お風呂
盗賊討伐が終わってから早くも数日が経過した。
カルド遺跡で盗賊の始末がついたと判断された後は、一度宿場町に戻り、そこからリアナへと戻った。
行きは冒険者ギルドの馬車で来ることができたが、帰りは歩けと言われてしまったので、宿場町から3日もかけてようやく到着した次第である。
マールちゃんのいる宿に帰り、部屋に置きっぱなしにしていた荷物を見ると「帰ってきたんだな」という気持ちになる。
なんだかんだでここが居心地のいいすみかと感じているんだろう。
「なんじゃ、えらく狭い部屋に住んでいるのじゃな。妾の寝る場所がないではないか」
俺が部屋をみて感慨にふけっていると、無粋な一言を発してくるやつがいる。
氷精のフィーリアだ。
最初のうちは俺の身体のなかに潜り込んで、本人曰く「涼んでいる」らしかったが、今は普通に身体から飛び出して出歩いている。
「狭いは余計だ。そもそも1人で生活するだけならこれで十分だしな」
フィーリアは他の精霊たちとは違って、かなり長生きしているらしい。
それに喋り方もどこか古い言葉遣いだ。
それだけ見れば年上としてみなければいけないとも思うのだが、いかんせん見た目が幼すぎる。
良くて12歳、下手すると一桁年齢にも見えてしまう。
結局、俺は年下相手に喋るような感じに落ち着いてしまった。
まあ、本人も特に嫌がっていなさそうなので、これでいいだろう。
「今日はラムダ騎士隊長が風呂に連れて行ってくれる約束をした日だけど、フィーリアはどうする?」
「風呂というのは熱いのじゃろう? 妾は遠慮しよう。マールとも仲良くなったことだし、ここで待っておるよ」
宿に帰宅すると全身真っ白ではあるが芸術品のようなきれいな顔を持つフィーリアを連れた帰った俺を見てマールちゃんはプンプンと怒っていた。
さらに俺が今日風呂に行く予定だと聞いたあとは、それはもうすごい剣幕だった。
「お風呂に行くんですか? ええ、うそ。アイシャさんがいるのに……。ヤマトさん、不潔です!」
顔を真っ赤にして怒るマールちゃんの姿も可愛いが、なんぜ怒られているのかがよくわからなかった。
もしかして、そんなに身体が汚れていただろうか。
でも、アイシャさんのことは全く関係無いように思うのだが。
そう思っていると宿の前に一台の馬車が止まった。
冒険者ギルドの無骨な馬車や商人が使う大きめの馬車とも違う、丁寧に作られたということがわかる馬車だった。
角は滑らかに削られており、箱馬車の表面もささくれなどなく非常に綺麗で、その上から繊細な筆使いで紋章が書き込まれている。
貴族が使う馬車だった。
「ヤマト様、ハインラード家執事のガルムと申します。お迎えに上がりました」
見事な作りの馬車に驚いていると、中から1人の男性が降りてきて挨拶をしてくる。
ハインラード? と誰のことかわからなかったが、今日の予定と俺の知り合いから考えればラムダ騎士隊長のことで間違いないだろう。
こちらも挨拶を返して、馬車に乗り込む。
一体どんなお風呂に入れるのだろうと、馬車の豪華さからもワクワクが止まらなかった。
□ □ □ □
馬車に乗り込み、風呂にまで案内してもらった俺は、今、全身がガチガチになって緊張している。
原因は明白だ。
明らかに周りの雰囲気に飲まれているからだ。
馬車は一度も道を間違うことなく目的地に到着した。
リアナの街の北側エリア、その中でも一部だけ貴族街へとめり込むようにして、庶民と貴族の両方が訪れることができるエリアが存在する。
馬車はそこに来たのだ。
そして、その場所はいわゆる「夜の街」にして「歓楽街」だった。
この街にはいろんなものがあるが、街を治めている領主様によって規制されているものも当然ある。
その中に、「女」と「賭け事」があった。
現代の日本で生まれ育った俺でも知っているが、この2つは放置していると反社会的勢力が勢力を伸ばしやすい。
そのため、リアナではわざわざ壁で区切るようにして、それ専門の特区としている。
俺がいるのはその特区エリアの中でも一番豪華な作りをした娼館だった。
「あの、隊長。お礼は風呂がいいって言ったんですけど。なんで、こんなところに連れてくるんですか。ここ娼館ですよね」
「はあ? なにを言ってるんだ。風呂といえば娼館に決まっているだろうが。お前もそのつもりで風呂を希望したんだろう?」
ええ?
なんで風呂に入りたいって言ったらそうなるんだ?
いや、そういえば日本でもソープとかいうところがあったけどさ。
普通そうは受け取らないだろう。
「ち、違いますよ。そんなつもりじゃ。俺はただ、お湯の入った湯船に浸かりたいなと思っただけで……」
「だからそれが風呂だろう。湯船にお湯をはるようなところは貴族の館か高級娼館くらいだ。貴族でないものが風呂に入りたいっていうのは、つまりは高級娼館に行きたいって意味になる。小僧、本当に知らなかったのか?」
知るわけがない。
俺の国ではそんな文化ではなかった。
とてもそんなことを言えないけど。
てか、風呂に入って終わりってことは流石にないよな。
やっぱり、風呂以外の目的を俺はおねだりしたと思われていることになるんだろう。
「なんだ、もしかしてお前経験がないのか。よし、それならなおさらここで経験していけ。俺がいい女をあてがってやろう」
ラムダ騎士隊長は面白そうに笑っている。
そして、その肉体から発する力の入った腕で有無を言わさず俺を娼館へと押し込んでいった。
□ □ □ □
高級娼館「月光館」。
これが今回俺がラムダ騎士隊長につれてこられたお風呂と言う名の娼館だ。
特区エリアの中でも一番敷居の高い店らしい。
リアナの街の建物はそのほとんどがレンガなのに対して、月光館は木造建てだった。
入口を潜るとフワッと木の香りがする。
それだけでも全く別の場所に来てしまったような感じになる。
入口の先には休憩室と呼ばれる部屋があった。
その奥にはラウンジという飲食スペースがある。
通い慣れた常連のお客は予約を入れておいたお気に入りの女性と軽く話したり、食事を取ってから部屋へと行くらしい。
最高級の娼館というだけあり、客層のほとんどは金のある貴族や大商人だという。
この店には冒険者はなかなか来ることができないが、好きな人間は金をためてまでやってくるという人もいるらしい。
と、そんな風に休憩室のソファーに座りながらラムダ騎士隊長の説明を聞いているが、あんまり頭には入ってこなかった。
ラムダ騎士隊長にあっさりとバレてしまったが俺はそういうことの経験がない。
と言うか、高校時代もずっと片思いを続けていたので、女性との交際経験すらないのだ。
それがいきなりこんなところに連れてこられたら、頭の中がパニックになってしまってもしょうがないと思う。
娼館内では高級娼婦と呼ばれる女性たちは各自自由に動いている。
ラムダ騎士隊長が気を利かせてすでに店に来る予約はしているが、誰を選ぶかはその場で決めてよいことになっているらしい。
今日来ているのは、先日の盗賊討伐に参加した騎士隊の人たちで、驚くことに一晩娼館ごと貸し切りにしてしまったそうだ。
ラムダ騎士隊長や数名の常連騎士たちはお気に入りの嬢がいるから、それ以外から選ぶように言われた。
俺がトップバッターで好きな人を選んでいいようだ。
だが、困る。
すごい困る。
俺も性欲がないわけじゃないし、こういうところに来たのが悪いことだとは思わない。
むしろ嬉しいと思う気持ちはある。
しかしだ。
高級娼婦と呼ばれる人たちのレベルが高すぎるのだ。
ステータスのLvではなく、女性の魅力が高いということだ。
高級娼館とは、たんにキレイな女性を集めただけではない。
容姿やスタイルが良いのはもちろん当たり前だが、教養などもすごくあるのだ。
たとえどのような位の高い貴族が来ても十分なもてなしができるように礼儀がしっかりしており、さらにそのような人たちとも楽しく会話できる政治・学問・芸術などをしっかり学んでいる。
それに加えて夜のお仕事をするだけあり、動きのすべてが色っぽい。
ただし、下品ではなく品があり、貴族令嬢と言われてもおかしくないのだ。
そんな人達ばかりがいて、そこから選ぶというのは俺には難しかった。
俺が戸惑っている間にもラムダ騎士隊長は色々と教えてくれる。
特区エリアで働く女性たちは領主公認のランク付けがあるのだという。
ランクに入れなかったり新人さんは「月無し」
1年間で一定以上の売上のある人は「三日月」
売上を数年に渡って維持できるものは「下弦の月」
さらに、他領の貴族などをもてなしても全く問題がないという人は「上弦の月」
そして、たとえ王族クラスを迎えても文句のつけようがないレベルになると「満月」
本当はもっと色々と細かい規定があるようだが、大雑把にこんな感じでランク付けされているらしい。
これは店ごとではなく、嬢に対してつけられるランクであり、三日月以上の嬢のことを「月姫」などと呼んだりもするそうだ。
月姫が多い娼館ほど特区エリア内でも高く見られる。
なので、各娼館は働く女性たちを大切に扱い、長い目で見て教えているため、少なくとも特区内で見る限りひどい扱いをされている人はいないという。
まあ、ぶっちゃけそのへんの説明はどうでもよかった。
俺の心臓は爆発しそうなほどドキドキしている。
日本にいるときには間違ってもこういうところには来なかっただろう。
来る機会もなかったかもしれない。
場違い感がすごくて、どうしようと思っているところで1人の女性が歩いてきた。
身長はおそらく160cmあるかないかくらいだ。
スラリとした手足でスタイルが良い。
胸は小ぶりだが、腰から足にかけての曲線が艶めかしい。
着ているドレスがその曲線を強調するかのような作りになっていて、自然と目が吸い寄せられるが、やはり下品に見えるようなことはない。
それになにより、俺の目を引いたのは髪の毛だった。
腰のあたりまでスッと流れるように伸びている髪。
その髪は夜空を思わせるような黒色をしていた。
綺麗だ。
あんなにきれいな人は見たことがないと思う。
だが、不思議と日本を思い出していた。
ずっと片思いだった高校の生徒会長の面影があるのだ。
「おっ、なんだ、ルナが気にいったのか。よし、ならお前はあいつで決まりだな」
「ルナ?」
「ああ、あの黒髪の嬢だろう。名はルナマリアだ。ルナなら経験のないお前でもうまくリードしてくれるだろう。支配人、こいつの相手はルナにしてやってくれ」
ラムダ騎士隊長がすでに俺の相手を決めてしまっていた。
が、そんなことはどうでもよかった。
俺はルナマリアと呼ばれる女性に見とれてしまっていたからだ。
心臓が痛いほどドキドキしていた。




