騎士隊長の眼
俺は貴族として生を受けた。
ラムダ・フォン・ハインラードと名付けられ、ハインラード家の一員として育てられた。
成長するに連れて、俺の体は誰よりも大きく力強くなっていった。
力比べでは俺に叶うものは誰もいなかった。
戦闘センスも良かったのだろうと思う。
訓練すれば誰よりも剣術や槍術、盾術、馬術などあっという間に一番になっていった。
だからだろうか。
自然と騎士になると決めた。
貴族の務めは領地を守ることだ。
ハインラード家ではリアナ領の幾つかの村を所領していた。
モンスターや盗賊などから領地を守り、育てる。
だが、俺にとってそれは狭すぎると考えたのだ。
領都であるリアナで騎士隊に入ればもっと俺の力を活用できる。
幸い頭の切れる弟がいたので家督を譲り、騎士として身を立てることにした。
騎士隊に入隊してもすぐに一番になる。
そう思っていた。
しかし、実際にはそうは簡単ではなかった。
誰も彼もが一癖あるが、全員が上を見ていた。
指揮の上手い上司、作戦がバッチリ決まる参謀、とっさの判断が的確な同僚、さらに剣や槍、弓や盾などそれぞれに秀でた連中ばかりだった。
殆どの連中は何か一つでも一番になることを目指して訓練をしていた。
そして、その絶対に人には負けないものを使って騎士として働きをあげるのだ。
だが、俺は全部が一番になりたかった。
だから、ひたすら鍛えた。
指揮も作戦も判断力も武器の使い方もそのすべてをまわりから吸収していった。
そうして、気がついたときには騎士隊の隊長にまで上がっていた。
隊長になってからは書類仕事が増えてしまったのはつらい。
実戦に出るほうがよっぽど楽なくらいだ。
だが、ようやく隊長としての仕事が身についてきた頃にその悲劇が起こった。
クルセストの悲劇。
ベガ盗賊団によって近年まれに見る被害が引き起こされた。
人口数千人のクルセストに襲撃を仕掛けたベガ盗賊団は、住民を殺しまわり略奪の限りを尽くした。
奪い、犯し、殺す。そして、その後、クルセストに火をつけて逃げていった。
クルセストは上質な木材の取れる街で、街の建物も木材で作られたものが多いかった。
襲撃を受ける前の数ヶ月間、雨が極端に降らなかったのが災いした。
ベガ盗賊団によってつけられた火は瞬く間に燃え広がり、街のほとんどを焼き尽くしてしまった。
タイミングが悪かった。
運がなかった。
誰も彼もにそう言われた。
俺に1人だけいた妹がその日、クルセストにいたのだ。
以前から婚約関係にあった家に嫁ぎに行き、その途中で宿を取った街の1つにクルセストがあった。
たったそれだけ。
1日でもずれていたら、被害にあわなかっただろう。
だが、ちょうどその日、その場所に居合わせてしまった。
妹が盗賊に攫われた。
それを知った俺は即座に奴らを探した。
やっとの思いでアジトを探し出し、踏み込んでいったが、一足遅かった。
妹は無残な姿で発見された。
その日以降、俺はひたすら盗賊討伐を繰り返した。
あの日取り逃したベガだけではなく、すべての盗賊という盗賊を根絶やしにするように盗賊討伐を繰り返した。
だが、ベガには届かなかった。
いろいろな場所に出現するベガだが、どこでも最後には逃げおおせてしまう。
召喚だ。
やつが得意とする召喚術が非常に強力であと一歩のところまで追い詰めても逃げられてしまう。
だが、ベガだけはなんとしてでも落とし前をつけさせてもらう。
他領での情報も逐一集めさせて対策の研究を続けた。
リーンからリアナへ移動中のキャラバンが盗賊による襲撃を受けたという報告がきた。
最近は盗賊の数はめっきりと減り、最も安全に商売ができるとまで言われてきていたが、やはり盗賊どもはわいてくる。
しかし、襲撃の被害規模が大きい。
冒険者ギルドの連中も奪われた宝石目当てで集まってくるだろう。
数だけが増えても厄介だな。
ハイドが冒険者をまとめるように話をつけておくか。
襲撃のあった場所から一番近い宿場町を拠点とした。
部下に集めさせた情報から判断するに、南東方面に逃げたようだ。
あちらはカルドがスタンピードでなくなってから、空白地帯となってしまっている。
盗賊が隠れやすい場所だ。
漏れがないようにすべてを調べるようにしておくか。
会議室で今後の行動について確認を行っていると、ハイドが来た。
「入れ」と言うと扉が開きハイドが入ってくる。
ん?
珍しいな。書記以外にも冒険者を連れてきているのか。
ハイドとともにやってきたのは若い冒険者だった。
筋肉の付き方もまだまだだし、顔に怖さがない。
それに肌も一切日焼けしておらず、すべての装備が新品同様だ。
だが、一瞬で場の空気を掴んできた。
ハイドや書記の行った簡易礼とは違い、正式な敬礼を行ったのだ。
特に腕と足の角度が恐ろしく正確だ。
この若者はどこかの貴族なのか?
それも俺の実家のような小さい家ではなく、歴史ある家の出と言われても不思議ではない。
だが、横にいたハイドも驚いている。
ハイドもこいつの出自について知らない可能性もあるのか。
そいつは会議では特に話に加わってこなかった。
冒険者などをやっている連中は特に自分をアピールしようとして話の腰を折ることも多い。
その面で言えばやりやすいやつだと言える。
だが、この小僧の目が気になった。
会議室にいる騎士全員をじっと見つめている。
その人物の奥底を見透かすような深い瞳でじっと見てくるのだ。
人間だけではない。
それぞれの騎士が持つ武器や防具、とくに普通の品ではないモノに対して興味があるようだった。
その場のすべてのものをみて、小さく頷いていた。
まるですべてを見通したような目をしていた。
アジトの捜索は特に問題なく進んだ。
厄介なところに立て籠もっているらしい。
カルド遺跡は建築物が残っている物が多く、攻めるのに苦労するだろう。
冒険者だけではなく、騎士隊からも被害が出るかもしれん。
だが、このまま盗賊を放置するわけにはいかない。
必ず討伐を成功させる。
カルド遺跡につくと報告を受けた。
トリックモンキーだと?
カルドの周辺にはいないはずのモンスターがおり、罠を仕掛けている。
このタイミングではあまりにも都合が良すぎる。
そう思ったとき、ハイドが告げた。
ベガがいる可能性があると。
一瞬、自分では抑えきれない殺気が漏れてしまった。
ベガがいる。
あちこちを転々としていたベガがようやく手の届くところにやってきた。
必ず仕留める。
しかし、ベガのことは騎士隊でも情報はなかったはずだ。
ベガがいる、そういったハイドが一瞬だけ横に視線を送っていた。
前もいた若い冒険者が横にいる。
こいつが情報源なのか?
罠の仕掛けられたカルド遺跡には翌日の早朝から突入することに決めた。
すぐに行ってもよかったかもしれんが、ベガがいるならより入念な準備がいる。
やつは召喚が使える。
それも強力なモンスターや空を飛ぶモンスターを出すことさえできる。
クロスボウが必要だな。
討伐についてきていた商隊からもあるだけのクロスボウを出すように命令した。
翌朝、日が昇ってすぐにカルド遺跡への突入を開始した。
騎士隊は2つの門からの逃走を防ぐように配置し、冒険者も全周に位置取りさせるようにした。
これで盗賊たちは袋のネズミだ。
ベガがいるなら飛行モンスターで逃げるしかないだろう。
そこをクロスボウで斉射して撃ち落とす。
騎士だけではなく従者すべてにもクロスボウを用意できている。
冒険者たちが突入し、罠を解除しながら進んでいく。
だが、そんなものよりもすごい光景が目に入る。
あの小僧、どんな弓の腕をしているんだ。
小柄で動きの早いトリックモンキーを一度も外さずに次々と矢で居抜き続けている。
やつが会議室に来たときには腰に刀と呼ばれる剣を吊るしていた。
だが、本当は弓の達人だったのか。
ハイドがわざわざ騎士たちの前に連れてきたのも実力があってのことだったか。
小僧は動き回って、ついにはトリックモンキーを全滅させていた。
そして、どんどん中央にある元領主館へと向かっていったようだ。
そろそろ、反対側の門に待機させている騎士と合わせて我々も突入するか。
そう考えていたとき、カルド遺跡に火柱が出現した。
状況を確認するために斥候を放つ。
だが斥候からの報告に誰もが耳を疑った。
双頭の怪物、オルトロスの出現。
2種類の魔法を使い、恐るべき素早さで強力な攻撃を仕掛けてくるモンスター。
騎士隊でまとめてぶつかっても相当の被害が出るに違いない。
くそ。
ベガを確実に打ち取るためにも体力を温存しておきたかったが、俺自身が戦ったほうが良いかもしれん。
騎士隊に号令をかけ、カルド遺跡へと突入した。
斥候からの報告ではオルトロスは緑の鎧を着た弓使いの冒険者を狙っていたらしい。
あの小僧だろうか。
いくら凄腕の弓使いであっても、素早いオルトロスに単独で挑むのは相性が悪すぎる。
だが、思ったよりも罠が残っていて騎士隊の進みが遅い。
オルトロスによる火柱や瓦礫の破壊音を頼りに追いかけていたが、随分と時間がかかってしまった。
もう15分くらい経過しているのではないのか?
ようやく追いつくと1人と1匹の怪物がいた。
少し開けた広場跡にて対峙しているところで、オルトロスが動いた。
俺でもギリギリ目で追えるかどうかというほどの、恐るべき速さだった。
だが、小僧はその先をいった。
瞬時に体を動かし顔を切り裂き、尻尾を中途で切り落としたのだ。
騎士たちもが見とれるなか檄を飛ばす。
オルトロス相手にこれほどのチャンスはない。
すでに番えていたクロスボウを一斉に発射させて攻撃を行った。
決着はすぐについた。
当然だ。
4つあるはずの目はすでに2つ見えなくなっており、素早いオルトロス相手にクロスボウを当てるチャンスまであったのだから。
その立役者は馬鹿みたいに真面目くさって「やっぱり騎士は強いんだな〜」などとつぶやいていたが。
オルトロスを倒してしばらくすると死体が消えた。
やはり、これは召喚されて現れたのだろう。
間違いなくベガの仕業だ。
ほかにオルトロスを召喚できるものなどいないだろう。
奴はここにいる。
館へと突入しようとした時、もう1匹、オルトロスが現れた。
あんな化物をまた出すことができるのか。
驚かされたが、一度目にしている以上冷静に対応できる。
万が一ベガに飛行で逃げられないように外に多めに人数を残して、少人数で館へと入ることにした。
小僧も役立ちそうだ。
こいつも連れて行こう。
館の探索は順調に進んだ。
すぐにベガの姿が発見されたが、思わず歯を噛みしめる。
地下階の惨状は妹を思い出させた。
だが、俺は騎士隊長だ。
冷静にならなければならない。
ベガの追跡を優先した。
やられた。
地下からさらに下を通って外に出る気か。
地下通路の存在などもチェックしていたが何もなかったので、地下から逃げる可能性を見逃していた。
まさかワームで穴を掘るとは。
念のため、挟撃されないよう2人を残してベガを追った。
少し迷ったが小僧も連れて行こう。
女性の姿を見て若干顔を青くしている。
ここに残すよりはいいだろう。
長く暗いトンネルをようやく抜けて外に出た。
十分注意していたはずだった。
だが、ずっと暗い中にいたために、急に明るいところへ出た目が光に慣れるのに、少しだけ時間がかかってしまった。
そのスキをベガにつかれた。
強烈な衝撃によって吹き飛ばされる。
気がつけば俺の身体には異物が突き刺さっていた。
これは氷か?
氷を扱える魔法を使えるものがいるのか。
だが、そんなことはすぐに頭の中から消えた。
男の声がしたからだ。
声のした方向を見ると、カッと頭が熱くなった。
ベガだ。
ようやく見つけた。
俺は叫んだ。
こいつだけは許さない。
必ずこの場で仕留める。
だが、それよりも早く冷静に対応しているものがいた。
あの小僧だ。
恐ろしく強力な土魔法を放ったのだ。
俺の後方から一瞬で飛び越していった巨大な岩がベガの手前で炸裂した。
攻撃が防がれたのだ。
ずっとベガを見ていた俺はそこでようやく他の存在に気がついた。
全身が真っ白な子どもがいる。
人間ではない。
あれは精霊だ。それも人の形をしている。間違いなく高位精霊だ。
高位精霊が氷の壁を作り出して土魔法を防いだのだ。
精霊とは自然の代弁者であり、高位精霊ともなれば自然そのものとも言える。
勝つか負けるかという問題ではない。
なぜ、こんなところに?
カッと熱くなっていた頭が冷静になっていた。
土魔法による攻撃の失敗だが、小僧はそれすらも読んでいたようだ。
すでに次の攻撃へと移っている。
恐ろしく速い攻撃を繰り出した。
弓の名手かと思っていたら、剣の攻撃も早く鋭い。
だが、そんな攻撃も高位精霊によって防がれた。
そのタイミングで俺も動いた。
小僧の背後、ベガや高位精霊から死角となるように移動して剣による一撃を叩き込んだ。
入った。
確かな手応えを感じた。
だが、まだベガは倒れていない。
このまま逃がせば、傷を治してまた動き出すことになってしまう。
なんとしても逃してはならない。
「小僧、その白いのを抑えろ」
俺は小僧にそう告げて、ベガへ攻撃を行った。
あまりにも残酷な一言だろう。
高位精霊を殺すことなどできない。
それに存在そのものが超常だ。
僅かな時間すら稼ぐことが難しいに違いない。
なればこそ、一刻も早くベガを倒す。
剣による応酬。盾による防御。
ベガはもともと没落したとは言え貴族出身だ。
幼少時から戦闘訓練を受け、その才能は凄まじいものがあると評判だった。
ちょうど俺と近い年齢だっただけによく聞いていた。
だが、その力を自分の快楽のためだけに使うことに溺れてしまった。
とは言え、やつの動きから見るに怠けて生活していたわけでもないようだ。
俺の剣を巧みに盾で受け流し、剣を突き出してくる。
一進一退の攻防が続いていた。
だが、部下の2人の身体が動く。
起きて加勢しようとしている。
それを見たベガが焦った。
高位精霊に早く来いと怒鳴りつけている。
だが、高位精霊は来ない。
驚くべきことに小僧が高位精霊を真っ二つに叩き切っていたからだ。
それを見たベガが焦って攻勢に出ようとする。
だが、俺は焦らない。
部下が動いた。
3対1だ。
卑怯とは言わせない。
3人で確実に削り、倒しきった。
こちらがベガを倒したときには、小僧は復活した高位精霊を再び切り刻み、燃やそうとしていた。
こっちが3人で戦っていたことに若干ふてくされているが、問題ないだろう。
高位精霊を相手にして頬に傷一つだけの人間に加勢が必要だとも思わん。
ようやく、ベガを打ち取ることができた。
だが、思ったほどの気持ちの高ぶりがやってこなかった。
もっと、やりきったという思いが湧き出てくるものだと思っていたのだが。
それもこれもこの小僧が悪い。
なぜ、ついさっきまで殺し合っていた相手、しかも高位精霊と仲良く話をしているんだ?
こいつの思考回路がどうなっているのか、頭の中を見てみたくなった。
不思議なやつだ。
初めてみた会議室ではもっと礼儀正しく、貴族のようだとすら思ったが、今は話してみるとバカな子どもにも思える。
傷を負った部下は地上から早めに帰還するように命令した。
俺は小僧と2人で地下からゆっくりと戻ることにした。
話をしてみたくなったからだ。
恐ろしいほどの剣や弓の腕を持ち、オルトロスや高位精霊を相手にすることができる男。
しかし、話をすればするほど「なにも知らない子ども」という印象を受けた。
ベガが精霊契約を行った話を思い出した。
死ぬ直前だったベガは精霊との契約により強大な力を得た。
だが、その力の使い方を間違った。
自分だけのために、自分の楽しみのために、誰の迷惑も考えずに力を使ったのがベガだ。
この小僧も同じなのではないか?
今のところ、その力を使って何かをしようという意思は感じられない。
だが、世の中は善人だけではないのだ。
一歩間違えば、この小僧がベガのようになるかもしれない。
だから俺は騎士隊へ入らないかと誘った。
こいつはまだ若い。
力をどのように使うべきか教えることができれば、間違った道には進まないだろう。
しかし、断られてしまった。
だが、反応自体は悪くなさそうだ。
騎士隊に誘った俺の言葉に嬉しそうにしている。
それでも断るというのは何かしら理由があるのだろう。
まあいい。
もし、こいつが間違った道に入ったとしたら俺が落とし前をつけに行ってやろう。
それにしても、お礼にほしいものを聞いたら風呂と答えるか。
おとなしそうな子どものようなくせに、やはり男なんだな。
盗賊討伐編終了。
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