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コカトリス

 フィーリアを連れて、森の中を移動する。

 もうすでに森に入って2日が過ぎていた。

 最近はもっぱら月光館なんかのフカフカベッドでしか寝ていなかったため、森の中での野宿は疲れてしまう。

 なにせ、木の上に登って落ちないように寝ているのだ。

 自然が大切であるというのはわかるが、やはりある程度の文明社会でなければ人間らしい生活を送れない、などと思ってしまう。


 今回の目的はコカトリスの砂肝だ。

 これを使って特効薬を作ることができれば、ほとんどクエスト達成になるんじゃないだろうかと考えている。

 問題はやはりコカトリスをどうやって倒すかというところにある。


 聞いた話によれば、コカトリスは全体が鶏と同じような姿をしており、尻尾だけが蛇のようになっているらしい。

 魔の森の奥にある岩場のところを住処としており、基本的にはそこから離れない。

 主食は岩場にある岩をくちばしでつついて、小さく割ったものを食べているそうだ。

 体の大きさは普通の鶏程度であり、そこまで巨大な個体はいないと言われている。


 岩しか食べないコカトリスだが攻撃してこないわけではない。

 鋭いくちばしや爪、蛇の尻尾の攻撃もあるが、何より恐れられているのが石化ブレスだ。

 くちばしを大きく開けて、細かな砂の粒を大量に吐き出すらしい。

 これを吸い込んでしまうと、人間はおろか、モンスターたちですら体が石化してしまう。

 そんな石化した肉体はコカトリスに美味しく食べられてしまうとのことだ。


 石化してしまうと治すことができなくなるだけでも恐ろしいのに、コカトリスは戦闘中に仲間を呼ぶらしい。

 大きな鳴き声で叫ぶことで近くの別個体が近づいて来て石化ブレスを御見舞してくる。

 冒険者たちがわざわざ相手をしたがらないわけだ。


 だが、現状ではそこまで冒険者ギルドから嫌われるモンスターというわけでもない。

 というのも、岩場から離れないという習性から、逆に近づかなければ安全とも言える。

 さらに、魔の森内でモンスターの異常増殖が発生し、スタンピードが起こったとしても、コカトリスはそれに加わらないのだ。

 むしろ、暴走しているモンスターを石化させて食べることから、一種の防波堤のような役割を担っているらしい。


 と、そんな基本情報を頭のなかで思い出していたら、先の方で景色が変わるのがわかった。

 木と草だらけの世界から、ゴツゴツとした無機質なものだらけの世界へと変貌する。

 どうやら岩場エリアへとたどり着いたようだ。


「フィーリア、お前って氷の精霊なんだろ? 石化するのか? しないんならパパっとコカトリスを倒してきてくれないか」


「暑いからいやじゃ」


 楽して素材が手に入ればいいかと思い、氷精であるフィーリアに頼んだがすげなく断られてしまった。

 出発前は岩だらけの場所を見たいとはしゃいで自分からついてきたのに、気分が変わったらしい。

 仕方がない。

 なんとか自分で頑張ってみるしかないか。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【石化耐性】


 今のところコカトリスの姿は見えていないが、念のために石化耐性スキルを使っておく。

 周りの音などを最大限注意をはらいながら岩場へと近づいて行った。

 岩の大きさはさまざまだが、1〜2mほどの高さのものが何段か上に積み重なっている。

 近づいて手を触れて、少し押してみた。

 ほとんどは大丈夫だが、一部だけグラグラと不安定なものもあるようだ。

 あまりこの岩の上を通るのは良くないかもしれない。


 上には登らずに、岩のそばを通って外周沿いを少し歩く。

 するといくつか、登らずに通ることのできる道のようになっているところがある。

 あまり大きくはない道で、人が1人通れるだけの道幅だ。

 それが岩場の奥へとつながっている。


 これはもしかして、コカトリスが岩を食べてできた道なのかもしれないと思った。

 外周沿いではコカトリスの姿は見えない。

 ならば道を通って、奥へと進むしかないか。

 まるで、コカトリスによって作られた岩場の迷宮のようなところへと足を踏み入れることにした。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【探知】


 岩場の中へと入ってすぐに探知スキルを発動する。

 そしてすぐに石化耐性スキルへと戻した。

 半径100m以内にはそれらしい存在はいないらしい。

 もっと奥へと進んでいこう。


 石化耐性をペイントしている間は、戦闘系スキルを使うことができなくなってしまう。

 一応冒険者ギルドの訓練場でハイド教官のシゴキを受けていたが、それがコカトリスに通用するかどうか。

 仲間を呼ばれるのが一番困る。

 息をこらして、あたりの様子を伺いながら、時たま探知スキルを発動した。

 狙いは群れから外れて1匹だけ離れたところにいるやつだ。

 一度戦ってみて、一対一で通用するかどうかを確認してみよう。




 □  □  □  □




 見つけた。

 ようやく1匹で行動しているコカトリスを見つけることができた。

 思った以上に時間がかかってしまった。

 岩がいくつも積み上がっているため、見通しがわるい。

 さらに、おそらくここの道はコカトリスが食欲をもとに好き勝手に食べてできたのだろう。

 人間が作るように目的を持って作られたものではないため、道幅が広がったり狭くなったり、グネグネしていたり、どことも通じず行き止まりになっていたりと本当に迷路みたいになっているのだ。

 さらに、探知スキルで見つけていたコカトリスの気配から、あまり1匹だけが大きく離れたところにいるということがないというのがわかった。

 少なくとも鳴き声が聞こえるくらいの距離以上は離れないみたいだ。


 そんなかでようやくはぐれを見つけた。

 1匹だけでカツカツと壁となる岩をつついて食事をしている。

 白い体毛をして、頭の上にある鶏冠とさかは金色に見える。

 尻尾の部分の蛇は灰色だが、いまはだらんと垂れ下がっており、特に何かをしているという様子はない。


 ――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 種族:コカトリス

 Lv:23

 スキル:石化ブレス


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 遠目から鑑定眼のスキルを発動してステータスを読み取った。

 よかった。

 スキルを見る限り、石化ブレス以外は持っていないようだ。

 もし、尻尾の蛇が毒攻撃でもしてきたらどうしようかと思っていたがその心配はいらないか。


 Lvは23だ。

 高いようでもあり低いようでもある、そんな中途半端なLvだなと思ってしまった。

 いけるだろうか?

 岩の影に体を隠しながら考え込む。


 たしか、ゴブリンの上位種であるアーチャーやマジシャンといったモンスターはLvが10台だったはずだ。

 それよりは強いのだろう。

 ただ、あれは冒険者ではない狩人のエイダさんでも相手をすることができていた。

 多分、石化ブレスさえなければ冒険者のパーティーであればコカトリスを倒すことは難しくないのかもしれない。


 俺が一人でやるなら、やはり暗殺だろう。

 1匹でいるやつを見つけて、隠密で後ろから近づき、一気に首をはねる。

 これでいけるはずだ。


 だが、思った以上に1匹で行動する個体を見つけるのは大変だった。

 今後のことを考えるのであれば、やはり一度スキル無しでも戦っておいたほうがいいと判断した。

 音を立てないように鞘から刀を抜き取り、コカトリスに近づいていった。


 まだ、コカトリスは食事をしている。

 こちらは気づかれてはいない。

 だが、あと10歩の距離は姿を隠して移動することはできそうにもない。

 一度、深呼吸をしてから、一気に近づいて攻撃することにした。


 刀を前に構えて全力で走る。

 その足音で流石にコカトリスもこちらの存在に気がついたようだ。

 パッとこちらを振り返り、驚いた様子を見せる。

 しかし、やはりモンスターだ。

 とっさに対応してきた。


「コケーーーーーーーーー!!」


 大きな声で叫ぶと同時に、その体が真横に飛ぶ。

 そして、横に位置する岩壁を蹴り、まるでピンボールのように左右へと移動してこちらへ攻撃を仕掛けてきた。


 この動きは予想外だった。

 てっきり驚いて身をすくめたり、あるいはまっすぐ突っ込んできたり、石化ブレスを放ってきたりするのかと考えていたのだ。

 前に構えていた刀の下を潜り込むように移動したコカトリスが、跳躍の勢いを利用して俺に体当たりをしてくる。


 ゴフッという音が聞こえた。

 俺の口から空気が漏れ出た音だ。

 甲冑越しだが体当たりされた俺は吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。

 さらにコカトリスは攻撃を続けてくる。

 その岩すら砕く鋭いくちばしと、尻尾の蛇が同時攻撃を行ってきたのだ。


 とっさに、片腕だけで刀を横に振った。

 デタラメに振ったために俺の攻撃は当たらない。

 だが、それでも向こうの攻撃は止めることができたようだ。


「コケーーーーーーーーー!!」


 耳が痛くなるほどの大声でコカトリスは鳴きわめいている。

 くそ。

 思った以上に大きな鳴き声だ。

 安全マージンをとっておいたつもりだが、いつコカトリスの増援が来るかわからない。


 再び刀を振り、俺は大きく後方へと後ずさった。

 逃げよう。

 まだ、石化ブレスすら目にしていないにもかかわらず、俺は戦略的撤退を行うことに決めた。


 刀を握ったまま、一目散に走り出す。

 コカトリスはまだ鳴き叫びながら、こちらを追いかけてくる。

 だが、岩場を利用した跳躍とは違い、単純な走行スピードとしては早くないようだ。

 少し距離を取れた時点で探知スキルへと切り替えて、俺は岩場エリアから脱出するために走り続けた。


「情けないのう。前言撤回じゃ。手伝ってやろうか?」


 俺の体の中で涼んでいたフィーリアが声をかけてくる。

 ありがたい申し出ではあるが、俺のちっぽけなプライドが邪魔をする。


「これは戦略的撤退っていうんだよ。負けたわけじゃないから。大丈夫だから」


 そう言いながら、俺は岩場から抜け出て森の中に身を隠した。

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