石化ブレス
鬱蒼と多いしげる木々の中でも一番大きくてしっかりした枝のついた木を見つけた。
木を登り、太い枝の上であぐらをかいて座る。
下を見下ろすと岩場が遠くまで続いているのが見えた。
コカトリスからはなんとか無事に逃げ切れたみたいだ。
ようやくここでホッと息を吐き出した。
「妾と戦ったときとえらい違いじゃったの。ほれほれ、手助けしてほしかったら今のうちじゃ。頭を下げてお願いしますと言ってみるのじゃ」
俺の隣でフヨフヨと浮いているフィーリアがニコニコと笑いながら煽ってくる。
こいつ、調子に乗りやがって。
美少女面じゃなければ顔面にパンチをお見舞いしていたかもしれない。
だがしかし、実際ここからどうしようか。
石化ブレスなしのコカトリスでもう何戦か頑張れば、相手の動きに慣れて戦闘系スキル無しでも戦えるようになるかもしれない。
けれど、それはあくまでも一対一でのときの話だ。
もし、仲間を呼ばれたら勝てないどころか、逃げ切れないこともあるかもしれない。
もっと、確実性の高い方法を考えたほうが良い気がする。
悔しいけれどフィーリアに手伝ってもらうのがもっとも勝率が高いだろう。
なにせ、精霊であるフィーリアは石化しないらしいし。
複数を相手にしても、氷柱を何個か飛ばせばコカトリスを倒せるだろうとは思う。
自分の力で戦う場合はどうするのがいいだろうか。
コカトリスと戦ってみて一番嫌だったのが、体の大きさが小さいということだった。
鶏くらいの大きさのモンスターが高さ数mの岩壁を蹴って、予想もつかない角度から飛び込んでくるというのは非常にやりにくかったのだ。
俺が冒険者ギルドの訓練場で行っていた訓練は、基本的にハイド教官との模擬戦であって、ようするに人を相手にした訓練だった。
自分よりも遥かに小さい体で予想困難で動きの早いコカトリスは絶対的に経験不足だ。
鬼刀はアビリティもついていて強力な武器だが、刀にこだわって戦うのはやめたほうが良いのかもしれない。
刀以外の武器を使うとすると弓か?
だが、正直弓は刀以上にスキル無しで使う気がしない。
というか、スキル無しでは狙ったところに矢を当てられる気がしないのだ。
弓は思った以上に難しい武器だから、石化耐性スキルが必須な今回はやはり無理だな。
となると、やっぱり罠でも仕掛けるのが一番いいのだろうか。
罠を使ってコカトリスが倒せるのであれば石化ブレスも怖くなくなる。
だが、周りすべてが硬い岩でできているので、罠を仕掛けるのが難しいかもしれない。
それに、道が狭いから自分が罠にかかってしまう可能性も無きにしもあらず。
うーん、どうしよっかなと考え込んでいた。
あまりにも思考に没頭していたからだろうか。
隣でフィーリアがずっと話しかけていた事に気づかなかった。
無視され続けていたフィーリアは少し涙目になりながらも、なお俺に頭を下げたら助けてやると言い続けている。
あんまりかまってやらないとかわいそうな気もしたので、フィーリアの頭を撫でる。
すると表情がフニャっと緩んだ。
次チャレンジしてダメだったら、フィーリアにお願いしてみようか。
そう思いながら、対策を考えつつ一晩を過ごした。
□ □ □ □
翌朝、日の出とともに目を覚ました。
グッと体をそらして、ボキボキと音を出す。
軽く柔軟をしてから、食事をすませて動き出すことにする。
昨日フィーリアを見て思い出したことがある。
フィーリアと精霊契約をしていたベガ、そのベガが召喚したオルトロス。
このオルトロスを騎士隊が倒したときのことを思い出したのだ。
そう、騎士隊が使っていたクロスボウのことだ。
オルトロスというLvの高いモンスター相手にも通用していたクロスボウという武器をコカトリスに使えないかと考えたのだ。
弓と違って素人でも扱いやすいのがクロスボウの特徴だ。
これは石化耐性スキルを使う間は戦闘系スキルを使えない今の状態にぴったりだと思う。
とにかく一度試してみようと考えたのだ。
午前中は森の中をウロウロとうろついてクロスボウの素材集めを行った。
森の中にいるモンスターで、トレントやオークを探して倒し、解体して素材を手に入れる。
トレントの枝はしなやかであり硬さもあるため、弓やクロスボウに使いやすい。
さらに、オークのアキレス腱を使って張力を高め、クロスボウの攻撃力を底上げした。
そして、もう1つ工夫をしている。
それはクロスボウの作成に【錬金】スキルを一部使ったのだ。
リリーの地下室の入口を思い出したからだ。
幾つかのボタンを適切な手順で押すことで、扉が開く。
それを活用して、クロスボウに取り付けたボタンを押すと、自動で弦を引く仕組みを作ることに成功した。
クロスボウは強力な武器ではあるが、ボルトを発射するために弦を引くが、それにものすごい力が必要になる。
それをボタン1つで行える事ができるようになったため、そこそこのペースで連射もできるいい武器を作ることができた。
「よし、準備は完了だ。リベンジに行くぞ」
俺は1人でつぶやくように声を出す。
結局、助けを求めなかった俺に対し、フィーリアはすねてしまった。
俺の体の中に入り込んで、出て来る気配がない。
ちょっと寂しい。
□ □ □ □
気を入れ直して岩場へとやってきた俺は探知スキルも使いながらコカトリスを探す。
昨日と同じように、単独でいるやつを狙う。
クロスボウは森の中で練習したが、とっさのときに落ち着いて対応するためにも相手をする数が少ないに越したことはないからだ。
やはりというか、完全に単独でいるコカトリスは少ないようだ。
1時間ほどの時間をかけてようやく1匹で食事をしているコカトリスを発見した。
たしか、昨日はあと10歩の距離までは近づけたはず。
そろそろと音を立てないように気をつけながら近づいていく。
こちらの位置は風下で、食事をしているコカトリスの左斜め後ろから近づくことになる。
残り15歩くらいのところで身を隠す場所がなくなった。
仕方がない、ここから狙うとしよう。
ボタンを押してクロスボウにボルトをセットし、狙いをつける。
簡易だが、照準を定める突起もついているので左目を閉じ、右目だけで狙いを定めた。
まだ、コカトリスはのんびりと食事をしている。
くちばしを使って岩のかけらを食べているため、頭が上下に動く。
ならば、あまり位置変化のない胴体を狙うほうがいいだろう。
おそらく心臓があるであろう場所へと狙いを定め、呼吸を止めてトリガーを引いた。
バッと音がして金属製のボルトが飛ぶ。
ガスっという音がし、ボルトはきちんとコカトリスの胴体へと突き刺さっていた。
「コ、コケーーーーーーーーー!!」
自らの体に異物が刺さっていることに気がついたコカトリスが鳴き叫ぶ。
そして、こちらの存在に気がついたときには驚きの表情を見せた。
やつは今、なにを考えているんだろうか。
単純な驚きか、悔しさか、死の恐怖か恨みか。
コカトリスがなにを考えているかは結局わからなかった。
その後、幾度か鳴き声を上げたが、その声もじきに弱くなり、バタンと倒れた。
クロスボウから刀へと持ち替えて、ゆっくりと近づく。
刀が届く距離まで近づいたら、刀の先でコカトリスの体をツンツンと突いてみた。
ピクリとも反応しない。
ちゃんと死んでいるようだ。
昨日の苦戦は何だったのかというくらい、あっさりと勝利を手に入れてしまった。
文明の利器の勝利だ。
俺の体の中から悔しそうに歯ぎしりする音が聞こえた気がする。
コカトリスの死体をみる。
多分急所にあたったのだろう。
それほど大量の血が流れているわけでもない。
ボルトを抜き取り、死体を持ち上げた。
まさにその瞬間だった。
「「「コケーーーーーーーーー!!」」」
俺の後方から鳴き声が聞こえた。
バッと振り返ると3匹のコカトリスがこちらへと向かって走ってきている。
油断していた。
十分孤立している1匹を狙ったつもりだったが、死ぬ間際の鳴き声が他のコカトリスに届いていたのだ。
近くまで来たそいつらは、しかし、俺に直接攻撃を仕掛けてこない。
俺の刀では攻撃が届かない位置で一旦停止し、首を大きく反らした。
そして、その反動を利用するかのように前へと首を振り、砂を吐き出した。
石化ブレス。
コカトリスの鋭いくちばしから、大量の細かな砂粒が飛んでくる。
思わず、目をつぶってしまった。
あの体のどこにこんな砂が入っているのかと思うくらいの量が吐き出されている。
まるで砂でヤスリをかけられているような痛さを感じた。
おそらく時間にしても数秒ほどのこと。
目をつぶり、右腕を顔の前にかまえていたが、数秒が長い時間のようにも感じた。
だが、その砂ヤスリの感覚が途絶える。
右掌で顔の砂をとるように擦って、目を開けた。
コカトリスたちは石化ブレスをくらった獲物が石化していないことに驚いたに違いない。
完全に動かなくなったと思った獲物が動くとは予想していなかったようで反応が遅れた。
とっさに刀を握る手に力を入れなおして、俺は攻撃を仕掛けていた。
スキル無しの攻撃ではあるが、相手が硬直していたタイミングでの攻撃は見事に成功した。
振り下ろしの攻撃で1匹、次に横切りで1匹、そして最後に片手で突き出すように繰り出した突きの攻撃でもう1匹。
3匹のコカトリスが傷口から血を吹き出すことになった。
だが、この3匹も怨嗟の声をあげる。
3匹同時のけたたましい鳴き声は確実にさらなる増援を呼び寄せることになるだろう。
慌てて、のどを切り裂いた後、最初の1匹も含めて4匹のコカトリスの死体を担いでこの場を離れることにした。
なんだか締まらない終わり方だったが、それでもコカトリスを倒したことには違いない。
石化ブレスによる攻撃を受けたが、体が石化する様子もなかった。
なんにせよ、これでコカトリスの砂肝をゲットだ。
はやくリアナへと戻って薬の調合をしてみよう。
アイシャさんへのお願いも考えておかないと。




