潜入
「おい、本当に残るつもりなのか?」
村長宅での話し合いが終わり、借りている家に戻る途中でエイダさんが話しかけてきた。
「あんたも見ただろう。危険すぎる。ヤマトは村と関係ないんだから逃げるべきだよ」
俺の為を思ってエイダさんがそう言ってくれているのがわかった。
確かにそうだろう。
なにせ、森の調査については依頼料が出ても、ゴブリンの群れをこれ以上相手にしたところで、村からは報酬がでないのだ。
この世界に住む一般的な冒険者であれば、残る人間などいるはずもない。
だが、俺にしてみれば逆に村からの依頼料がいくら高くとも、日本に戻ってしまえば使いようがないのだ。
こちらの世界でもお金があるに越したことはないのだろうが、それを絶対的な判断基準にすることはない。
むしろ、貢献ポイントの入手を考えると村に残るという選択しかないと思う。
ただ、やはりそういう姿はエイダさんにとって不可解な選択に見えるのだろう。
「俺は残りますよ。それよりも、姐さんこそ避難しないと。土地を持たない狩人なら、一時的に避難してもいいじゃないですか」
「そうはいかないよ。ここは私の生きる場所だ。捨てて逃げるようなことがあれば、死んじまった親父に顔向けできなくなるからね」
そういえば、エイダさんの家族って見たことないな。
お父さんは亡くなっていたのか。
意志は硬そうだし、これ以上俺がなにか言っても意味もないだろう。
まだ、知り合って短い期間だが、こちらの世界へやってきて一番長い時間一緒に接してきた相手だ。
この人にも被害が出ないようにしないといけないな。
そう思った。
□ □ □ □
時刻はもう遅い。
家に戻って食事を終えた後は、わらのベッドに寝転がって頭を働かせる。
ラスク村を救うためにはどうしたら良いのだろうか。
例えば、俺が一人で突っ込んでいってゴブリン全部を倒しきれるかどうか。
難しいように思う。と言うか無理だろう。
スキルは強力ではあるが、絶対ではない。
なにせ、俺のLvはいまだに1で、体力・魔力はともに100しかないのだ。
刀術スキルをつけて暴れまわったとしても、1秒ごとに体力1を消費する。
1秒で1匹ずつゴブリンを殺すことができたとしても、数百匹いる群れだ。
そのうち、多勢に無勢で押し負けてしまうことになるだろう。
魔法についても同じようなものだ。
というか、魔法は1発で10〜30の魔力を消費する。
群れを相手にするにはやはり厳しい気がする。
むしろ、村の防御力を上げてみるというのはどうだろうか。
村が鉄壁の要塞にでも様変わりしていれば、冒険者ギルドもわざわざ後方に陣地を作ることもなく、前線を押し上げて来るかもしれない。
他の冒険者がゴブリンを倒したときに、あのクエストは達成条件を満たしたと判定されるのかは分からないが、いい考えかもしれない。
ただ、どうやって村の防御力をあげるのかという問題がある。
生産系スキルでものを作ると時間はかからない。
が、魔法と同じようにスキルを使うと魔力を消費してしまうのだ。
大体1つものを作るたびに魔力10を消費する。
魔力の回復に時間がかかることを考えると、ゴブリンが来る前に村改造計画が完了しているかどうか、全くわからないといえる。
他には、なにかあるだろうか。
冒険者ギルドといえば、アイシャさんの顔が思い浮かぶ。
アイシャさんとはそれなりに仲の良い関係を築けていると思っているが、どうだろうか。
冒険者ギルド全体が前に出てこないのであれば、アイシャさんに実力のある冒険者を中心に声をかけてもらって、その人達だけでも先に森に入ってもらうというのはどうか。
そもそも、ラスク村での依頼を最初に俺に振ってきたのが彼女なのだから、事情を理解してもらいやすいだろう。
陣地作成に強い冒険者が必ずしも必要とは思えない。
この案は案外うまくいく可能性があるかと思う。
ただ、どうやってアイシャさんにこの頼みをするかだ。
村からギルドへの報告にホゼさんが出発してしまった。
もう、夜になってしまっている。
今頃野営をしているんだろうか。
それとも、村の危機を伝えるために夜通し移動をしているんだろうか。
俺がリアナに向かっている間にゴブリンが来るかもしれない、と考えると迂闊に村から遠ざかることはできない。
うーん。
そうなると俺が取れる手段は2つしか思い浮かばない。
外側から少しずつゴブリンを削り取っていくか、飛び込んで頭を刈り取るかだ。
どちらも悪くはないと思う。
基本的にはどちらも「群れの力」がなくなることに繋がるはずだ。
ゴブリンの数が減り群れが弱くなるか、頭のゴブリンキングを倒して指揮系統を乱して群れを混乱させるか。
前者ならば時間がかかるというデメリット、後者ではゴブリンジェネラルの指揮力によって短時間で群れがまとまるかもしれないという不確定要素がある。
どちらがいいのだろうか。
□ □ □ □
一晩たって、翌朝には結論を出した。
殺そう
ゴブリンキングを殺そう。
どんな組織も頭が潰れれば動きが鈍くなるのは間違いのないことだからだ。
周りから削っていくのもいいと思ったが、結局のところ、いつゴブリンどもが大挙して押し寄せてくるのかがわからないため、村を救えるかが運任せになる。
ゴブリンキングを殺したところで、次に群れがどう動くかはわからない。
もしかしたら、恐慌を起こして村に突っ込んでいくかもしれない。
しかし、もともと神様が発注してきたクエストだ。
なにもしなければラスク村が壊滅するのではないか。
なら、村のリスクを天秤にかけてもいいだろう。
最悪の場合は、エイダさんだけでも助け出せればいい。
俺は朝イチでゴブリンの集落を目指して移動を開始した。
今回に限っては1人で行く。
エイダさんはついていくと言ってきたが、今回ばかりは俺も引き下がれない。
【隠密】スキルを使って、集落の中に気づかれることなく潜入し、ゴブリンキングだけを狙うつもりだからだ。
怒るエイダさんをなんとかなだめすかして出発することに成功した。
森の中にある集落まで移動するだけでも、やはり3〜5匹のゴブリンに遭遇することが度々ある。
完全にスルーするつもりでいたが、途中で考えを変えて戦うこともあった。
【隠密】スキルの検証のためだ。
【隠密】スキルは自分の意思で発動することができ、体力や魔力を消耗することがない。
同じようになにも消費することなく使えるスキルには、探知や鑑定眼がある。
隠密スキルを発動していると、ゴブリン相手にかなり近くにまで接近しても気づかれることはなかった。
ただ、明らかに気づかれてしまうような音を出したり、行動をしたりすれば見つかってしまうようだ。
攻撃をしてしまっても気づかれる。
隠密を使用しながら音もなく視界にも入らずに暗殺のようにできればいいが、声などを出されると終わりだ。
隠密スキルを使うということは、刀術スキルがないということになる。
俺の素の腕前では、到底そんな器用な暗殺をするのは難しい。
一度見つかってしまった場合は、相手から認識できてしまう。
しかし、身を隠し、相手から見えないように、音を聞かれないようにして暫く経つと、相手は完全に見失ってしまうようだ。
隠密が効果を発揮すると、相手からは俺がいたという認識まで薄くなってしまうのが、ガクッと警戒心が下がっているように見える。
色々いる上位種にも効果があるからゴブリンキングにも隠密は同じような効果があるはずだ。
俺はお前を信じるぞ。隠密くん。
□ □ □ □
丸々2日かけて森の中を移動してきた。
今は目の前にゴブリンの集落が見えている。
実は前日から集落に到着しており、そこから監視を続けていた。
群れの様子を観察しているが、今すぐ村を襲いに行こうという雰囲気にはなっていないように思う。
以前来たときと同じように、外に出ていたゴブリンたちが獲物を持ち帰っている。
ただ、狩ってきた獲物はそいつの持ち分にはならないのかもしれない。
一度、集落の真ん中の家に持ち運ばれるのだ。
キングやジェネラルが食い物を総取りして、末端の連中はおこぼれを頂戴するという仕組みなのかもしれない。
前日からの監視でゴブリンキングが集落にいるのも確認している。
真ん中の大きな家に入ってからは、出てきていないはずだ。
あの家の中にキングがいる。
今は周りは真っ暗だ。
おそらく、もう少しすれば夜明けとなるだろう。
ゴブリンは夜行性ではないのかと思ったが、見ている限り、夜は寝ているみたいだった。
人間は夜明けに奇襲を受けると脆いと、どこかで見たか聞いたような気がする。
あたりが暗いうちは俺も目が見えないので、夜明けと同時に集落へと潜入し、ゴブリンキングへと襲いかかろう。
木の上で軽く仮眠を取りつつも見張りを続け、ようやく夜明けがやってきた。
まだ、集落の中は静まり返っている。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【隠密】
隠密をペイントしてから、木から降り、集落へと向かっていった。
最短距離を音を立てないようにしながら走り、ゴブリンキングのいる家へ潜入した。




