に知っていると思ったのかもしれない。

 もちろん、俺は知らない。

 自分でもそんな金額で買い取るようなものだとは信じられないのだが。


「参りましたな。なかなか博識でいらっしゃるようだ。それでは金貨300枚ではいかがでしょう」


「金貨500枚」


「グッ、黒苔茸1つで金貨500枚など払えるものではありませんよ。そのような資金を持つものは商人でもなかなかおりますまい。いくら高価なものであっても、販売ルートがなければさばくことができないのです」


「なら、リアナの商工ギルドで部長をしているカーンさんに持ち込みます。彼とは付き合いがありますから。この3つも含めてすべて向こうに渡します」


「お、お待ちなさい。わかりました。400ではどうでしょうか」


「420。これ以上はまけません」


「……わかりました。1つ金貨420枚でお願いします。その代わり、この3つは必ず買い取りをして、明日の分も我が商会が引き受けます。ただし、手持ちがないので支払いはリーンについてからということでお願いします」


「分かりました。商談成立ですね。ありがとうございます」


 交渉術によって、思わぬ金額が入り込むことになりそうだ。

 だが、このトリュフもどきにそんな価値があるのだろうかと思ってしまう。

 食べるだけならそんな値段は出さないだろう。

 何かの素材になるのだろうか。


「ヤマト、その茸の採取はあたしたちも混ぜてくれないかい?」


 俺と商人以外の時間が止まっているのかと思うくらい静かになっていた空間にライラさんの声が響いた。

 少し離れたところで立って俺達の話を聞いていたライラさんに目を向けると、「断るな」という視線を感じた。


「いいですよ。ただし、取り分は俺が多くもらいますよ。金貨300枚が俺、残りを他の参加者で分ける。これでいいなら同行して下さい」


「分かった。それでいいよ。あんたらもそれでいいな?」


 ライラさんが返事をした後、他の冒険者たちに目を向ける。

 こちらからは見えないが、冒険者の体が一瞬ビクッとしたところを見ると、かなりきつい目つきだったのかもしれない。

 そんなこんながあり、翌日も精霊祭に参加することになってしまった。




 □  □  □  □




 翌日も天気はカラッと晴れた。

 2日目となる精霊祭だが、昨日よりも人が増えている。

 きっと、昨日このあたりにやってきた冒険者などが参加して、人数が増えてしまっているのだろう。

 だが、その姿を見ても誰も地面を掘るためのスコップなどは持っていない。

 地中にある黒苔茸のことはあまり知られていないのだろうか。

 俺を含めて護衛冒険者7人が、今日は一緒になって黒苔茸を採取に向かう。


 最初は独自で動きたがる人もいた。

 なにせ、1人で見つければ金貨420枚が手に入るのだ。

 それが俺に同行するとなると、分前が大きく減る。

 それでも一緒に行動する事になったのは、ライラさんがパーティーをまとめたからだった。


 そして、俺もライラさんに説得されていた。

 昨日の晩のことだ。

 ライラさんが言うには、手に入る金額が大きすぎること。

 それによって、手に入る金額に大きく差がつくと不満が俺に向く可能性があったらしい。

 そこで、少なくとも一緒に行動して多少でも分前を握らせるようにしておけば、不満は減る。

 文句をいうやつはそれでも出るかもしれないが、そのときは酒でも飲ませておけということだった。

 わからなくもない話だったし、一緒に採取するのは俺にもメリットが有る。

 なにせ、地面を1m近く掘るのは思った以上に重労働なのだ。

 力を借りられるものなら、それはそれで助かる。


「でも悪いね。ほんとはあんたが独占してもおかしくなかったのにさ。無理に協力しておこぼれに預かる形になっちまって」


「もういいですって。俺も納得しましたし。ライラさんにはここにくるまでも色々助けてもらってますから」


「そう言ってもらえるとうれしいね。ん〜、でもやっぱりスッキリしないね。よし、リーンについたらあたしがいいことしてあげようじゃないか」


 ゴクリ、とつばを飲み込んでしまった。

「いいこと」ってなんだろうか。

 冗談っぽく話すものだからどういうつもりで言っているのか読めん。

 まあ、ここまで色々と教えてもらったりしたことは間違いない。

 大したお礼でなくても別にいいか。

「期待してます」と笑って答えておいた。


 さて、昨日のことを思い出しているうちに、目的地である森へと到着した。

 これまた昨日のように、俺の周りへと木精が近づいてきた。

 だが、他の人がいるからだろうか。

 昨日よりも数がすくない、と言うか近づいてきた木精は1つだけだった。

 大きさが野球ボールくらいだったので、昨日のキノコ汁を食べた食いしん坊かもしれない。


 俺が黒苔茸を発見したのは木精の助けによるものだと言うのはすでにパーティーメンバーには話している。

 これが他のメンバーがおとなしく参加した理由にもなっていた。

 木精がいないと黒苔茸が取れない、と思ってくれればそれでいい。

 実際は、今日は木精ではなく【採取】スキルの力によって、ガンガン見つけていくことにしている。


 だが、スキルの力を使っても黒苔茸の採取は大変だった。

 本当に何の目印もないようなところにポツンと埋まっているものだから、ノーヒントではほとんど見つけられなかっただろう。

 数十分歩いて黒苔茸の埋まっている場所を見つけ、みんなで穴を掘ることを繰り返す。


 7人で組んだのは正解だったかもしれない。

 後半になると、だんだんみんなの体力がなくなってきてクタクタになってしまった。

 だが、おかげで20個近くの黒苔茸を手に入れることができた。

 宿に帰って商人に見せると、想像以上の数だったのだろう。

 商人は引きつった笑顔になっていた。

 それでもすべての黒苔茸を買い取りしてくれた。


 あとでわかったことだが、黒苔茸は「育毛剤」「増毛剤」の材料になるらしい。

 それも効き目が強いらしく、「ほぼ確実な効果」が見込めるらしい。

 異世界であっても髪のことになると金に糸目をつけない人がいるんだなと思ってしまった。

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