罠を抜けて
翌日、眼を覚ました俺はカルド遺跡を見つめている。
だが、まだ周りは静かなままだ。
それもそのはず、周囲は真っ暗であり、夜は明けてもいないからだ。
トリックモンキーによる罠の設置が確認されたため、カルド遺跡に到着した直後には踏み込むことができなかった。
なので、一晩待って明るくなったら冒険者を投入する作戦が立てられた。
つまり、朝になるまでカルド遺跡を見張っておかなければならない。
俺は一度眠りにつき、おそらく早朝の3時くらいに叩き起こされたというわけである。
カルド遺跡の建物はかなり壊れているとは言え、もともと周囲を一周ぐるりと取り囲んでいた壁があったらしい。
門があったのは北と南、それ以外の場所は崩れているところがあるとは言え高いレンガの壁として今も機能している。
北と南の門を塞ぐように、そして、それ以外の場所から抜け出す事ができないように人員を配置して見張り続けている。
過去の資料から確認できる限りではカルド遺跡に残された抜け道などはもうないようだ。
後はこのまま逃さないように包囲網を形成しつつ、盗賊たちを見つけ始末する。
おおよそ問題はないように思う。
ただ一点、ベガの使う召喚のことさえ考えなければだが。
まだ夜はあけない。
辺りでは篝火を灯していて、まん丸の月が空に浮かんでいるが暗い。
現代の日本にいる俺は夜でも電気の光があるところにしか行ったことがなかったんだということがよく分かる。
この世界へやってきてテレビもパソコンもスマホもない生活を送ってきたことで、多少眼が良くなっているように感じていたが、ほんの少し先が暗くて見えていない。
これは想像以上に怖い。
盗賊が夜襲を仕掛けてこないように祈りながら、見張りを続けた。
結論から言うと夜襲はなかった。
あとになって落ち着いて考えてみれば当たり前である。
なにせカルド遺跡に入るとすぐに大量の罠があるのだ。
入り込んでいくのは容易なことではない。
だが、逆に言えば中から外に出るのも大変なはずだ。
相手からも夜襲を仕掛けることはできなかったのである。
しかし、そうなるとカルド遺跡にたてこもった盗賊たちはどうやってここから出る気なのだろうか。
□ □ □ □
見張りを継続していると、ようやく東から太陽が顔を見せ始めた。
空一面が暖かな色に包まれている。
湿気の少ないこのあたりの気候では夜はおもったよりも過ごしやすかった。
だが、これからはだんだん気温も上がる。
少し多めに水分補給をしておいたほうが良いかもしれない。
俺が見張りをしている間に準備されていた朝食を受け取る。
黒パンと適当な具材を放り込んで作られたスープだ。
お世辞にも美味しい料理ではないが、周りの冒険者の顔は明るい。
いや、料理スキルのある俺とは違って、いつもこんな感じの食事を食べているのかも。
食事を終えるとそれぞれが配置につく。
騎士と冒険者という2つの組織というか、1つの組織と1つの烏合の衆の連合はやはり連携するのは難しいのだろう。
取った作戦は非常にシンプルなものだった。
「冒険者がパーティーごとに突入して、罠を解除しながら進む」というものだ。
騎士隊のみんなは誰も彼もが確かに強い。実力のあるメンツだ。
しかし、あくまでも騎士の仕事のメインは街や街道などの治安維持になる。
罠を張り巡らされているところで動くのであれば、冒険者のほうが慣れているのだ。
騎士隊はまず2つの門の出入りを押さえる役目をする。
そして、冒険者が罠を解除しつつ進み、盗賊たちを追い込んでいく。
また、罠を解除している間に攻撃を受けるようなことがあるとまずい。
そこで弓を使うことのできるものは、壁の上などから援護を行うことになった。
俺は今回、弓での援護をすることに決まっている。
心のなかで少しホッとした部分がないとはいえない。
刀で人を斬り殺すよりは弓のほうがいくらかマシかも知れないと思ったからだ。
まあ、あまり大差ないことだとも思うが。
弓は新しく作り直してある。
以前作ったのは、そのへんに生えていた木から枝をとり、つるを弦にして作った弓だった。
今思うといい加減な素材選びだったと思う。
だが、ゴブリンキングを倒した際に手に入れたゴブリンキングのアキレス腱を見て、新たな弓を作ることに決めたのだ。
魔の森にいるという魔樹というモンスターから取った枝。
それと芋虫モンスターが出す糸。
そしてゴブリンキングのアキレス腱。
これらを【木工】スキルによって弓にすると、複合強弓という武器が出来上がったのだ。
大きくはないサイズでありながら、アキレス腱を組み合わせたことでより力を加えることができるようになっている。
ようするに、今までよりも強力な矢を遠くまで飛ばせるようになっている。
アビリティは付いていなかったが、なかなかの品だと思う。
突入メンバーの準備が整った。
俺も担当の北門近くの壁へと登る。
一部崩れた場所があるとは言え、足場としては非常に安定しているようだ。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【弓術】
弓術スキルをペイントして、カルド遺跡内部をみる。
冒険者が続々と突入していった。
□ □ □ □
キリキリキリ。
耳元で複合強弓を引き絞る音が聞こえる。
目はとある一点を見つめていた。
スッと右手の指を開くと、弓につがえていた矢が勢い良く飛び立つ。
狙い通り、俺の矢は対象を撃ち抜いていた。
壁の上に登った俺が弓で狙っているのは盗賊たち、ではない。
もう何匹も倒しているのはどれもトリックモンキーと呼ばれるモンスターだ。
壁の上からカルド遺跡内の様子を見ているとよく分かる。
このモンスターは思った以上に厄介だった。
遺跡内には実にさまざまな罠が用意されている。
どうやっているのかわからないが、飛び出してくる矢や槍、剣などの他にも、なんと落とし穴まである。
冒険者は当然、目を見開いて地面や建物の様子を観察し、罠がないかを確認する。
そして、罠を見つけたらそれを正しい手順で解除しなければならない。
突入した冒険者パーティーはだいたい1パーティーで5人ほどだ。
その中で罠解除を担当するのが1人。
残りのメンバーが罠を解除しているものを守ることになる。
しかし、罠を解除すればそれで終わりというわけにはいかなかった。
なぜなら、罠を仕掛けている張本人であるトリックモンキーがまだ健在だからだ。
一度、罠を解除した場所に再び罠が仕掛けられていることもある。
人間は一度解除した場所なら安全だと無意識に思ってしまうらしい。
油断をしたところで罠にかかってしまい被害が出ているパーティーが出てきてしまっていた。
しかし、突入メンバーはトリックモンキーが邪魔ではあるものの、追いかけて倒しに行くこともできない。
その先に罠があるかもしれないし、何よりもカルド遺跡の奥、もともとの領主の館があった場所に行きたいのだ。
おそらくあそこに盗賊共が巣食っており、襲撃によって奪い取ったお宝が眠っている。
そう考えると、逃げ足の早いトリックモンキーを無視して、先に進みたいと思うのも当然だろう。
だが、そうなると後から突入する者にとってはたまらない。
罠を解除して進んだ連中の後をついていったはずが、罠がありましたでは困るからだ。
仕方がないので、弓を使うものたちがトリックモンキーを狙うことになった。
体格が小さく、逃げ足の早い猿は矢をうまく避けている。
スキルの力で狙いを外すことのなかった俺は、結局、遺跡の壁沿いにぐるりと回りながら弓を放ち続けることになってしまった。
□ □ □ □
トリックモンキーを探し出し、倒し続けてようやく終わりが見えてきた。
太陽はだいぶ昇ってきてしまっている。
もう少ししたら、お昼でも食べたいなと考えているときに、遠くから声が聞こえてきた。
どうやら、中心部にある領主館へとたどり着いたパーティーがいくつかあるようだ。
ほかの元民家や商店跡などもチェックしているが、盗賊たちが潜んでいる気配はなかった。
やはり、予想通りに領主館にいる可能性が高そうだ。
俺もそちらに向かおうか。
そう思って走り始めると、様子がおかしいことに気がつく。
領主館に入った冒険者たちが飛び出してきている。
どうしたのかと思ったら、なにもなかったところにいきなり火柱が出現した。
その攻撃に逃げ惑う冒険者パーティー。
どうやら、あの館のなかには魔法を使う何者かがいるようだ。
ゴブリンマジシャンが使っていた魔法とは全く強さの次元が違う。
ゴクリ、と喉を鳴らす。
そいつはゆっくりとその体を見せつけるように館から出てきた。




