二対二
おかしい。
トンネル内を追いかけていたときには確かに1人しかいなかったはずだ。
なぜここに2人いるんだ。
くそ。
トンネル内で探知スキルから刀術スキルにペイントし直したのは失敗だったか。
周りを見る。
俺もなかなか地面から体を起き上がらせることができない状態だが、他の騎士たちも同じようだ。
いや、むしろあちらの方はより状況が悪い。
体に大きな氷の棘のようなものが刺さっているのだ。
こんな気温の高い真夏に氷?
魔法攻撃か?
頭が混乱するが、すぐに自分の体には氷でできた棘のような氷柱は刺さっていないことに気がつく。
トンネルから出たときの位置関係で他の人の後ろにいたから当たらなかったのかもしれない。
「ベガ!! ようやく捉えたぞ。貴様はここで終わりだ」
俺と同じようにうずくまっていたラムダ騎士隊長が起き上がる。
お腹に刺さっているつららを抜き取り、地面に放り投げた。
地面に転がり落ちる氷には血がベッタリとついている。
あれで動けるのか。
素直に感心してしまった。
「ああ? どこの騎士様だぁ? くく。どっかで恨みでもかっていたか」
「貴様、忘れたとは言わさんぞ。クルセストで貴様が行ったことは万死に値する」
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
ラムダ騎士隊長がベガに怒鳴りつけている。
お互いの距離が離れており、ベガもすぐに攻撃してこようという気配がない。
今しかない。
少しでも情報を集めておかないと。
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種族:ヒューマン
Lv:45
スキル:剣術Lv3・槍術Lv1・盾術Lv2・召喚Lv2・精霊契約
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予想以上にLvが高かった。
だが、それ以上に気になるスキルがある。
精霊契約?
もしかして、そう思ってベガの近くで宙に浮いている女の子を見つめる。
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種族:氷精
Lv:106
スキル:精霊魔法
状態:契約精霊・弱体
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顎が外れるかと思った。
地面から50cmほど浮いたように宙をフワフワと浮いている真っ白な女の子。
見た目の年齢は10〜12歳くらいに見える。
肌も髪も服も真っ白だが、顔の造形などは人間にしか見えない。
だが、この子は人間ではないのか。
それにしても、おそろしくLvが高い。
ゴブリンキングやオルトロスなんて半分以下だ。
いや、違うか。そうではない。
ベガの召喚Lvは思ったほど高くなかった。
にも関わらず、ベガが自分よりもLvの高いオルトロスを2匹も召喚できたのは、この精霊契約というのが関係しているのかもしれない。
ふと気がつくと、あたりの景色が変わってきていた。
といっても、何処か別の場所へと移動したわけではない。
地面にはうっすらと雪が降り落ち、木の葉や枝にも雪が積もってきているのだ。
それまでは暑いと文句を言ってきた俺だったが、体が震えるくらいの寒さを感じている。
これはアイススピリットの使う精霊魔法による攻撃なのか?
ラムダ騎士隊長以外の2人の騎士はいまだ起き上がらない。
うめき声は聞こえているが、カチカチという音も聞こえる。
最初はなんの音かわからなかったが、歯を噛み合わせる音だ。
そうか、金属鎧を着ているせいで全身が冷えてしまっているのかもしれない。
ガバリと体を起こす。
体は冷えるが、俺の鎧は革鎧のおかげか動くことはできる。
だが、このままではまずい。
とにかく、この降ってくる雪を止めないとまともに戦えない。
この雪がいつまで降って、どこまで寒くなるのかはわからない。
早くなんとかしないと。
攻撃は最大の防御だ。
狙うべきはベガだ。
精霊契約がどのようなものかは知らないが、ベガさえ倒せば精霊も消えるかもしれない。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【土魔法】
――岩石砲
距離の離れているベガだが、ラムダ騎士隊長に注意が向いている。
そこを狙って魔法を放った。
物理的なダメージの大きい土魔法、その中でも大砲と見間違うほどの大きさをした岩を高速で発射する岩石砲をぶっ放す。
土弾という魔法よりも上位の魔法であり、魔力消費も高い分、攻撃力がある。
そして、それだけでは終わらせない。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【刀術】
魔法発射直後に即座にスキルをペイントし直す。
先に飛び出した岩石砲の後ろに隠れるようにして、飛び込む。
ズガーーーーーン……
岩石砲がぶつかる音が聞こえる。
が、おかしい。
今の距離ではまだベガに届いていなかったはずだ。
とっさに、右へ飛ぶようにして跳ねる。
――疾風切り
岩石砲の着弾で一瞬視界が悪くなったが、ちらりと見えた人影は、もとのベガの位置と変わっていなかった。
ならばそれを切る。
そう思い、疾風切りを発動させた。
体が自然と動き、恐るべきスピードでベガへと接敵する。
ガキン……
だが、その刃はベガへと届かなかった。
攻撃を防がれたのだ。
ベガの体の前に壁ができている。
しかし、その壁を通して向こう側にいるはずのベガの姿も見えていた。
透明の壁、つまり氷の壁が俺の攻撃をガードしていた。
岩石砲を防いだのも氷の壁だったようだ。
少し後方ではガラガラと氷が砕け落ちる音が聞こえた。
「おお、すごいな。この結界の中でも動けるのか」
氷の壁の向こう側にいるベガが、一切その場を動くこともなくそうつぶやく。
ベガの左にいる氷精がその両手を突き出すようにしてこちらに差し出していた。
あの一瞬で攻撃を防御したのは氷精なのだろう。
完全に不意をついたと思っていたのに通じなかった。
「殺せ」
当たり前のようにベガがつぶやく。
そして、これまでにも幾度もこのようなことがあったのだろう。
ためらいなく氷精が攻撃準備を整えた。
その頭上に氷のつららが作り出される。
宙に浮かぶ氷柱がこちらへと飛ばされる。
そう思ったが、氷柱はこっちへは来なかった。
俺が攻撃を仕掛けたときにラムダ騎士隊長へ向いていた視線を利用したように、俺が攻撃したタイミングをラムダ騎士隊長も狙っていたようだ。
白く艶めかしい艶のある全身鎧を着た男が剣を振り下ろす。
俺の目の前にある氷の壁をさらに回り込むように右側から、ラムダ騎士隊長が近づいていたのだ。
ベガに振るわれる剣による攻撃を察知した氷精は、俺ではなくラムダ騎士隊長へと氷柱を発射していた。
だが、その氷柱ごとベガを叩き切る。
俺の目の前を飛んでいった氷柱は真っ二つに別れて、ラムダ騎士隊長の後方へと飛んでいく。
そして、血しぶきが上がった。
ベガの体からだ。
やったか。
一連の一瞬で攻守が交代する攻撃を行い、そして見る立場になった俺はそれを見てそう思ってしまった。
だが、ベガは致命傷には至っていなかった。
その身に付ける何らかの魔物と鉱石を組み合わせて作られた鎧が、ベガの即死を防いでいた。
だが、その鎧には縦に大きく傷がついており、血が流れている。
「小僧、その白いのを抑えろ」
ベガがまだ動けることを悟ったラムダ騎士隊長がそう言いながら、ベガへと切りかかっていた。
ベガもその腰に吊るしていた剣をとって応戦している。
白いのってこの氷精を俺が相手するのか?
無茶振りだろ!
心のなかでそう吐き捨てながらも、自らの体を氷精へと向けた。
契約主の主の危機がわかっているのだろう。
両手をパッと上にあげると、先ほどよりは小型だが数にして10個は下らない氷柱を作り出している。
俺と目があった、気がした。
一体何を考えているのかさっぱりとわからない感情のこもらない目。
その目が俺から後方へ、ベガと戦うラムダ騎士隊長へ向いた瞬間、氷柱を同時発射する。
――五月雨突き
その場にとどまったまま連続で突きを行うアーツ、五月雨突き。
飛んでくる氷柱の数は多かったものの、全て五月雨突きの範囲内だったことは幸いだった。
その氷柱全てに突きをあて、撃ち落とす。
ガンガンガンと音がなり、砕けた氷の一部が俺の頬へ傷を作った。
肩が外れるかと思う衝撃だったがなんとか防いだ。
鬼刀のアビリティである力の上昇がなければ、力負けしていたかもしれない。
「なにやってやがる。早くこっちに来い」
俺の後ろからベガの声が聞こえる。
Lvはベガのほうが高いが、ラムダ騎士隊長が押しているのか?
とにかく、そちらへ氷精を向かわせてはいけない。
音もなくスッと移動してベガのもとへと飛ぼうとする氷精。
その移動ルートへと体を入れ、インターセプトする。
が、それを見た氷精はサッと上に移動した。
3m以上の高さに上がって、ベガのもとへと近づこうとしている。
――飛翔斬
俺自身はあの高さへと攻撃できない。
が、それに対応するアーツはある。
刀を水平に構えながら上方へと大きくジャンプしながら切り捨てる、対空用の刀術。
間違いなく俺の常識ではそんなことは不可能だと思う攻撃をアーツによって行う。
ちょうど俺の真上を飛び越えようとした氷精に対して、全身のばねを使って飛び上がり切った。
小学生くらいの子どもにしか見えないが、やはりそいつは人間ではなかった。
胴体を上半身と下半身で分けるように、すっぱりと切り捨てたのだが、その切断面は真っ白。
内臓のようなものは何一つなく、それが精霊という存在を証明している。
攻撃が通用した。
インフレを予感させるかのようなLvを持つ氷精を見たときには、アーツを使って攻撃を当ててもどうにもならないのではないかと心配していたが通用した。
心底ホッとした。
飛翔斬によって別れた体は一度さらに上空へと飛び、その後ボトリと地面に落ちた。
すると、それまで降っていた雪が消える。
地面にある雪などは残ったままだが、本来の気温に戻ればじきに消えるだろう。
フーと大きく息を吐く。
いや、まだ終わってはいない。
ベガとの戦いはまだ終わっていないのだ。
助けに向かおうと思った。
だが、その瞬間、見たくもないものが視界に入る。
2つに別れた上半身と下半身が地面から宙へと浮き上がり、そして移動を開始する。
スーッと横滑りするように移動した体はその切断面をくっつけた。
そこには完全に元の姿に戻った氷精がいた。




