オルトロス
一部が崩れ去ってはいるもののいまだ建物として使うことのできそうな元領主の館。
お城のような形ではなく、四角形を基本として建てられたその建物は砦のようにも見える。
当然、正面の入口もそれなりに大きな作りとなっている。
しかし、中から出てきたそいつは体をくねらせるようにして、入口を潜り出て来る。
人間ではない。獣だ。
大きな体格にしっかりとした四肢を地面につけて首を上げる。
なんと首は1つだけではなかった。
全身の黒々とした体毛を持ち、2つの首を持つ大きな獣。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【鑑定眼】
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種族:オルトロス
Lv:49
スキル:火魔法・水魔法
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そいつは1つの体に2つの首を持つ双頭犬と呼ばれるモンスターだった。
先ほどの火柱はあいつの火魔法なのだろうか。
パッと見た感じだと火柱の高さが4〜5mくらいありそうだったんだが。
あんなものを食らったら一撃でお陀仏になるに違いない。
オルトロスは首を上げた状態だと、高さが5mほどになりそうだ。
背中までの高さだと3mちょいといったところだろうか。
入口から逃げ出した冒険者の戦闘を見ながら少し近づいていく。
領主館にたどり着いていた冒険者パーティーはおそらく3パーティーだったのだろう。
だが、今はその場に11人しかいない。
1人は火柱の直撃を食らっていたから、入り口を入ったところでも戦闘があったのだろう。
盾を構えてガードし、スキを見つけて前足や後ろ足を剣や槍で切りつけようとしている。
しかし、大柄な男性が掲げた盾を物ともせず吹き飛ばしている。
また、武器による攻撃もサッと移動をして躱している。
また1人やられてしまった。
これ以上はみていても意味ないだろうと判断する。
弓の有効射程範囲に入った俺は弓に矢をつがえて狙いをつける。
キリキリキリと音を立てた弓から手を放すと、オルトロスへと矢が飛んでいった。
地面に倒れた冒険者を今まさに襲いかかろうとしていたオルトロス。
その瞬間を狙って放った矢は狙い通りに飛んで行く。
しかし、あたると思った瞬間にはやつの体がぶれたように感じた。
何だ今のは。
オルトロスは一瞬にして数mの距離を移動していた。
もちろん矢は当たっていない。
再び歩き始めたオルトロスは倒れていた冒険者にガブリと噛みつき、白かった歯を真っ赤に変えていた。
ゴブリンキングと同じようなレベル帯のように思うんだが、動きが見えなかった。
スキルにある火や水の魔法ではないと思う。
単純にすごいスピードで動かれたので、目が追いつかなかったのだと思う。
こんなの勝てるのか?
いや、だが冒険者は他にもたくさんいる。
全員で囲んでリンチにでもすれば可能性はあるんじゃないだろうか。
もともと、ゴブリンキングも実力派冒険者が数人で戦うのがセオリーとか言っていたし。
そうだ。
それに俺にはまだスキルのアーツがある。
それを試すしかないだろう。
――追尾矢
再び弓を構えて矢を放つ。
先程と同じく、オルトロスが他の人を攻撃しようとした瞬間を狙った。
違うのは今度の攻撃が追尾性能があるという点だ。
さっき避けたから今度も大丈夫、とオルトロスが考えてくれれば十分にあたるはず。
狙い違わず飛んでいく矢。
すると、オルトロスの体が再びブレる。
だが、その直前のやつの行動が気になった。
あいつは誰かを狙って攻撃するとき、片方の首が周囲を警戒しているみたいだ。
攻撃時のスキを狙っていたつもりだったが、バッチリ対策済みだったのか。
しかし、そんなことは関係ない。
一瞬のブレ、その後には数mほど場所が変わったところに立つオルトロスだが、それを追うように矢が曲がった。
追尾矢といってもいつまでも狙った敵を追い続けるようなアーツではないが、一度だけなら直角にすら曲がってくれる。
数m程度の回避ではどうしようもない。
俺の矢はやつの胸部へと突き刺さっていた。
「「ワオオオオオオオオオオオオン」」
オルトロスが叫ぶ。
2つの頭が同時に叫ぶんだな、と変なところで感心してしまった。
しかし、大したダメージになっていなかったようだ。
やつは2つの首をこちらに向けている。
4つの目が血走っていて、ものすごい怒っているのがわかった。
来る。
そう感じた俺はすでに準備していた矢を放つ。
――貫通矢
こちらに向かって走ってくるオルトロスの頭から尻までを貫く矢を放つ。
そう思っていた。
しかし、やつは突っ込んでこない。
右の首が大きく震えたかと思うと、火魔法を放ってきたのだ。
眼前に大きな火球が飛んでくる。
俺の火魔法だとバスケットボールくらいの大きさなんだが、今こちらに向かってくる火球は直径2mを超えている。
やばい、そう思ってとっさに飛び退った。
いつでも逃げられるようにと思って、壁のすぐ近くで攻撃していたのがよかったのか。
とっさに避けた先にあったのは、レンガで作られた崩れた家の跡だった。
壁に隠れて姿勢を下げる。
すると俺がさっきまで立っていた場所に火球が着弾した。
辺りを吹き飛ばすように、着弾した火球は熱風を広げながら、さらに上方へと炎の柱を伸ばしている。
あっつい。
全身を火で炙られたような状態になって、あまりの熱さに驚く。
しばらく呼吸ができない。
ゼエゼエと息を乱しながらも、反対側の壁からオルトロスの様子を伺うように、首から先を出した。
だが、オルトロスの姿がない。
何処かに移動したのだろうか。
あたりを見渡す。
「危ない!!」
先ほど倒れて攻撃を受けかけていた冒険者。
その人が、俺に向けて叫ぶ。
なんだ?
そう思ったときには、周囲が暗くなった。
いや、暗いのは俺の周りだけ。
俺の周りだけ影が増えていた。
慌てて前方に転がるように飛び出る。
ズウウウウウウン。
ついさっき俺が火球を避けるために逃げ込んだ崩れた家。
それが跡形もなくなくなっていた。
オルトロスだ。
やつは俺が火球を避けたことがわかって攻撃を仕掛けてきたのだ。
それも上にジャンプして、屋根ごと叩き潰すという人間には絶対できない方法で。
いくつものレンガの破片が飛んできて、体へとぶつかる。
しかし、流石にゴブリンキングの皮膚を使って作り上げた甲冑のような革鎧はそのダメージを軽減してくれた。
もっとも、無効化にはならない。
背中を中心とした体の何ヶ所もがズキズキと痛みを感じている。
痛みを堪えつつ、それでも今できる最高のスピードを使って体を起こす。
起こした体を反転させると、レンガの山の中にオルトロスの尻尾が見えている。
真っ黒な尻尾が1本だけ、ブンブンと大きく振られている。
もしかして、やつは遊び気分なんだろうかと思ってしまう。
こっちがどれだけ必死になっていると思ってんだ。
やつから目を離さず、しかし、その場にとどまることなく移動をする。
建物1つ分横に移動はできたが、弓を使うには近すぎる。
どうすればいい。
他の冒険者はまだなのか。
そう思った俺の視界の端には驚くべき姿が映っていた。
俺や他の冒険者が襲われている場所の反対側から領主館に入っていっている冒険者がいやがる。
やられた。
あくまでも今回の討伐の最たる目的は盗賊が持つお宝ってことなのか。
ふざけるな、と怒鳴ってやりたいところだが、目を前に向けるとオルトロスの怒った顔がすぐ近くにある。
これは本当に死ぬかもしれない。
俺はその場で弓を放り出してしまった。




