突入前
盗賊団のアジト発見の報告がもたらされると、にわかに騒がしくなりはじめた。
ハイド教官も職員や冒険者などに対してあれこれと指示を出している。
模擬戦終わりで疲れてはいたが、俺も体を起こして準備をすることにした。
気がついたら全員出発していました、では困るからだ。
俺は宿に預けていた荷物などを取りに行き、装備のチェックを終わらせて再び訓練を行っていた場所へと戻ってきていた。
アジトが見つかったというカルド遺跡という場所のことを俺は全く知らなかったからだ。
せめて出発する前にでも簡単な説明くらいは聞いておきたい。
「教官。今、いいですか? カルド遺跡について聞きたいんですけど」
冒険者たちに大方の指示を出し終えたらしいハイド教官に質問をぶつけることにする。
時間もあるようだったので、特に嫌がることもなく教えてくれた。
「ああ、いいぜ。でも、まさかあんな辺鄙なところまで逃げ込んでいたとはな」
ハイド教官が遠いところを見るような仕草をしながらいう。
「カルドは遺跡と言うよりは廃墟に近いところだな。なんせ、俺のじいさんが生きていた頃にはまだカルドの街は健在だったからな」
「教官のおじいさんですか? 割と最近まであったってことですね。けど、なんで最近まであった街が遺跡だなんて呼ばれてるんですか?」
「モンスターの大襲撃が原因だな。カルドからさらに南にはここらよりも強いモンスターが生息している。そいつらが大挙して押し寄せてきて、あえなく街が陥落したってところだ」
おお。
スタンピードとかあるんだな。
けど、ゲームと違って実際にあったらどうしようもないのかもしれない。
津波に襲われてしまうのに近いのかもしれないなと思った。
「そんなことがあったんですね。でも、なんで再建せずに遺跡なんて呼ばれているんですか?」
「再建しなかったのは住人がほとんどその大襲撃で死んじまったからだな。たちが悪かったのが毒を吐くモンスターがいたことだ。殆どの畑が毒にやられて使い物にならなくなったらしい」
毒か。
そういえば、俺は異世界へ転移されて病気にはならない身体になっているはずだけど、毒とかはどうなるんだろうか。
【毒耐性】のスキルはあったはずだけど、それを使うと戦えなくなるしな。
なにか毒を防ぐ装備なんかないものか。
「遺跡ってのはその後の盗掘騒ぎだな。カルドではへそくりなんかを壁に埋め込んで隠すのが流行ってた時期があったんだよ。金貨を入れた宝箱なんかが見つかったこともあってな。そんなことがあって、廃墟って呼ぶより遺跡って呼んだほうがそれっぽいだろってなったんだよ」
思ったよりも適当だなと思ってしまった。
その後も話を聞くと面白いことがわかった。
以前から冒険者ギルドなんかの建物に使われているレンガは他のものと違って赤っぽいのが気になっていたのだ。
これは、荒れ地地帯の土を練り込んでいるかららしい。
正確に言えば土ではなく、ワームの排泄物らしいが。
とにかくそれを練り込んで作られたレンガは通常のものよりも硬く崩れにくく、風化もしにくいらしい。
そして、カルドの街はその強化レンガだけを建築物に使用されていたようだ。
モンスターの大襲撃を受けて、多くの人がなくなってしまった。
けれど、建物は思いの外残っていた。
そして、そんな建物の中には昔から住んでいた人たちが残したいろんなへそくりという名のお宝が残されていた。
多くの人がツルハシ片手に壁を叩いて発掘作業をしているところを見れば、そりゃ遺跡と呼んでもおかしくないのかもしれない。
しかし、そんな場所があるのなら盗賊団が目をつけそうなものだ。
最初からそこを調べておけばよかったんじゃないだろうか。
「いや、隠れ家になりそうな場所自体はいくつもあるからな。裏をかいて別の場所、なんてことにならないように可能性を潰してたんだろうよ」
俺が疑問に思っていることをつぶやくとハイド教官が言ってきた。
とにかく、そのカルド遺跡に盗賊団がいるのはわかった。
壁が普通のものより硬いと思っておけば大丈夫だろう。
□ □ □ □
準備が整うと移動が開始された。
騎士隊の人たちは流石に規律が保たれているようで、キビキビと移動をしている。
対して、冒険者は各自が自由勝手に動いているため、あちこちに散らばって移動していた。
まるで整列のできない小学生のような感じだ。
だが、これはアジト近くの集合場所に到着したとき、やはりトラブルに繋がったみたいだ。
「す、すいませんハイドさん。一部のバカが気持ちがはやって突っ込んじまいました。しかも、罠が仕掛けられてたみたいで被害がでてます」
ハイド教官が集合場所に着いた瞬間に受けた報告がこれである。
基本的には騎士と冒険者が全員揃ったら、カルド遺跡を取り囲むように人員を配置する予定だった。
その後時刻を決めて、包囲網を狭めるようにして、盗賊を逃さず討伐する計画だったのだ。
先行した連中もその計画自体は知っていたはずだ。
だが、それだと儲けが少ないと思ったものがいたのだろう。
人数が揃う前に先に突っ込んでお宝をゲットしようとしたやつがいたようだ。
しかもたちが悪いのが、一部の人間が突っ込んだのを見て、それにつられて他の連中も行ってしまったことだろう。
だが、事態は思わぬ展開になったようだ。
それが罠の存在だ。
いや、ここでは罠を作った存在が問題なのだろう。
罠猿。
人の背丈の半分ほどというあまり大きくはない猿のモンスター。
こいつには戦闘力はあまりないが、逃げ足が早く、しかもそこらじゅうに罠を仕掛けるという特徴があるらしい。
カンガルーのようにお腹にポケットがついており、そこから罠の材料を取り出すというどこぞの猫型ロボットのような特徴を持っている。
カルド遺跡にはこのトリックモンキーの存在が多数確認されたという。
「トリックモンキーか。まさかこんなところにいるとはな」
「いえ、カルド遺跡にトリックモンキーがいるという話は今まで聞いたことがありません。存在が確認されたのが14匹、もしかするとそれ以上いるかも知れません。罠を解除しながら進行するしかないかと思います」
到着早々の報告を受けて、現在はまた騎士と冒険者ギルドのメンバーが会議を行っている。
今回の会議にも俺は一応参加をしている。
この場にいる現役冒険者って俺だけなんだが、責任取れとか言われないだろうか。
ちょっとドキドキする。
「もともといなかったモンスターが多数現れたと言うのは気になりますな。実は未確定の情報ですが、冒険者ギルド内ではこの盗賊団はベガが関与しているのではないかと考えているものもいるようです。トリックモンキーが召喚された、と考えるとこの場にいてもおかしくないかもしれません」
話し合いの中でハイド教官が騎士隊長に告げる。
多分、その情報は俺が出どころで証拠なんかは一切ないと思うんだが、言っても良いのだろうか。
「なに? やつがここにいるというのか。確かにやつならばあの程度の魔物、もっと召喚することもできるだろうが……」
そう言う騎士隊長さんの纏う空気が変わった。
今すぐ、腰に吊るした剣を振り下ろしかねない空気だ。
ベガと何か因縁でもあるんだろうか。
下座に位置する俺は真正面にいる形になっているから、俺が睨まれているみたいで怖い。
「もしベガがいるとなると、さらに強いモンスターを召喚して守りを硬めている可能性もあるか」
「トリックモンキーももっと多い可能性が高いか」
「罠を張って逃げる時間をかせぐ気かもしれない。カルドの古い地図を用意しよう。抜け道が残っていたら厄介だ」
騎士隊長の放つ殺気に俺が震えていると、一瞬気を取られた後すぐに立て直した騎士は各々が対策を考えている。
ベガがいる可能性は高いと受け止められたと考えても良いのだろうか。
罠が仕掛けられているのであれば、俺1人で隠密スキルを使っての暗殺は難しいだろう。
なにせ罠を見つけられないし解除もできないことになる。
おそらく、暗くなる夜の間は見張りをつけて、明日、明るくなったら突入することになるはずだ。
クエストが達成できるかは、いかに集団をまとめて作戦を実行するかにかかっているのかもしれない。
あれ? 騎士はともかく冒険者は連携なんてできなさそうだけど大丈夫なんだろうか。
今から、不安になってきてしまった。




