アイススピリット
うそだろ……。
そんなあっさりと元の体に戻るとかありかよ。
そう思ってしまうのは仕方がないだろう。
ただでさえLvの高い相手にはスキルのアーツを使用してしか対抗すらできないことが多いというのに、復活するとか。
もっとLvがあれば、体力があれば、そう考えてしまう。
だが、全くの無意味というわけではなかった。
そう考えよう。
実際、あたりを急激に冷やしていた冷気はなくなっている。
ベガが「結界」とか言っていたような気もする。
あの冷気はこちらの動きを封じる効果でもあったのかもしれない。
それに氷精のステータスには気になる表示があった。
「状態:弱体」と書かれていたはずだ。
今が夏だから弱体化しているのか他に原因があるのかしれないが、何にせよ力が弱まっているに違いない。
精霊は不死身の超常現象みたいなものであるとすれば弱体化しないんじゃないだろうか。
弱体化するなら消滅することもあるかもしれない。
俺の考えていることはすべて希望的な可能性だけなのがつらいところだが、そう仮定してやるしかない。
ビューと風の音が聞こえた。
再び周囲に雪が降り始める。
だが、先ほどまでとはまた少し違う。
さっきまではもっと広い範囲で雪が降っていたが、今は俺と氷精の周囲数mほどの範囲しか降っていない。
胴体をぶった切られて怒ったのかな?
もしそうなら、ベガのもとへ行かせないという目的にも合うんだけど。
問題は俺がやばいってことだが。
ガタガタと体が震えてくる。
寒い。
前にスキーに行って吹雪になったときみたいな寒さだ。
すでにマイナス10度よりも気温が下がっているかもしれない。
範囲が狭い分、効果が強いのだろうか。
俺が凍え死ぬのを待つつもりなのか?
氷精はこちらを見たまま攻撃を仕掛けては来ない。
「おい、お前はなんであんな奴に味方するんだ。雪山にでも帰れよ」
だんだん雪が増えてきて、視界も悪くなってきたその時、俺は氷精へと声をかけた。
ベガは氷精に命令をしていたし、異世界言語スキルを持つ俺なら言葉くらいは通じるかと思ったからだ。
もっとも、返事が来るとも思っていない。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【隠密】
視界が悪くなり、お互いの位置が見えなくなったタイミングで声をかけ、その後隠密スキルを使って身を隠す。
そして、さっき氷精が攻撃の防御に使った氷の壁にペイントを施して後ろに隠れる。
だまし絵をペイントした。
向こう側からだと、反対側にいる俺の姿は見えず、その後ろの風景が広がっている様に見えるはずだ。
隠密スキルは姿を隠せさえすれば、存在を認識できなくなる。
これで俺のことを忘れて、ラムダ騎士隊長の方にでもいくだろう。
俺の予想は見事に当たった。
氷の壁に隠れたら、氷精はしばらくは吹雪の結界を発動していたものの、それを解除してしまった。
助かった。
実際は俺のいる位置だとまだ寒さを感じていたのだ。
体がガクガクブルブルと恐ろしいほどに震えている。
しかし、思考の方ははっきりしている。
タイミングを伺う。
氷精がラムダ騎士隊長を狙う瞬間を待つ。
吹雪が治まり、氷精がベガと戦うラムダ騎士隊長を見て攻撃準備を開始した。
大きな氷柱を宙に生成し、狙いをつけた。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【刀術】
――居合斬り
今まさに氷柱を発射しようとした氷精の前に躍り出ると、俺は刀術スキルの居合い斬りを発動した。
鞘に収まっていた状態の刀が、鞘の内部を走る勢いを利用して剣速をあげる。
妖しい緑色の波紋を持つ鬼刀が目に止まらぬ速さで振り切られた。
左下から右上にかけて緑の線が空中に引かれたようにして刃が走った。
――燕返し
だが、念には念を入れる。
右上に上がった刀を切り返すようにして燕返しを発動した。
右から左へと流れるように切り返し、さらに左から右下へと切り込まれる。
宙に生成した氷柱が発射されることなく、地面へと落ちる。
それと同じく、氷精の体もバラバラと落ちた。
今度は胴体がXに切り裂かれ、しかも生首まである。
自分でやっといてなんだが、たとえ切断面が真っ白でつるつるだとしても、気分の良いものではないなと思ってしまう。
この瞬間だけを見たら逮捕されても仕方ない絵面だ。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【火魔法】
まあ、そんなことは言ってられない。
こいつが復活したところを目にしているのだから。
おそらく、いくら切り刻んだところでもとに戻りそうな気がする。
それならやはり、火魔法で復活を阻止しないと。
――火壁
――火壁
――火壁
火魔法を使って30cm×1mの壁を作る。
強力な魔法を使って一瞬で跡形もなく蒸発させたいところだが、いい魔法が思い浮かばなかった。
仕方がないので、火壁を複数作り出して、ばらばらになっている体の断面を熱し続けるようにしておく。
この魔法は以前、森の中で試したときに10分位燃えていたはずだ。
というか時間経過でしか消えなかったので困った経験があるのだ。
バラバラになった氷精の体を見つめる。
これでも復活してくっついてしまったらどうしようか。
体力も魔力も残りが少なくなってしまっている。
最悪の場合は首だけでも持って、トンネルに放り込んで崩落でもさせてみようか。
「ガッ。ハア……。クソッタレが」
だが、俺の心配は杞憂に終わった。
俺と氷精の戦いではなく、ラムダ騎士隊長とベガの戦いに決着がついたのだ。
振り返るとベガが血まみれになって倒れていた。
そして、それを取り囲むように全身鎧の騎士が3人立っている。
トンネルから出たタイミングで襲われて重症に見えた騎士隊の2人。
彼らもなんとか起き上がり、ラムダ騎士隊長に助勢していたみたいだ。
そういえば、最初に氷精を叩き落としたときに結界が解除されていたのか。
それで動けるようになったんだろう。
どっちか1人くらい俺を助けてくれてもいいんじゃないか?
□ □ □ □
「それで、結局コイツが盗賊団の頭のベガで間違いないんですか?」
騎士3人は体に太く鋭い氷柱が刺さった後も体を動かしていたため、先に治療を行った。
俺のウエストポーチに入れていた自作のポーションも使ってもらった。
まだ動くと痛むそうだが、とりあえず命に別状はないだろう。
拠点には光魔法を使って回復できる人もいるみたいだし大丈夫だろう。
今はベガの死体を見て検分している。
領主館を探しているときにも思ったが、鑑定眼で鑑定をしても人名がわからないため本人か確認できないのが不便で仕方がない。
「うむ。間違いなくベガ本人だ」
そう答えるのはラムダ騎士隊長だ。
この人には妹がいたが、嫁ぎ先へ行く途中のクルセストと言う場所でベガ盗賊団の被害にあったそうだ。
幸せを願った家族が被害にあったことで、ずっとベガを倒すことを考えていたようだ。
もともと、年齢が近いこともあり貴族時代のベガのことも見知っていたそうなので、本人で間違いなくあっているのだろう。
「それで、小僧。そちらのレディーを紹介してもらえるのかな?」
念願の復讐を果たしたラムダ騎士隊長だが、それでもやはり、今俺の隣りにいる存在が気になるようだ。
「えっと、こちらは氷精のフィーリアさんだそうです」
「うむ。妾の名はフィーリアじゃ。よろしく頼むぞ、人間の子らよ」
胸の前で腕を組み、ニッコリとひまわりのような笑顔をみせているのは、ついさっきまで俺が戦っていた氷精その人だ。
ベガが死んだ後に、バラバラだった体がフワッと浮き上がり再び一つになったのだ。
俺の火壁は多少の効果はあったようだが、ピンピンしている。
戦っている最中は一切表情を浮かべず、話もしなかったので、精霊とはそういうものかと思っていた。
だが、実際には違ったらしい。
契約していたベガに表情や感情を消し、言葉を話さないようにと言われできなくなっていたそうだ。
その契約が切れた今となっては、もとのように自由に喋ることができ感情も豊かだ。
「それでお主、名はなんというのじゃ?」
「俺のこと? 俺の名はヤマトだけど」
氷精の今後のことをラムダ騎士隊長に相談しようかと思っていたのだが、いきなり名前を聞かれた。
それにしても古臭い喋り方というか、口調だな。
見かけの年齢にあってない気がするんだけど。
「そうか、ヤマトか。では、ヤマトよ。お主に願いがあるのじゃ。妾を雪の街フィランまで連れて行ってほしいのじゃ」
――クエストが発生しました




