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信頼

 普段、魔の森などで薬草採取をするときには【採取】スキルを使用している。

 採取スキルが発動すると目的の薬草がぼんやりと光り、どこにあるのかがすぐに分かる。

 だが、この毒沼では採取スキルを使用するわけにはいかなかった。

 毒の液体で構成された沼と、そこから立ち昇りあたりを汚染する毒の空気。

 いくら浄化草が空気をキレイにしてくれていると言っても、採取スキルよりも毒耐性スキルを優先してペイントしておかなければならなかったのだ。

 結果として、浄化草を見つけるのには時間がかかってしまった。

 目を凝らし、集中して探していたため、ようやく浄化草を採取できたときにはホッと気が緩んでしまったのだろう。


 油断。気の緩み。

 これらは死につながる。

 今までの経験から、決して集中力を切らしてはダメだというのが分かっていたはずなのに、知らず知らずのうちに気が緩んでいた。

 採取して帰路についてしばらくしたときに、それは突然訪れた。


 ……ガガン!


 真横から突然、ものすごい轟音が響き渡る。

 その音の大きさに驚いて体がビクッとなってしまった。

 慌てて音のする方向である、右手側に目をやるとそこには大蛇がいた。

 赤黒い巨体がこちらに向かって突っ込んできていたのだ。


 だが、大蛇の攻撃が俺にダメージを与えることはなかった。

 もちろん、俺は何もしていない。

 大蛇の攻撃を防御したのはフィーリアだった。

 氷の壁が出現しており、大蛇がそこに頭をぶつけた形になっていた。


 急な襲撃で驚いたが、ようやく状況を理解する。

 それまで、近くに大蛇の姿は見えなかった。

 だが、今は数mほどさきに大蛇がいる。

 やつが出てきたのは、毒沼の水の中からだったのだ。


 おそらく大蛇は沼の中に身を潜めており、その沼のそばを通り過ぎようとした俺を襲ったのだろう。

 足音でも聞いていたのかもしれない。

 完璧な奇襲だった。

 だが、フィーリアは即座に気がつくことができた。

 というのも、毒沼に入ってからは俺の体温から居場所を特定されないように、周囲を冷気で覆っていたからだ。

 精霊とは自然そのものであり、氷精であるフィーリアは吹雪そのものである。

 つまり、フィーリアにとっては人間の姿をしていても周囲の冷気までもが自分の体にあたるのだろう。

 俺はフィーリアの体の中で守られるようにして、毒沼を歩いていた事になる。


 大蛇が冷気へと触れた瞬間に、即座に氷壁を発動させて防御してくれた。

 たぶん、それがなければ俺は今頃、あの大きく鋭い牙によって胴体を咬まれ、体内に毒を注入されていたことだろう。


「すまん。助かったよ、フィーリア」


「ヤマト、ここは妾が押さえる。お主ははよう、逃げるのじゃ」


 10歳ちょいの見た目の女の子に守られて逃げるというのも格好悪い。

 だが、現実的な問題としてここに残っても何かできるわけでもない。

 ならば、忠告通りはやくこの場から離脱することがフィーリアの助けになるだろう。

 俺は一目散に走り出した。


 ……ハッハッハ。

 酸素を口から体内に取り込みながら走る。

 採取した浄化草などを背中の背負子にくくりつけているので、走りにくい。

 また、たまに毒蛙や毒蜻蛉が絡んでくるが、それらはなるべく無視して走り続けた。


「ドン」「ガン」「バシャ」

 後方からはいろんな音が聞こえてくる。

 フィーリアと大蛇が戦っているのだろう。

 気にはなるが、そちらを見るために振り返るわけにはいかない。

 ここで、もし振り返って躓いたりでもすれば、沼にポチャリと落ちても不思議ではないからだ。

 そんなことになれば全身を毒ヒルに噛みつかれて大変なことになる。

 前だけを見て、走り続けた。


 10分ほど走って、ようやく毒沼の外に飛び出る。

 急いで背中の荷物を降ろして、準備をする。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【家事】


 まずは家事スキルをペイントした。

 そして【洗濯】【洗浄】【消毒】を行う。

 家事スキルは思った以上に便利なスキルで、俺は毎日、きれいに洗濯されアイロンでも当てられたかのような服を着ることができている。

 が、ここでは毒を落とすためにスキルを使った。

 これで、靴やズボンなどについた毒沼の水分などは完全になくなったはずだ。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【弓術】


 毒の心配がなくなったら、次にペイントしたのは弓術スキルだ。

 まだ、毒沼では戦闘音が聞こえている。

 フィーリアが戦ってくれているのだ。


「フィーリア、聞こえるか!! こっちに来い」


 俺は大声で叫ぶ。

 逃げる間は守ってもらっていたが、ここからは俺も戦うつもりだからだ。

 高位氷精であるフィーリアはLvが100を越えている。

 にも関わらず、大蛇に手こずっているのであれば、弱体化の影響でLvは60以下にまで下がっているのかもしれない。

 そう考えると、任せっきりにはできなかった。


 少しすると遠目にフィーリアと大蛇の姿が確認できた。

 フィーリアは地上数mの高さで浮かんでおり、氷柱を幾つも生成して飛ばすことで攻撃している。

 対して大蛇は地をはって移動している。

 その体をクネクネと器用に動かし、変則的な移動を行うためか氷柱が当てにくいようだ。

 さらに、大蛇は毒沼に潜ることがある。

 紫がかった沼の水は中を見通す事ができない。

 潜ったと思えば、違う場所から現れて攻撃をしてくる大蛇。

 それを宙に浮かんで対抗しているフィーリア。

 Lvのこともあるが、お互いの相性もあり、噛み合わない戦いとなっているようだ。


 ――追尾矢


 複合強弓を手にした俺は、大蛇の姿が見えたときには攻撃を行っていた。

 キリキリと力強く引かれた弓から発射される矢は、追尾性能を持つアーツを使っている。

 飛んでくる矢を見た大蛇は体を捻って回避しようとした。

 だが、それは成功しない。

 ガッという音とともに矢が大蛇の体へと突き立てられた。


「シャーーーーーーー!!」


 矢が刺さりはしたものの、その巨体からすれば棘が刺さったくらいのダメージだったのか。

 大蛇は声を上げたあと、すぐにこちらへと顔を向けた。

 宙を浮かぶフィーリアに攻撃を当てられなかったことで苛ついていたのかもしれない。

 やつは地上で突っ立っている俺のほうが手早く倒せる敵だと判断したようだ。

 飛ぶようなスピードでこちらへと近づいてきた。


 ――散弾矢


 やつの移動速度はいかほどのものか。

 俺が走って逃げたときよりも数倍短い時間で毒沼を抜け出すくらいにまでやってきた。

 真正面からその姿を見ていると、新幹線が突っ込んでくるかのような怖さがある。

 体がブルリと震えるが、その恐怖を押さえつけて、できるだけ引きつける。


 次に使った散弾矢というアーツは矢を1つ放つだけで、無数の矢に分裂して攻撃できるアーツだ。

 だが、有効射程距離が短い。

 特に大蛇のようなLvの高いモンスターだと、距離が離れて威力の弱くなった矢では体に刺さりもしないだろう。

 そのかわり、近ければその分威力が上がるという特徴のあるアーツだ。


 まるでチキンレースのように限界ギリギリまで引きつけてから放った散弾矢が大蛇を襲う。

 矢の数は100以上に別れていたのではないだろうか。

 それらがすべて、大蛇の頭部と首に集中して命中した。

 だが、俺は散弾矢の有効射程距離50mまで大蛇を攻撃しなかった。

 この距離は、全長6m以上の巨体であるやつにとっては目と鼻の先だ。

 散弾矢が当たって致命傷になろうが、ならなかろうが関係ない。

 車は急には止まれない。

 高速スピードで突進してきた大蛇の体は散弾矢を受けてビクンと大きく震えながらも俺に向かって突っ込んでくることになった。

 アーツ使用直後の俺には避けることすら不可能。


 だが、大蛇の体が俺に触れることはついぞなかった。

 目の前で停止している。

 いや、それは正確ではない。

 目の前に透明な氷の壁が出現しており、矢によって意識をなくした大蛇はその氷壁に頭から激突し、息絶えたのだ。


「ありがとう。助かったよ、フィーリア」


「危ないことをするのう。妾が防がなんだらどうするつもりじゃったのだ」


「いやー、なんだかんだでフィーリアのことは信じてるからね。きっとなんとかしてくれると思ってたよ」


 正直に言うと、そこまで絶対的な信頼をフィーリアに寄せているわけではない。

 単純に大蛇の移動速度が早すぎて、攻撃できるチャンスは一度切り。

 さらにあのスピードの攻撃を避けきれるかどうかは全く自信がなかったのだ。


 だが、フィーリアは最初の大蛇の襲撃で、何も言わずとも俺を守ってくれていた。

 どうせ一度きりしか攻撃できないのであれば、近ければ近いほど攻撃力の高まる散弾矢を。

 大蛇の攻撃を避けられるかわからないのならば、あえて動かず攻撃を。

 そうすることで、フィーリアが援護しやすい状況を作って、後は彼女の行動に任せるのみ。

 そう判断しての行動だった。


「なかなかいいコンビネーションだったんじゃない?」


 そう言って、手を握り親指を立てるようにしてフィーリアに突き出す。

 きっとこの仕草はこちらの世界にはないものだったのだろう。

 キョトンとした表情をしていたフィーリアだが、それでもなんとなく意味が通じたようだ。

 同じように、小さくて細い指を立てて返してくれた。

 今まではなんとなく、その場の流れに任せて一緒に行動していたフィーリアと少しだけ心が通じ合ったような気がした。

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