コスプレ撮影会
「はい、これが完成した特効薬だよ。毎朝朝食の前までに飲んでね」
そう言って手に持っていた薬をアイシャさんに手渡す。
これは俺がスキルで作ったコカトリック薬だ。
俺が作ったものと、リリーが作ったものではほとんど差はない。
完成したコカトリック薬はカーンさんが試験を行い、見事に慢性全身硬化病を治すことができたという報告を受けている。
だが、それでも万全を期してスキルによって作られた薬を渡したのだ。
「ありがとう、ヤマト。みんなから聞いているわ。ヤマトが苦労して薬を作っていたって。治ったら報告するからね」
薬を両手で掴んで、ギュッと胸の前で握りながらアイシャさんが言う。
みると、目尻にほんの少し涙があるようだ。
やはり、長年自分の体を蝕んできた病気が治るかもしれないというのは嬉しいのだろう。
服用時の注意事項などを事細かに説明しておいた。
「えっと、それで……。薬が手に入ったらお礼をするって言っていたよね。な、なにがいいの……」
俺の長々とした説明が終わったあとになって、アイシャさんがおずおずと訪ねてくる。
きちんと約束のことを覚えてくれていたようだ。
待ってましたとばかりに俺は答える。
「アイシャさんには『コスプレ撮影会』をしてもらいます!」
「コス……プレ……? さつえい? ごめんなさい、それは何なの?」
「大丈夫。やれば分かるから」
どうやらこの世界にコスプレなんてものはないようだ。
というか、普通の人はだいたい古着を使う。
それでも購入するには結構高いお金がかかるのだ。
コスプレなんてものが存在するはずはないだろう。
意味もわからず、おどおどしているアイシャさんの姿は普段見ることがないので新鮮だった。
楽しんでくれるかは分からないが、俺のためにもぜひやってもらおう。
本当は、お礼の話を聞いたときもっと直接的なエッチな要求でもしようかと考えもした。
初めて月光館に行ってから体の我慢が効かなくなっていたというのもある。
だが、それ以上に俺の心には問題があった。
この世界に来て、早いもので数ヶ月が経過している。
日本のことを思い出して、気分が沈む日があるのだ。
俺の中で日本の記憶というのは、数ヶ月前まで通っていた高校の思い出だ。
ふとした拍子に思い出すのだが、その中で記憶にあるのが制服だった。
俺が通っていた高校の制服はブレザーだった。
詳しくは知らないのだが、何年か前に海外でもそこそこ有名なデザイナーに依頼して作られたデザインの制服だそうで、特に女子用の制服は近隣では非常に人気があったのだ。
制服目当てで高校の入試を受ける人も少なくなかったと聞く。
他にある日本の思い出といえば食事だが、これは日本とは食材自体が異なるためか再現することは難しい。
だが、制服であれば俺のスキルで作り出せる事ができる。
と、考えたときに自然とアイシャさんにその制服を着てもらいたいと考えたわけだ。
そして、それが可能なのであればブレザーだけで終わらすのはもったいない。
セーラー服も嫌いではないし、ナース服なんかも似合いそうだ。
次から次へと湧き出るコスチュームを余すところなく着てもらいたい。
ならば、コスプレ大会としておねだりしてみようとなった次第である。
アイシャさんはよくわからないことを要求されて困った表情をしている。
だが、俺が諦める気がないということがわかったのだろう。
最後にはコクンと首を縦に振った。
薬を飲んで効果が現れるまでは数日かかる。
その間の時間を利用して俺は【裁縫】スキルをフル稼働させ続けた。
□ □ □ □
もうすでに夏の暑さが和らぐ季節となってきていた。
空にはうろこ雲が見えている。
なんとなく、秋の風情を感じる。
そんな中、俺とアイシャさんは馬車に乗ってリアナの街の北区を目指していた。
せっかく色んな服を作って着てもらうのに、狭い宿の部屋の中ではつまらない。
コカトリスや大蛇の素材代、コカトリック薬の売上の一部が手元に入ってきていたので、少し懐に余裕がある。
俺は高級レストランの近くにあるホテルを予約しておいたのだ。
北区と言っても貴族街ではないのだが、そのホテルの造りは下級貴族レベルであるらしい。
なんでも没落した貴族の邸宅をそっくりそのまま移転させてホテルとして使っているそうだ。
時刻はまだ昼過ぎだ。
この世界では電気がないので夜になると真っ暗になる。
特区エリアの高級娼館と呼ばれるところでさえ、夜はろうそくの光だけなので暗い。
それはそれで一緒のベッドにいるとムードが出るのだが、せっかく用意した服を着たアイシャさんがよく見えなかったでは話にならない。
このホテルを選んだのも、採光窓があり、部屋の中でも暗くなることがないと聞いたからでもある。
馬車がホテルの前に到着する。
いつものように【礼儀作法】スキルでホテルマンへと対応した俺のことは、それなりの人物に見られたのかもしれない。
丁重な扱いで、部屋へと通された。
「グランド」というホテルの中で、当主部屋へと案内される。
ここは入口の扉を開けると12畳ほどの広さの応接の間があり、その部屋の壁には3つの扉がある。
扉を開けると、トイレ、風呂、そして寝室へとつながっている。
寝室も広く、大きな天蓋ベッドが中央に置かれている。
さすがにすごい部屋だと関心してしまった。
2人で使うだけなら応接の間だけでも十分だと思ってしまう。
「それじゃあ、着替えてくるわね」
少し顔を赤くしたアイシャさんがそう言って扉を開け、寝室へと移動する。
彼女には今日の目的をしっかりと伝えてある。
色んな服に着替えてくれ、といったら恐ろしい勢いで首をブンブンと横に振っていた。
今日予約した場所に別室があると分かってようやく説得できたのだ。
扉の奥でアイシャさんが着替えているはずだが、音は聞こえない。
いつ出てくるのか全くわからない。
ソファーに座って待っているだけで、俺もすごく緊張してきた。
ドッドッドという心音を聞きながら、その時を待つ。
どのくらい待っていたのだろうか。
ふいに「ガチャリ」という音がして、アイシャさんが寝室から出てきた。
そこにいるのは、ブレザーの制服を着たアイシャさんだ。
だが、そのあまりの神々しさにまるで女神でも見ているのかと錯覚させられた。
少し濃い目の紺色のブレザーには高校のワッペンがつけられている。
その下に来ているのは真っ白のカッターシャツだ。
そこに赤のネクタイ垂れている。
おそらくアイシャさんの胸はDカップくらいではないかと思う。
全体的に程よく胸元が押し上げられているが、俺のスキルによってアイシャさん専用サイズとして作られたため、腰回りの細さも際立っている。
このくびれだけでも芸術品と言えるだろう。
グレーのスカートはきっちりとアイロンがけされた状態だが、長さが短い。
超ミニというほどでもないが、膝上10cmくらいの長さなので、その魅力的な太ももが強調されている。
ほっそりしていながらもムチムチした太もも。
そして膝から下はスラッとしており、足には白のソックスとローファーを履いている。
腰のくびれに対してお尻は程よい大きさをしているため、下半身だけをみても非常に男の欲情を煽ってくる。
「うちの学校の制服はこんなにエロかったのか……」
知らず知らずのうちに声に出してしまっていた。
金髪碧眼で肌の白い西洋美人のアイシャさんが着ているというのもあるだろうが、制服のすべてが体にフィットするように作られているのも理由の1つだろう。
学生の多くは、高校でも成長期であり少しゆとりを持ったサイズのものを着ていることも多かった。
最適なサイズの制服を着ていたらもっと違って見えたのかもしれない。
さすが有名デザイナーを起用したと言うだけはある。
学校に通っているときではなく、異世界にきてからこんなことに気がつくとは思いもしなかったが。
アイシャさんの制服姿を見た俺は、頭が茹で上がったような状態になってしまっていた。
だが、そんな状態でも本能に従って色々していたみたいだ。
まずは制服を着たアイシャさんの周りをグルッと回って、全身を確認する。
さらに、注文をつけていろんなポーズも取ってもらった。
最初は恥ずかしがっていたアイシャさんだが、少ししたら慣れてきたようだ。
なんだかんだでアイシャさんも若い女の子である。
普段見たことのない服だが、その素材もしっかりしたものを使っているし、俺のスキルで熟練の針子顔負けの洋服へと仕立て上げている。
女の人は可愛いものが好きだ、というのはアイシャさんにも適用されたようだ。
だんだんノリノリでポージングをしてくれるようになった。
頃合いだろうと思い、俺はウエストポーチから紙束を取り出した。
ポージングを取ったアイシャさんを撮影するためだ。
撮影と言っても映像を記録・保存するような道具はない。
かなり探してみたものの、それらしいものの情報すらなかった。
だが、しばらくしてふと気づいた。
俺のスキルを使えばいいじゃないかということに。
俺のスキルである【ペイント】は「あらゆるものに自在にペイント(書き込み)できる」という能力だ。
最初は色をつけたり、線を引いて図形や文字を書き込むように使っていた。
だが、慣れてくるとだまし絵のようなものもできるようになった。
それならば、写真のように精密なものでもペイントできるのではないだろうか。
そう考えて試してみると、実現できたのだ。
ペイントスキルで描かれたものはスキルで解除しない限りは消えない。
完全永久保存版の写真の完成というわけだ。
いろんなポーズをとるコスプレアイシャさんの姿を写真に撮りまくる。
アイシャさんは嫌がらない。
なにせ、この世界では写真なんてものが存在しないのだから、純粋に「すごい」と驚いてくれるばかりである。
さらに、制服以外のセーラー服やナース服、チャイナドレスや和服など、たくさんの服に着替えてもらったが、どれも「珍しい服」で済まされた。
現代日本でこんなことを頼めば変態扱いされかねないと思う。
こうなると日本への郷愁など吹き飛んでしまう。
良い世界にやってきた感謝しかない。
2人ではしゃぎまわって、コスプレ撮影会を楽しむと、すっかりと夜になってしまっていた。
せっかくだからこのまま泊まっていこうよ作戦を発動し、アイシャさんと過ごした一晩はまた別格だった。




