発見
――ステータスオープン:ペイント・スキル【隠密】
オルトロスがクロスボウの斉射を行った騎士隊に血走った目を向けたその瞬間。
その騎士隊とは少し離れたところにいた俺は即座に隠密スキルを発動する。
これで俺の存在は認識しなくなったはずだ。
俺は領主館に向かって走り出す。
味方からの攻撃に当たらないように祈りながら入口へと飛び込んでいった。
入口にあった即席の木の柵はすでに壊れている。
だが、それらの影に隠れるように盗賊たちがいた。弓や剣などを持っている。
思ったよりも装備の質が良いようなきがする。
ベガ盗賊団はすでに10年以上、その追跡から逃れて盗賊活動を続けているから、いい武器などを持っているということなのだろうか。
盗賊たちは俺には気が付かなかったが、他の侵入者である騎士5人のことは当然気がついた。
慌てて対処しようとしている。
入口を入ってすぐはロビーのようになっているみたいで、空間が広くとられていた。
背の高いオルトロスが中にいた事を考えてもおかしくないくらいの天井の高さがある。
いや、よく見ると吹き抜けのようになっているのか。
下のロビーに30人以上、吹き抜けの上から見下ろすように5〜6人の盗賊がいた。
ロビーには何人か冒険者がすでにいて、乱戦のようになっている。
その乱戦に突っ込むことになった騎士の戦力はすごいものだった。
全身を硬い金属に覆われた鎧を着て、剣を振る。
その一振りがブオンと大きな風切音を放ち、近くにいた2〜3人の盗賊を吹き飛ばしている。
まさに圧倒的と言えるだろう。
ここは任せておいても大丈夫。
そう思って、俺はその乱戦に混ざらず、隠密状態を維持したまま通り過ぎていった。
ベガはどこにいるだろうか。
ついさっき、オルトロスが出て来たことを考えると、そんなに遠くにはいないはずだ。
だが、この場にいる盗賊たちはとにかく目の前の敵を始末しようと焦っているように感じた。
リーダーとして指揮を取っているような人間がいないのならベガはここにいない?
それにラムダ騎士隊長が盗賊を蹴散らしながら突き進もうとしている。
ベガに執着しているらしき隊長がなにも言わないということは、やはりこの場にベガはいないと考えてもいいだろう。
そう判断した俺はとりあえず、ロビーから上階へと上がる階段を登っていった。
なんとなく上の階へ、そして奥にいけば、ボスがいないだろうかと考えるのはゲームに影響されているのだろうか。
所々の壁がないところがあるものの、全く崩れそうにない砦のような建物。
中が思ったよりも広い。
階段を駆け上がり、廊下を走るようにして奥へ奥へと進む。
窓がある部屋では盗賊たちが弓を使って、外から侵入しようとしている冒険者たちに攻撃をしていた。
申し訳ないが、それらは全部スルーだ。
館の内部はレンガの壁は残っているが、ドアのたぐいはほとんどなかった。
おそらく、木でできていた扉などはすでになくなっていたのだろう。
各部屋の入口から中の様子を見ることができる。
走りながら首を動かし、部屋の中を見ていく。
するとそれまで全く無かった扉が目に止まった。
気になったのでそちらへと行ってみる。
それは金属製の扉だった。
特に錆びた様子はない。
鉄以外の金属で防錆性能が高いのだろうか。
扉の前で立ち止まって周囲を確認する。
人はいなさそうだ。
この奥には誰かいるのだろうか。
そう思って隠密スキルから探知スキルへと切り替えてみた。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【探知】
探知スキルを発動して周囲の気配を感じる。
しかし、目の前の扉の奥には人の気配はなかった。
だが、一応確認してみよう。
そう思って、ドアのノブを手にして回す。
――ガチャガチャ
もしかしたら開くかも、という淡い期待は外れてしまった。
ドアはしっかりと施錠されていた。
こんな状況下で施錠されたドアがあるというのは、ここにお宝があるのか。
それとも逃走経路なのか。
人の気配はなくとも、念のためにも奥を確認しておいたほうが良いか。
「隊長!! ラムダ隊長!!! ベガ発見。地下です」
だが、その時、下の階から大きな声が聞こえた。
おそらく突入した騎士の1人の声だろう。
ちくしょう。
ベガは上の階にいなかったのか。
というか地下もあったのか、この建物は。
ドアの奥も気にはなるが、今はいいだろう。
俺も地下に向かって階段を目指した。
□ □ □ □
近くにあった階段を駆け下りて行ったのだが、若干迷った。
結局、一度ロビーの近くにまで戻って来ることになってしまった。
地下への階段がロビーに入ったところから見て、左手奥にある階段からしか行くことができないようになっていたみたいだ。
階段を一段飛ばしで降りていく。
地下階は鉄格子のついた部屋がいくつもあるようだった。
その前に騎士たちがいた。
よかった、まだそんなに遅れたわけではなかったようだ。
しかし、部屋の中を確認している騎士の横から、俺も覗いた瞬間、胸が締め付けられた。
強烈な異臭。
そして、汚れた部屋の中にはボロボロの状態の人が横たわっている。
中には裸同然の人もいて、そこからわかるのは女性であるということだ。
くそ、胸糞が悪い。
ここは盗賊たちのお楽しみ部屋ということなのだろう。
「今はベガのことが先だ。クルド、ベガはどこに行った?」
部屋の中の女性たちを見たラムダ騎士隊長がそれでもベガを追うことを優先すると決めた。
悪いが俺もそっちに加わろう。
いまだペイントしたままの俺の探知スキルが、地下で移動している存在を認識している。
きっと、これがベガに違いない。
クルドと呼ばれた騎士が先導するようにして地下を進む。
やはり、俺の探知スキルと同じ方向だ。
しかし、奇妙な感覚がしていた。
この感覚はなんだったか?
その疑問はすぐにわかった。
地下階の廊下の一番奥の部屋、そこに大きな穴があったのだ。
トンネルだ。
地下にある部屋の床、その一部が崩れた場所に穴があり、少し下がったところから横穴になっていた。
「そうか、ワームだ。ワームを召喚して地面を掘らせたのか」
探知スキルに感じる微妙な違和感の正体。
それはワームに襲われたときと似ていたのだ。
探知に反応する存在が、自分の足元よりも下にいるという感覚。
おそらく、ワームが掘った穴の中をベガは移動しているのだろう。
「なるほど。何度かやつが袋小路に追い詰められても逃げおおせたという話は聞いたことがある。その時も同じようなことをしたのだろう」
俺の呟いたことに対してラムダ騎士隊長が相槌を打つ。
本当に召喚というのはオールマイティーに使えるな。
俺が召喚の使い勝手のよさを羨ましがっていると、隊長がいう。
「2人ここに残れ。俺とクルドとパーズ、それと小僧でベガを追うぞ」
「「「了解」」」
そうか、全員でトンネルに入ったら挟み撃ちにされる可能性もあるのか。
今もこうしている間にベガは少しずつ離れていっている。
早く追いついて終わりにしたい。
そう思いながら、トンネルの中へと潜り込んでいった。
□ □ □ □
トンネルは思った以上に長く続いていた。
立って歩けるほどの大きさではない。
そのため、四つん這いになって這うように移動しなければならなかった。
先頭を進んでいたラムダ騎士隊長が急に止まる。
どうしたのかと、前方を見るとトンネルが再び横移動から上へと移動しているところにやってきたみたいだ。
遠くのほうで光が見えていた。
「警戒して進むぞ」
ラムダ騎士隊長の言葉にそれぞれがうなずき、先へと進む。
少し斜面になるように地面へとつながる縦穴になった出口。
注意しながらそこから順番に這い出ていく。
最後に俺が出て周りを見渡すと、かなり遠くの方にカルド遺跡が見えた。
「わざわざここまで殺されに追ってきたのか。ご苦労さん」
カルド遺跡とは逆の方向、その木の陰から声をかけられた。
と、それと同時に大きく吹き飛ばされる。
いってえ。
地面を何回転も転がるようにして吹き飛び、ようやく止まる。
なんとか腕に力を入れて、上半身を起こすと俺と同じように騎士3人も吹き飛ばされていた事に気がつく。
声がした方向を見ると、人影が見えた。
1人は成人男性。
おそらくは30歳代の後半くらいに見えるが、あれがベガだろうか。
だが、それよりも俺の目を引きつける存在がそこにはいた。
真っ白な髪に真っ白な肌、さらに身にまとう服まで白という全身白色の小さな女の子。
きれいに整った顔立ちから美少女とも言えるその子は、空を飛んでいたのだ。




