火山再訪
「ど、ど、どうしよう。なんかすごいもんができちゃったんだけど」
「ええい、落ち着くのじゃ。ヤマトよ、この卵は一体何の卵なんじゃ?」
鑑定眼で名前を調べた際に出てきた種族名が予想以上のものだったので、俺は混乱してしまった。
若干、パニック状態になってしまったものの、すぐにフィーリアが落ち着かせて聞いてくる。
数回ほど深呼吸をしてから気持ちを落ち着け、俺はその質問に答えた。
「えっと、こいつは氷炎龍ってやつの卵らしい。フィーリアは氷炎龍って知っているか?」
「なんじゃと!? そんな馬鹿な。お主は龍を生み出したというのか」
「えっと、やっぱりすごいやつってことでいいんだよな?」
「当然じゃ。龍というのはダンジョンにいた溶岩竜のような竜種とは訳が違う。自然界における最上位種とでも言えばよいのかのう」
「最上位種?」
「そうじゃ。高位精霊である妾よりもよほど格上じゃ。もちろん氷霜巨人たちよりもじゃぞ」
マジですかい。
あの戦う気も起こらなかった氷霜巨人よりも格上なのか。
多分これって魔法陣の効果の上限を飛び越えているような気がする。
いつもスキルでどうやって作ったりしているのかわからなかったり、存在していなかった謎の素材が追加されていたりするが、その謎パワーが発揮されたんじゃないだろうか。
【錬金】スキルさんがどんな働きをしたのか月の女神様とやらに聞いてみたい。
が、今はそっちは置いておこう。
「それで、現状は卵のまんまだけど、生まれた瞬間に暴れたりとかしないよな?」
「分からん。そんなこと妾に聞くでない」
「そんな、俺は武器も防具も無くなったんだ。もし卵が孵ったらこいつに対抗できるのってフィーリアくらいしかいないんだよ」
「ええい、妾は知らんぞ。ヤマトが責任を持って育てるのじゃ」
一度落ち着いたと思った思考が再び暴走を始めた。
しばらく、フィーリアと卵の押し付け合いをしてしまった。
だが、いくら話していたところでどうなるものでもない。
やいのやいのと騒ぎ倒したあと、ようやく2人して冷静さを取り戻してきた。
「とりあえず、こんな街の中に危険物を置いておくわけにはいかないよな。どうせ火山の様子も確認しなきゃならないし、北の山脈に持っていこうか」
「そうじゃな。ここに置いておくよりはよいかもしれんな」
そう言って、フィーリアが魔法陣の上に転がったままの赤と青の縞模様の卵を撫でた。
が、そこで急に部屋の中に異変が生じる。
部屋は締め切ってあり風など吹いていないにもかかわらず、暴風が発生したように感じた。
慌てて目の前に腕を構えて風を防ぐ格好をする。
だが、実際にはやはり風など吹いていなかったようだ。
俺が風と感じてしまったのは、フィーリアの体から発せられた冷気だった。
そこでふと、この現象は一度目にしたことがあることに気がつく。
これは初めて俺が雪の街フィランへとやってきたときのことだ。
フィーリアが氷の女神像に触れて冷気を吸収したときの感じと似ているのだ。
そう思ったときにはすべてが終わっていた。
フィーリアから発生していた冷気がピタリと止まると、そこにはかつての姿のフィーリアがいたのだ。
「だ、だいじょうぶ? なんかフィーリアの体がまた子ども体型に戻ってんだけど」
「ふむ、どうやらこやつに冷気を吸い取られてしまったようじゃな」
「こやつってこの氷炎龍の卵にか? そう言われれば、青いところの模様が少し色が濃くなっているような気がするな」
今まで卵の模様は赤も青も同じくらいの色の濃さだったのが、青だけが濃くなっている。
もしかして、冷気を吸収した効果なのだろうか。
なら、卵が孵る条件は冷気とかの環境エネルギー的なものを吸収してからということになりそうだな。
「体は大丈夫なのか?」
「ああ、問題は無いとはいえ、少々困ったことになったのじゃ」
「困ったこと? 前よりも弱体化しているとかそういうことか?」
「いや、力の強さ自体は前のときと同じくらいの低下じゃ。フィランよりも南の地に行かなければ夏でも十分過ごせるはずじゃ。じゃが、問題はそこではない。妾の力が弱まってしまった今となっては、妾に噴火を抑える力もなくなったということなのじゃ」
ずっと、フィーリアには犠牲になってほしくないと考えていた俺だが、その言葉を聞いて「やってしまった」と後悔の気持ちが湧いてしまった。
いざとなれば解決方法があるというのは、無意識に俺の心に安心感を与えていたのだろう。
急に安心できるフィーリアの力がなくなったと聞いて、不安が押し寄せる。
この氷炎龍の卵がうまいことなんとかしてくれなかった場合は、大変なことが起こるのだ。
なんとかなるんだろうか。
「仕方がない。とにかく早いところこいつは火山に持っていってみよう。冷気を吸収したってことは、火山の熱なんかも吸収してくれるかもしれないし」
希望的観測でそう言った俺は、翌日の早朝に北の山脈へ向かうことに決めて、とりあえずの武器を作り始めるのだった。
□ □ □ □
「やっぱりアビリティの付いた武器ってのはすごかったんだな」
氷炎龍の卵を合成獣として生み出してから時間が経過している。
俺たちは北の山脈に向かっている途中だ。
背中には頑丈なカゴをつくって、そこに氷炎龍の卵を入れて運んでいる。
だが、安全な移動というわけではない。
たびたびモンスターたちが襲ってくるので、そのたびに新しく作った刀で倒しているのだが、やはり閻魔刀と比べると不満が残る。
マグナタイトで作った刀は鉄製のものと比べれば歴然とした差があるものの、ミスリルとマグナタイト、それにゴブリンキングの角を使って作られた閻魔刀と比べると遥かに見劣りしてしまう。
とくにゴブリンキングの角による力30%UPのアビリティが無くなって、体の感覚も違うのが気持ち悪く感じる。
一度いいものを使うと、それ以下のものには戻れないと聞いたことがあったが、そのとおりだなと思った。
「そろそろ火山が見えてくるのじゃ」
俺の前方を進んでいる10歳ちょいの年頃の女の子が声をかけてくる。
成長した姿のときには、ちょっとした拍子に色気のある仕草をしていたフィーリアだが、今の姿はまさに子どもと言ってもいいだろう。
本人の性格なんかは変わっていないのにすごく印象の変わるやつだ。
弱体化はしたものの、まだまだ雪の降り積もる北の山脈ではフィーリアの強さは変わらない。
シリアと並んで俺を先導するその姿は頼もしい限りだ。
そんな彼女たちの姿よりもさらに前方に火山が見えてくる。
以前に見たときよりもモクモクと煙が上がっている。
フィーリア情報によると火山が活性化しているらしいが、近づいても平気なのだろうか。
以前、この火山にまで来たときにはもっと時間がかかったのだが、今回は割と短い時間で来ることが出来ている。
それはひとえに氷炎龍の卵の特性によるものだろう。
どんなに山の天気が悪くなり、雪が降り、吹雪になりそうになってもその周辺の冷気を根こそぎ吸収してしまうのだ。
吹雪のはずが、まるで春の風のように心地よいものに変わってしまったときには驚いた。
今では卵の表面の模様は青色だけがすごく濃くなってしまっている。
濃紺と薄ピンクみたいな配色で非常にバランスが悪い。
火山の麓に到着し、そこから頂上にある噴火口に向かって登山を始める。
登っていくほど気温が上がっているのか、雪の量が減ってきて、地面がぬかるむところまであるほどだった。
噴火口に近づくほどに気温が上昇し続け、しまいには雪の溶けた水蒸気によってサウナのようになってくるほどの変わりようだった。
こんなことってあるんだろうか。
いま噴火してしまったら逃げることなど絶対に出来ないだろうと思った。
気温が暑いのは困るが、氷炎龍にとってはいいことではあるのだろう。
今は周囲の熱を吸収しているのか、少しずつ赤い色合いが増していっているように思う。
そうした変化を見ながら火山を登り続け、ようやく頂上の噴火口にまでたどり着く。
噴火口の直径は5kmほどと相変わらず大きくて圧倒されてしまう。
だが、その噴火口を見ていると以前とは違う変化があることに気がついた。
「おい、あそこを見てみろ。マグマの赤い色が見えているぞ」
そう言って俺が噴火口の奥を指差す。
たしか、以前に来たときには【鷹の目】スキルを使わなければ奥底のマグマを見ることはできなかったはずだ。
だが、今はスキルの力がなくとも赤い色が見えている。
こうなったら仕方がない。
危険性は高まるかもしれないが、少しでも早く氷炎龍の卵を孵すためには噴火口の中を降りて行ったほうがいいと考えた。
そこで俺はフィーリアやシリアには残ってもらい、卵を担いで下へ降りることにしたのだった。




