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討伐完了

 思わず体がビクッとなってしまった。

 クエストが発生すると急に頭のなかに電子音が鳴り響くのだが、今でも慣れることがない。

 目の前にいるフィーリアやラムダ騎士隊長もどうしたのかという目をこちらに向けている。

 ちょっと気まずく感じたので、慌てて話をすることにした。


「あー、フィーリアさんだっけ? 雪の街につれていくってのはどういうこと? というか、ベガとの精霊契約ってどうなったの?」


「フィーリアと呼び捨てにしてよいぞ。精霊契約についてはすでに消滅しておるから問題なかろう。雪の街フィランに行くのは妾の体のためじゃな」


 聞いたことに対して素直に答えてくれているフィーリア。

 特に何かを企んでいるような雰囲気は微塵も感じない。

 が、それより先に確認しておかないと。


「隊長。フィーリアはこう言ってますが、ベガと契約していた精霊というのはどう扱うものなんでしょう。本人は行きたいところがあるとか言ってますけど」


「ううむ。精霊とは本来自然界に存在するもので自由気ままなものだと言う話だ。我々人間がどうこうすることは基本的にはない。だが、ベガのことがあるからな。色々と聞かねばならんこともある」


 すぐに無罪放免というわけにはならないけど、特に罰することもないということなんだろうか?

 自由意志を封じられてたみたいだけど、10年以上悪事の片棒を担いできたのはいいのかな。


「ふっふっふ。いくらでも聞くが良い。妾のように長い年月を生きてきた精霊でなければ人語を話すことは叶わぬからな」


「えっ? 普通は精霊ってしゃべらないのか」


「当然だ。殆どの精霊は自然界にただよう光みたいな外見をしているからな。話すことができるものなどそうお目にかかれるものではない」


 俺が驚いていると、ラムダ騎士隊長が教えてくれた。

 なるほど、ようするに蛍の光みたいにでも光っているやつが精霊だとしたら、人間社会の罰を当てはめるかどうかの議論にはならないかもしれない。


「それなら、なんで言葉を話せる精霊さんが盗賊に手を貸していたんだ?」


「妾たち精霊は生まれた場所で一生を過ごすことが多い。だが、人の言葉がわかる妾は自分の生まれたあたり一面が真っ白の雪山に飽きてしまっておってな。そんなときにあの男が山に入ってきて洞窟で震えて死にかけておったのだ。人間と精霊契約を行えば、その人間と一緒に色んな所へ行くことができる。だから、妾から契約を結ばぬかと声をかけたのじゃ」


「その雪山にいたのがベガだったのか」


「そうじゃ。あやつは精霊との相性がよかった。契約をした後はもともと持っていた召喚術の効果も高まったようじゃ。だが、途中で揉めてのう。不覚にもそのときに妾の意思を封じられてしまったのじゃよ」


 ベガの召喚が普通じゃないと言われていたのは、やはり精霊契約が原因だったのか。

 力を手に入れて盗賊として無類の強さを発揮していたのだろう。

 あそこまで力があるのなら、他の生き方があったはずなのになぜ盗賊を続けていたんだろうか。


「その辺の事情は後でもう少し詳しく聞かせてもらおう。フィーリア嬢よ、雪の街フィランに行きたいというのは生まれ故郷に帰りたいということでよいのか?」


 俺が考え込んでいると、ラムダ騎士隊長がフィーリアにたずねていた。

 そうか、どっか行きたいとかいう話もあったんだな。


「生まれ故郷はフィランよりもさらに北にある雪山がそうじゃ。フィランに行くのは帰りたいからというのとは少し違う。あそこには女神像があるのじゃ」


「女神像? 精霊にとって特別なものだとか?」


「フィランにある女神像は人間が作ったものじゃよ。大きな氷でできておるのだ」


 氷の彫刻みたいなものなんだろうか。

 この世界の交通網がもっと発達すれば観光地として盛り上がりそうだな。


「で、結局その氷の像がどうかしたのか?」


「ふふ、聞いて驚くのじゃ。その女神像は作られてから数百年たつ今でも夏でも溶けることなく、ずっとそこにあるのだ。妾は精霊契約してから何年も雪のないところにいたから力がなくなってしまっておる。じゃから、女神像の氷の精気をもらって、力を取り戻したいのじゃ」


 そういえば弱体化していたんだな。

 Lvの高さの割には思ったほどフィーリアは強くなかったように思う。

 今が夏だからというよりは、何年も雪山に帰らなくて本来の力が出せなかったのか。


「どうしましょうか、隊長。こんなこと言ってますが」


「精霊契約というのは誰でもできるわけではないと聞いたことがあるが、それは間違いないのかな?」


「うむ。間違いないの。妾も契約できるものが現れるとは思ってもおらなんだ。だからこそ、当時はその契約に飛びついてしまったのじゃ」


「よし、この件は一応領主様に報告しておこう。雪山に戻って静かに暮すというのなら、そうは問題にはならないと思うがな」


「ありがとうなのじゃ。それじゃあ、ヤマトよ、フィラン行きよろしく頼むのじゃ」


「は? ちょっと待て。俺はまだ了承してないぞ」


 なんの返事もしていないのに、勝手に話をまとめられてしまった。

 そして、俺によろしく頼むと言い残したフィーリアは、俺に対して体当たりをしてきた。

 驚いたが衝撃はこなかった。

 なぜなら、フィーリアの体が俺の体の中に入り込んでしまったからだ。


 (暑いのは苦手じゃ。お主の中で涼ませてもらうぞ)


 びっくりしていると、頭のなかにフィーリアの声が聞こえてきた。




 □  □  □  □




 今は再びトンネルの中を通って移動している。

 トンネルの中にいるのは俺とラムダ騎士隊長だ。

 クルドとパーズという他の2人の騎士たちは地上からカルド遺跡へ向かうことにした。

 俺達はトンネルが他の場所に抜け道となっていないか、上の2人は盗賊の残党がいないかどうかを確認しながら戻ることになっている。


「そういえば、なぜベガはカルド遺跡に立て籠もったあと1人で逃げ出したんでしょうか。せめて、他の仲間も連れていくのが普通じゃないですか?何か狙いがあったんですかね」


「どうだろうな。だが、過去にもベガは単独で逃げることがあったはずだ。今回のように地下を通ったと言うのは聞いたことがなかったが、確か飛行モンスターに乗って逃げたことがある」


「ああ、それなら簡単に逃げられそうですね」


「ベガがいるかもしれないとハイドに聞いたあとはその可能性を考えて騎士隊にクロスボウを持たせたのだがな。まさか地下から逃げるとは思っていなかった」


 なるほど、それで騎士も従者もみんなクロスボウを持っていたのか。

 まあ、逃走手段の予想は外れたかも知れないが、俺にとってはオルトロスから救ってくれたいい判断だったと思う。


「それよりも小僧、いや、ヤマトという名だったな。ヤマト、我が騎士隊に入れ。お前なら十分やっていけるぞ」


 急に勧誘されてしまった。

 カリスマ性のあるナイスミドルの騎士に入隊を誘われると言うのは思いの外嬉しいものだと思ってしまう。

 この人、モテそうだな。

 思わずうなずきそうになってしまう。

 だが、それはできない。


「すいません。ありがたいお誘いですが、お断りさせて頂きます」


「なぜだ? 平民が騎士になることは少ないとはいえある。お前の実力なら鍛えれば騎士に届くぞ」


「いえ、フィーリアのことを抜きにしても、いずれ旅立とうと思っていたんです。騎士になることはできません」


「そうか、残念だな。まあ、お前はまだ若い。その気になったときにはいつでも来い」


「ありがとうございます」


「だが、それとは別に礼もせねばならんな。我が宿願であったベガ討伐にはお前の力が役立った。何か欲しいものはないか?」


 うーん、欲しいものか。

 急に言われても困るな。

 お金やモノをもらうのもいいが、日本に戻るとなくなってしまう。

 そう考えると貴族でもあるラムダ騎士隊長に要求してまでほしいものというのはあまりない。

 美味しい食事とかのほうがいいだろうか。

 いや、貴族に頼むのなら食事よりもあっちのほうが良いか。


「それなら、お礼としていただくものかはわかりませんが、お風呂がいいです」


 風呂。

 現代日本人の俺にとってここ最近ゆっくりと湯船に浸かることができていないことにストレスを感じていたのだ。

 リアナの街には公衆浴場もある。

 だが、それは湯船にお湯をためて入る風呂ではなく、サウナで汗を流してこするタイプの風呂だったのだ。

 大きめのたらいみたいなものに水を汲んで魔法でお湯にして入ったこともあったが、じっくりお湯に浸かりたい俺はそれでは満足できなかった。

 貴族なら湯船のお風呂があるに違いない。

 とっさだったが、我ながらいい考えだと思う。


「風呂か。あっはっは。良かろう。今度、迎えをよこすから良いところを案内させよう」


 ありがたいことにラムダ騎士隊長はこの案を快く了承してくれた。

 今から楽しみで仕方がない。

 できれば、何度か入りにいけるように取り計らってもらおうかな。




 □  □  □  □




 トンネルには他に抜け道などはなかった。

 ベガを追いかけるときに入った入口、つまり領主館の地下へと戻ってきた。

 ラムダ騎士隊長はすぐに騎士隊をまとめて、盗賊団の殲滅に乗り出した。


 領主館の外で2匹めのオルトロスと戦っていた騎士たちは怪我をしているものはいたものの無事だった。

 オルトロスは倒したわけではなかったようだが、戦っている最中に急に消えてしまったという。

 おそらく、ベガが死ぬと召喚モンスターであるオルトロスはその場に留まることができなかったのだろう。


 騎士隊でまだ動けるものをすべて集めたラムダ騎士隊長が領主館を虱潰しに調べ上げて、盗賊たちを倒して回っていた。

 冒険者たちもその間を縫うように移動して盗賊を倒しつつ、お宝を探し回っていたようだ。

 俺の方はというと疲れてしまっていて、わざわざ探し回る気がしなかった。

 地下室にいた女性たちをカルド遺跡の外にある拠点でハイド教官に保護してもらうことにして、テントで寝ることにした。



 ――クエスト「ベガ盗賊団の討伐」を達成しました



 再び頭のなかに電子音がなり、クエストが終了したことを知らせる。

 その音を聞きながら深い眠りへと落ちていった。

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