精霊祭
それまでの宿場町とは違う雰囲気が漂っている。
もしかして、なにかトラブルでもあったのだろうか。
モンスターか、それとも盗賊でも現れたのだろうか。
「すいません。随分人が多いようですが何かあったんですか?」
宿場町にいたガタイのいい男性に尋ねてみる。
振り返った男性は顔に大きな傷があり、押出の強そうな人だった。
怖い人に声をかけてしまったかな。
そう思ったが、違った。
男性は機嫌よく俺の質問に答えてくれたのだ。
「おお、明日くらいに精霊祭がきそうだって話だ。我ながらいいタイミングに来たもんだぜ」
縦に走る顔の傷がグニャリと曲がるくらいのいい笑顔で話す男性。
だが、知らない単語が出てきた。
「精霊祭? なんですか、それ?」
「あん? 兄ちゃん、知らねえのか。この先の森ではこの時期に一度だけ、精霊が増えることがあるんだよ。んで、精霊が増えた後に森に入ると高値で売れる素材がザックザックと手に入るんだよ」
リアナから歩いて5日目のこの宿場町の先は、少し勾配のある道になっている。
そして、その道のそばに大きな森がある。
この森には木精がいるらしい。
毎年、秋の季節になると木精が一気に姿を現す事があり、その日を境に珍しいものや高価に買い取ってもらえる素材などが手に入るようになる。
一言で秋の季節といっても正確な日付は決まっていないし、いい素材が取れるのは2〜3日だけなので、そのタイミングでここに来られたらラッキーという認識らしい。
もっとも、この精霊祭を狙って数週間も宿場町で待つ人も何人かいるようだが。
「ライラさん、明日くらいに精霊祭ってのがあるみたいですよ」
「らしいね。それで護衛対象の商人が提案してきた。依頼人はこの宿場町で待つから、精霊祭で手に入る素材を護衛の冒険者で取ってこないかってさ。採取分の料金は出来高で払ってくれるらしい」
「その分、リーンに到着するのが遅れそうですけどいいんですかね。ライラさんたちはどうするんです?」
「あたしたちは精霊祭に参加するつもりさ。ここに来るまでに食べた食料分のスペースもあるから商人たちも得するから大丈夫だろ。ヤマトはどうする?」
「なら俺も参加で」
特にトラブルもなく、お金を稼げるなら参加すべきだろう。
もっとも、どんな素材が高く売れるのかが全くわからないのだが。
それよりも精霊の住む森っていうのが気になる。
フィーリアみたいな人の姿をした精霊もいたりするんだろうか。
遠足を明日に控えた小学生みたいにドキドキして、その日はなかなか寝付けなかった。
□ □ □ □
翌日はカラッと晴れた気持ちのいい天気になった。
まるで天が精霊祭を祝ってくれているようでもある。
俺とライラさんたちは森へと向かう。
それ以外にも多くの冒険者たちが移動を開始していた。
どうやら、昨日宿場町にいた人のほとんどは、この精霊祭に参加するようだ。
採取したものを入れる革袋や背負子などを背負って歩いている。
「よし、みんな聞きな。今日は1日、この精霊祭に参加する。各自自由に行動して採取してくれ。報酬は出来高だが、必ず宿に戻って依頼人に買い取ってもらうこと。勝手に他の連中に売るんじゃないよ。宿には夕食の時間にまでには必ず帰ること。分かったら、解散」
そう言うと、他のメンバーがパッと散っていった。
同じ冒険者パーティーでも今回は一人ひとりのボーナスみたいなものだからか、採取場所が重ならないようにバラけているようだ。
ここはそれほど危険なモンスターもいないらしいし、バラけても大丈夫なんだろう。
それらを見ながら、俺は少し遅れるようにして、誰も向かわなかった方へと足を進めた。
ここの森は高さ数mの広葉樹が広がっているが、少し紅葉に変わってきている。
それだけでもきれいなのだが、さらにすごいのが精霊たちの存在だ。
木精と呼ばれる精霊たちが漂っている。
人の姿をしたものはいないようだ。
丸い球体で緑色の眩しくない柔らかな光を放ちながらプカプカと宙に浮いていた。
大きさはピンポン玉から大きくてもソフトボールくらいだろうか。
木の幹や枝葉などの間に浮かぶ緑の光の玉は、恐ろしく幻想的な景色を形作っていた。
「ふむ、いい森じゃのう。木精が喜んでおるわ」
リアナを出てからは俺の体の中にいることの多かったフィーリアがにゅっと飛び出してきてそう言った。
軽く口角を上げて微笑んでいる。
もしかして、この景色をみて故郷の雪山のことでも思い出しているんだろうか。
「いいところだな。ここはフィーリアみたいに高位精霊の木精はいないのかな」
「どうじゃろうな。まあ、おったとしてもよっぽど相性のいい人間でもおらねば、わざわざ姿をあらわすまいて」
そういうものなんだろうか。
いたら絶対フィーリアみたいな美形だと思うんだけど。
女の子の姿をしているのであれば、ぜひ一度お目にかかりたい。
そんなことを考えていると、俺の周りに幾つかの光の玉が集まってきた。
木精たちだ。
なにかあるのかと思って見ていたが、何も起こらない。
そこで、おそるおそる手を差し出してみて、木精に触れてみた。
木精は重さを感じないものの、たしかに触った感触がある。
だが、ふわりと軽い感じでしか触れないようで、力を入れても指が光の中に入るようなことがない。
なんとも不思議な感触だった。
あんまりガシッと握っていると嫌われてしまうかもしれないので、ホドホドにして、最後に猫の顎をくすぐるように擦るように触って手を離す。
いろんな大きさのやつを触っていると、少しずつ数が増えてきてしまった。
「ヤマトは精霊に好かれるタイプかもしれんな。木精たちもよくなついておる」
「できれば精霊契約でもできたらよかったんだけどな」
「能力的な相性もあるからの。そればかりは仕方あるまい」
しばらく、木精に囲まれて遊んでいた俺だが、後からやってくる冒険者が変なものを見る目つきでこちらを見ていることに気がついた。
あまり変に目立っても仕方がないので、そこそこに切り上げて森へと入っていく。
今回、俺が狙うのは魔力茸というものだ。
薬草からは傷を治すポーションが作られるが、魔力茸からは魔力を回復するポーションができるという。
ただし、これは魔の森では採取できなかった。
それがこの森では取れるようで、しかも精霊祭によって品質が向上しているらしい。
自分用にも魔力ポーションがほしいところだ。
積極的に狙っていくことにする。
ちなみに魔力茸は松茸のような形をしているらしい。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【採取】
【採取】スキルを発動させて森を歩く。
ひたすら歩いてようやく魔力茸を1つ見つけた。
多分時間は1時間くらいかかったのではないだろうか。
思ったよりも時間がかかってしまった。
だが、一度見つけて実物をみた後ならこっちのものだ。
あとは魔力茸をイメージするだけで、それがある場所が薄っすらと光るため、採取スピードが劇的に上がった。
俺は背嚢に次々と魔力茸を放り込みつつ、森の中を歩き続けた。
早朝から採取を続けて、今は昼になっている。
食事にするために、手早く野草なども集めて料理スキルでスープを作り出した。
魔力茸は1本だけ焼いて食べてみることにした。
松茸に似ているように思う茸だが、肝心の松茸の正確な形を俺は知らない。
香りもいい匂いがしているのがわかるが、多分少し違うのではないかと思った。
だが、他にもたくさん見つけた茸を使ったスープは、いくつもの味が絡み合い、深い味わいとなっている。
秋の味覚はこの世界でも健在だった。
フィーリアも一緒になってそのキノコ汁を食べていたのだが、どうやら木精たちの中にも食いしん坊がいたようだ。
森の入口からずっと俺の近くにいてついてきていた木精が、キノコ汁を食べたそうに器の周りを飛んでいる。
せっかくなので新たに料理スキルで作り出して、木精にあげてみた。
驚くべきことに、野球ボールくらいの大きさの光の玉が器の中に入り込むと、その分だけキノコ汁がなくなっていく。
口もお尻の穴もないのに、しっかりと食事機能が備わっているようだ。
また1つ、不思議なものを見ることができた。
その御礼だったのだろうか。
昼食を終えると、それまでは俺の頭の横を飛んでいた木精が目の前を飛ぶようになった。
最初は邪魔くさいとしか思わなかったのだが、どうやらどこかへと案内しているらしい。
そう気がついたら、素直に前を飛ぶ木精を追うようにして歩くことにした。
15分くらい森の中を進むと、木精の移動が終わる。
だが、見たところ何もない。
どうしたらいいのかわからなかった。
木のそばだったので、上を見てなにかあるかと考えたのだが、特に見つけられない。
首を傾げていると、今度は木精が上下運動を始めた。
「もしかして、上じゃなくて下になにかあるのか?」
その言葉がわかったのかどうかはわからない。
木精は上下運動から地面の1カ所をポンポンと飛び跳ねるようになった。
ここほれワンワン、ってことなんだろうか。
適当な木をとって木工スキルで木のスコップを作って、地面を掘ることにした。
1mくらいの深さを掘っただろうか。
ふいに黒っぽい何かが現れた。
ピンポン玉よりも小さな、丸く黒い玉。
表面はツルツルではなく、苔むしたような感じだ。
これも実物を見たことがないが、トリュフみたいなものなのだろうか。
トリュフもどきを持ち上げて木精に見せるようにすると、木精は俺の周りをくるくると回るように飛んだ。
やはり、捜し物はこれでよかったのだろう。
せっかくスコップまで作ったのだし、もう少し手に入るようなら入手しておこうか。
そう考えて、鑑定眼から名前がわかった黒苔茸を採取スキルで探して追加で3つほど手に入れることができた。
魔力茸も背嚢いっぱいに詰め込んだくらい手に入ったし、良い収穫だったのではないだろうか。
こうして、俺の初めての精霊祭が過ぎていった。




