誕生
火山の噴火口の内部をゆっくりと降りていく。
下を見下ろすと奥の方で赤い色が見えてはいるものの、今すぐに噴火しそう、という雰囲気ではないように思う。
が、実際のところそんなことが俺に分かるはずもなく、不安に思いつつも気にしないようにして降りていった。
ガラガラと崩れそうになる小さな石に足を取られないように気をつけながら、一歩ずつ進んでいく。
そうして、おそらく噴火口から溶岩のあるところまでの距離の半分に届かないくらいまでは降りることができた。
だが、これ以上は無理そうだ。
まず、恐ろしいくらいに暑い。
今は冬のはずなのに全身がどんどん汗を出していって体から水分がなくなっていっているのが分かる。
また、煙の量が多くなり、ここから下に行けば視界が全く効かなくなる状態だ。
一部、水平になってそれなりの広さがある場所を見つけたのでそこでとどまることにしたのだった。
マグナタイトの服が耐熱性能がついてよかった。
これがなかったら、今頃頭がのぼせて動けなくなっていたかもしれない。
俺は適当な場所を選んで、背中に背負っていたカゴをおろしてちょうどいい高さの石の上に腰を下ろした。
そうして、カゴの中へと手をやり入っていた氷炎龍の卵を取り出す。
最初は赤と青の縞模様だったのが、フィーリアの冷気を吸い取って青色だけが濃くなっていた。
だが、それもこの噴火口の中の熱気を吸い取ることで変化しているようだ。
赤色の濃さが強くなると同時にきれいに別れていた縞模様が混じり合い、赤と青が入り乱れた配色へと変わってきている。
火山の麓に来るまでに吸い取った冷気の量は多分十分あったはずだ。
青色の濃さが途中で変わらなくなったことを確認している。
なので、多分ここで熱気を十分に吸い取れば卵が孵る条件は満たせるのではないかと考えられる。
あまりこの場所に長く滞在できないと思うのだが、卵だけ置いていってもいいのだろうか?
ここに降りてくるまでに噴火口内部には動物やモンスターなどの存在はいなかったように思う。
卵を食べようとするやつはいないと思うが、どうなんだろう。
仕方がないので、この踊り場的な場所を中心に探索してみることにした。
火山の頂上にある噴火口の直径が5kmもあるという大スケールのため、調べるのには骨が折れた。
だが、その結果、この場所の付近には特に脅威となる存在はいないという結論が出た。
俺は一応卵を守るために【鍛冶】スキルを使用して大きめの檻を作り出し、その中へ卵を安置してから、上に戻っていった。
□ □ □ □
「すごいな、どんどん大きくなってるぞ」
俺は氷炎龍の卵を見てそうつぶやく。
噴火口内に卵を置くようになってからすでに10日ほどが過ぎていた。
その間、卵の状態は変化し続けている。
表面の色はどんどん赤色が強くなり、より複雑な色へと変わっていっている。
そして、ダチョウの卵より少しだけ大きいくらいの大きさだった卵は、そこからさらに大きくなっている。
生まれた卵がその後にどんどん色が変わったり、大きくなるというのはさすがは異世界だ。
俺の常識ではあり得ないものとしか思えないのだが、「この世界ではそういうものなんだろう」と考えることにして気にしないように心がけている。
というか、俺の錬金スキルで作り出した卵だが、もしうまく生まれたとしてそいつは卵を生む生き物なんだろうか。
それすらもよく分かっていない。
現在の卵は高さ1mほどで、横に1.5mくらいの楕円形になっている。
そろそろ生まれるのではないだろうかと俺は考えている。
昨日から安定した地面に置いてある卵がときたま動いているのだ。
きっと中の子が卵の殻を割ろうとしているに違いない。
なんだか、だんだんと自分の子供が生まれてくるかのような気さえしているのだ。
氷炎龍とはどんな姿をしているのだろうか。
ワクワクして昨日から眠れずに卵のそばについてしまっている。
と、そのとき、卵が揺れて殻に小さくヒビが入った。
――ステータスオープン:ペイント・スキル【光魔法】
俺はすかさず光魔法をペイントし、上空に向けて光球を飛ばした。
フィーリアやシリアはあまりの暑さに何度かここまで来てもすぐに引き上げてしまっていた。
だが、2人とも卵から氷炎龍が孵るところは見たいようだった。
なので、俺が見ているときにその兆候が見られたのならば魔法で合図を送る手はずになっていたのだ。
光球を飛ばしてから半時間ほどすると、ガラガラと石が崩れ落ちる音をさせながらフィーリアとシリアが降りてきた。
「生まれるのか? どうなんじゃ、ヤマトよ」
お子様体型のフィーリアが俺の体にタックルをするかのように飛びつきながら尋ねてくる。
やはりフィーリアも卵が孵るのを相当楽しみにしていたようだ。
後ろから近づいてきたシリアの方はもう少し冷静なようで、じっと卵を観察している。
「ああ、見てみろ。卵の殻にだいぶヒビが広がっている。多分そろそろだと思う」
俺が指差すとフィーリアが俺から離れて卵に飛びかかった。
グルグルと卵の周りを何周も回って確認している。
すでに最初に入ったヒビを中心にして、殻の広範囲にヒビが広がっている。
いつ生まれてもおかしくないと思う。
「楽しみじゃのう。龍の生まれる瞬間を見ることなどそうそうないぞ。早く生まれてこんかのう」
フィーリアは卵が孵るのを待ちきれないらしく、すぐ近くでじっと見つめている。
それに寄り添うようにして体を屈めて伏せるシリア。
俺もその隣に移動して、卵の観察を続けた。
それから15分くらいたった頃だろうか。
待ちに待った瞬間がいよいよ訪れた。
殻のヒビの部分が大きくなり、一部がポトリと地面に落ちたのだ。
そして、中から赤い物体が出てくる。
それは氷炎龍の鼻先だったようだ。
卵に開いた穴は次第に大きくなっていき、そして中から姿が出てくる。
それは小さな龍だった。
全長1mほどの大きさで四足歩行のようだが、背中には羽が生えている。
その羽はきれいな青色をしており、光が当たるとキラキラと輝いている。
羽がパタ、パタと動くごとに小さな氷の結晶が舞うのは氷喰鳥の翼に近いのだろうか。
体の中で青色の部分は他にもある。
それは尻尾だった。
全長1mのうちで尻尾の長さは20cmほどだろうか。
こぶりなお尻から伸びる尻尾は表面の鱗が青いが、これは南国の海のような色とでも言えばいいのだろうか。
あまり濃すぎない透きとおったマリンブルーと言える色合いだった。
羽と尻尾は青だが、その他の部位は赤が基本のようだ。
突き出した口の中には小さくとも立派な牙がすでに生えている。
そして、頭には角が生えていた。
小さな三角錐の角が2本、頭の上から伸びている。
そして、頭から胴体、前足や後ろ足に至るまで、すべてを赤色の鱗が覆っている。
あまり濃すぎないがどこか深みのある色合いだ。
よく見ると赤の鱗は前から後ろにかけてグラデーションのようになっていた。
鱗の前方は少し濃い赤だが、後ろに行くにつれて薄くなる。
どちらかと言えば薄い色の場所のほうが多いようだ。
足の先には思ったよりも鋭い爪が5本ついている。
前足も後ろ足も同じような爪がついており、それで地面を掴んで歩くのかと思ったが、どうやら違うらしい。
さっきからパタ、パタと羽を動かしていると思ったが、どうやらこの子は飛ぼうとしているようだ。
何度も何度も羽を動かし、その回数が増えるごとに動きはスムーズになっていく。
そうして、それを数分続けると氷炎龍の体が浮いた。
フワッと浮き上がったと思ったら、少し飛び上がるように上空へと舞い上がり、そうして産声をあげた。
「キュウ!」
思ったよりもかわいい鳴き声なんだな、龍って言うのは。
そんなことを思ってしまった。
その氷炎龍は噴火口内部をグルッと回ってから再び俺たちのもとに戻ってきた。
「キュウウウウ!」
そして、戻ってきたと思ったらフィーリアへと近づいていき、その胸の中へと飛び込んでいく。
10歳を越えた当たりの子どもの姿のフィーリアにしてみれば、生まれたばかりの子供とはいえ、全長1m近い氷炎龍は十分に大きいはずだ。
だが、それを苦もなく受け止めて、力いっぱい抱きしめていた。
「か、かわいいのじゃ。見よ、ヤマト。こやつ、妾にこんなに懐いておるぞ」
氷炎龍を抱きしめたフィーリアが叫ぶ。
その嬉しそうな仕草から氷炎龍自身も一緒になってキュウキュウと鳴いている。
フィーリアは自分の顔を氷炎龍の頭に近づけて眼を覗き込むようにしたと思ったら、体をしっかりと握ってクルクルと回り始めた。
氷炎龍っていうのは高位精霊よりもかなり格上だとかそんなこと言ってなかったか?
不思議なくらい懐いているんだけど、一体どうなっているんだろうか。
生まれた氷炎龍に襲われることがなかったのでホッとしたものの、俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。




