約束
「リリーよ。クッキーを持ってきたのじゃ。一緒に食べるのじゃ」
「ありがとー、ならお茶入れるから座っててねー」
リリーの研究所である地下室へとやってきたら、いきなりお茶会が始まろうとしていた。
フィーリアはいつの間にクッキーなんて手に入れたんだろう。
商工ギルドで受付嬢からもらったんだろうか。
リリーはと言うと、ティーカップなどはないので、その辺のビーカーみたいなものでお茶を入れている。
1つのテーブルの上を強引に片付けて、2人でぺちゃくちゃとおしゃべりが始まってしまった。
「あ〜、そろそろ本題に入ってもいいかな。リリーに頼みたい事があるんだけど」
ようやく本題を切り出せたのは30分くらいたってからだ。
数回会わせただけでこの2人は非常に仲良しになっている。
というか、フィーリアは誰に対しても物怖じせずに突っ込んでいくタイプなので、「出会ったら友達」くらいの勢いなのだ。
多分ベガと最初に会ったときにも割と仲良くやってたんじゃないかと思う。
意思を封じられたのも、あまりにもなんにでも興味を持ってふらふらしたり、誰かと話したがるからかもしれない。
「えっ、ヤマトっちからお願いって珍しいね。よっし、このリリーさんに任せなさい! なんでもやっちゃうよー」
元気よく答えてくれるリリー。
あまり女の子が何でもやるというのはよろしくないのだが。
この子はおしゃれなんかは全く興味がないみたいだが、意外と可愛い顔をしているのだ。
天真爛漫でもあり男女関係なく人に好かれやすいタイプだと思う。
もう少し成長して、スタイルが良くなれば、すごい人気が出そうだな、などと考えてしまった。
「実は慢性全身硬化病の特効薬について調べていてな。キャラバンが砂漠に買い付けに行くのが大変だから、この辺で取れる素材で特効薬を作れないかと思って。商工ギルドには昔の研究資料もあるらしいから見たいんだけど、手伝ってもらえないかな」
「あー、石化病のことだよね。うん、お手伝いやっちゃうよ」
「おお、助かる。お礼に料理くらい作ってやるよ」
「ヤマトっちの手料理かー。楽しみだね。けど特効薬のことなら、別に資料見に行かなくても大丈夫だよ」
「ん? なんでなんだ?」
「商工ギルドに置いてある調合関係の資料は全部目を通して覚えてあるから。石化病の特効薬の資料も見たことあるんだよねー」
「まじで? すごいな。なら知ってること教えてくれないか。砂漠に出る岩蜥蜴の素材を使うってことしか知らなんだよ」
「そだね。岩蜥蜴の胆石を使うかな。後は砂漠に咲くサボテンの花から作る薬も使うんだけど、それはポーションの応用でできそうだって研究結果が出てたはずだよ」
「昔の研究って結局成功してないんだよな? 岩蜥蜴の胆石が絶対にないといけないのか?」
「成功はしてなかったはずだねー。ただ、岩蜥蜴の代用品の候補は見つかってるんだよ。魔の森にいるコカトリスの砂肝が使えるんじゃないかってあったかな」
「え? 代用品の候補があるの? なら誰かそれで試してみた人がいるんじゃないの?」
「えっとね、当時、コカトリスの砂肝で薬を作ったら、特効薬の劣化品ができたみたいなんだよ。砂漠で買ってきた薬が時間経ちすぎて効果が激減したのと同じくらいのやつが。劣化品は飲んでも治らないことがほとんどだけど、たまに効果のある人もいたって書いてあったかな。だから、配合とか素材の選択をもうちょっと変えれば可能性はなくもない、ってことになるかなー」
ほんとに効くんだろうか、その劣化品てのは。
プラシーボ効果とかなんとか言うやつがあったはずだけど、あれは異世界でもありそうなんだけど。
けど、もし成功するのなら、素材は魔の森からでも手に入る。
わざわざ片道1年もかけて砂漠まで買いに行く必要はなくなるから、値段は安くなるか。
「リリーは作ったりしてないのか。そのコカトリス素材の特効薬は」
「えー、やったことないよー。だってコカトリスの砂肝を取るってことは、コカトリスを倒さなくちゃいけないんだよ? 危険だからって誰も狩りに行かないんだから無理だよ」
「そんなに強いのか、コカトリスって。もしかして石化攻撃してくるとか?」
「うん、そだよ。岩蜥蜴は小さなモンスターで危険もないから手に入れやすいみたいなんだけど、コカトリスは石化ブレスを吐いてくるから、冒険者が嫌がるらしいんだ。全身カチコチの石になったら、戻す方法もないからねー」
石化ブレスとかあるのか。
俺のスキルは対応できるだろうか。
【石化耐性】というスキルがペイントできるのは知っている。
けど、無効化じゃなくて耐性だから完全に防げるわけでもないのかな。
それに石化耐性をペイントすると刀や弓もスキル無しで使うことになる。
俺の素の能力でコカトリスを倒せるのかどうかによるな。
「コカトリスの砂肝があればいいのか? 他に必要な素材はなんかある?」
「うーんとね。砂肝のほかはポーションを作るのと同じで行けるはず。とにかく、砂肝がないと実験もできないかなー」
「分かった。とにかく一度コカトリスを見つけてみようと思う。特効薬のことについては手に入ってから考えるか」
「コカトリスを相手するの? 大丈夫? コカトリスの住処は魔の森の中にある岩場だらけのところにあるって資料にはあったから、見つけるのは難しくはないと思う。その岩場の石を食べるから、そこからあんまり離れない習性があるはずだよ」
魔の森の中の岩場か。
今のところ、俺は見たことないな。
あとで冒険者ギルドに行って話でも聞いてみるか。
「よし、それなら明日にでも行ってみるよ。サンキューな」
「えへへ。どういたしましてー」
にへらと笑うリリー。
この顔だけ見ると子どもにしか見えないが、質問にはスラスラ答えてくれた。
やっぱり、ちゃんと勉強もしてるんだな。
スキルだよりの俺とはすごい違いだ。
頼もしい。
□ □ □ □
リリーに食事を作ってから食べさせたあと、冒険者ギルドへと行った。
なんだか今日はあちこち移動しまくりの日だ。
コカトリスがいるという魔の森の情報について、ハイド教官に聞いた後、俺はアイシャさんに会いに行くことにした。
アイシャさんは冒険者ギルドの寮に住んでいるらしい。
教えてもらった職員専用の女子寮へとやってきた。
職員全員が住んでいるわけでもないので、あまり大きな建物ではなく、少し大きめの家をルームシェアしているみたいな形の寮らしい。
女子寮というだけあって、勝手にアイシャさんの部屋の前まで行くことはできない。
元冒険者の女性が管理人をしているので、その人にアイシャさんを呼んでもらって、1階ロビーで話すことになった。
しばらく待つと、アイシャさんが1階へとやってきた。
寝ていたのだろうか。
いつもピシッとした服装をしているアイシャさんが、寝間着のようなものの上からカーディガンを羽織っている。
「すいません、アイシャさん。急に押しかけてきて。体調は大丈夫なんですか?」
「ありがとう。今はだいぶ落ち着いてきているわ。明日は仕事に出られると思うの」
軽く挨拶をしながら、見舞い品の果物を手渡した。
それを受け取るアイシャさんは、たしかにそこまで体調が悪いようには見えない。
「えっと、すいまんせん。実は今日来たのはアイシャさんの病気のことを聞いたからなんです」
「……そう。気にしなくてもいいのよ。私の方こそ言わなかったのだから。黙っていてごめんなさい」
「いえ、アイシャさんが悪いわけじゃないですよ」
やはり、他人から自分の病気のことを教えられるというのは嫌なのかもしれない。
少し、気まずい空気になってしまった。
なら、逆にあえて明るくなんでもないことのように話したほうがいいかもしれない。
「今日はアイシャさんに話があるんです。今、慢性全身硬化病の新しい特効薬を作る計画があるんです。俺も参加します。だから、薬ができたらアイシャさんに飲んでほしいと思っています」
実際にはコカトリスの砂肝が手に入ったら、俺の調合スキルで特効薬を作ってみるつもりだ。
多分、スキルで作ったものならば劣化品はできないと思う。
それを飲んでもらえば、少なくともアイシャさんは治るのではないか。
「うれしい話だけれど、私よりも薬が必要な人がいるんじゃないかしら。その人に使ってもらったほうがいいと思うけど……」
「いえ、最初に完成させる薬は俺がアイシャさんのために作るんです。だから、アイシャさんが飲まないと意味ありません。もらってくれませんか?」
「……ありがとう。なら、完成したらもらうわね。でも、なぜヤマトはそこまでしてくれるの?」
「え? そりゃアイシャさんは俺の恩人だから。俺が今ここで普通に生活できているのはアイシャさんのおかげなんですよ」
「ふふ、おおげさよ」
しばらく、そんなことはある、ないの応酬になった。
もっとも、さっきみたいな空気ではなく、お互い自然と明るい気分になっているように思う。
やっぱりアイシャさんと話していると落ち着くような気がする。
「ありがとう、ヤマト。お仕事を休んで部屋で寝ているとどうしても気持ちが沈んでしまっていたのよ。話していたら楽になってきたわ。薬が完成して病気が治ったらお礼するわね。なにかしてほしいことがあったら、なんでもいいから考えておいてね」
「ほんとに? お礼は何でもいいの? 絶対だよ。約束したからね。よし!! めっちゃやる気出てきたよ」
やばい。
アイシャさんの一言でモチベーションが爆上げした。
リリーと同じ内容でも全く意味合いが違う。
ぶっちゃけ、クエストの達成なんかどうでも良くなってきた。
アイシャさんの病気さえ治ればもうそれでいいんじゃないだろうか。
よし、さっそく明日からコカトリスに挑戦しに行こう。




