氷喰鳥
雪の降り積もった中を歩き、雪山を登る。
人が全く来ない場所で、当然ながら道路のようなものなどひとつもない。
寒さもきつく、凍えてしまいそうになる。
ただ、溶岩竜の鱗から取ったマグナタイトが役に立った。
洞窟ダンジョンで使っていた鎧騎士から作った金属の服の代わりに、マグナタイトでも服を作ってみたのだ。
鎧騎士の服には耐魔性能が備わっているので便利ではあったが、マグナタイトの服には耐熱・耐寒性能が備わっていた。
ようするに、異世界型ヒートテックみたいなものだろうか。
服がカバーしている範囲はある程度の寒さを防いでくれているので、以前北の山脈に来たときよりも遥かにマシにはなっている。
どちらも早々手に入らない品なので、かなりの高級服を着ていることになるか。
今度オリビアさんにでも一着プレゼントでもしてみようかな。
雪の街フィランに到着して、オリビアさんの屋敷に泊まった翌日には再び街を出ている。
オリビアさんに教えてもらった氷喰鳥の巣の場所はフィランから北西にある森だった。
このクソ寒いなかでも枯れない木が覆い茂っている場所があるらしい。
木の上に巣を作る習性のある氷喰鳥はそこにいるとのことだ。
ちなみに氷喰鳥に対してはフィラン冒険者ギルドからも依頼を受けた。
その森の近くにはたくさんの雪食羊がいたのだが、繁殖期に入っている氷喰鳥が巣を作ってしまい、羊たちが攻撃を受けているのだという。
普段はおとなしい氷喰鳥だが卵を守るためならどんな相手にでも容赦なく、苛烈に攻撃をし続ける。
最悪の場合は雪食羊の多くが殺されてしまうことにもなりかねない。
念の為にも巣を潰しておいてほしいということだった。
「氷喰鳥の巣には何匹くらいいるのかな」
「見てみんとわからんが、そう多くはないのではないか。最近になって巣を移動させたということはそこまで多くはなかろう。何と言っても氷喰鳥が卵を生むのは本来寒さが厳しくなる前じゃからのう」
「ということは、時期外れの産卵ってことになるのか。それなら、あんまり多くないってこともありそうだな」
などと話していると、だんだんと森が見えてきた。
森に生えている木を見てみると、細長くまっすぐに伸びる木のようだ。
葉も確かについているが、どれも針のように伸びており、肌に刺されば痛そうな感じがする。
と、そこに何かが動く影が見えた。
倒れているのは雪食羊だろうか。
真っ赤な血を流して雪に模様をつけて倒れ伏す雪食羊のそばに角狼の姿がある。
もしかしたら、氷喰鳥に殺された雪食羊の死体を食べに角狼が引き寄せられたのかもしれないと思った。
角狼くらいならばまだマシだが、これが雪原人などが集まってくるとフィランの住人も困るかもしれない。
氷喰鳥の巣を潰すというのは、そういう意味もあるのかもしれないと思った。
「とりあえず、あいつらは襲って来ない間は放置するか。氷喰鳥の巣は森に入らないと見つけられないだろうし」
「そうじゃな。さっそく探検するのじゃ」
1人で「オー」と腕を上げながら、フィーリアは勝手にスピードを上げて森へと入っていった。
それを追いかけるシリア。
しかし、あの2人と比べると俺の歩きは遅い。
あっという間に取り残されてしまった。
するとそれまでコソコソと死んだ雪食羊を食べていた角狼が顔を上げて俺を見てくる。
もしかして、高位精霊や女王雪豹がいなくなって俺という獲物が取り残されたようにでも見えたのだろうか。
口についた血を下でペロリと舐め取りながら、何匹もの角狼が走り寄ってくる。
腰に吊るした鞘を握り、右手で柄に触れた。
全方位から囲い込むようにして襲ってくる角狼に対して、閻魔刀を一閃する。
たったの一振りでも自分の前にいた角狼たちが真っ二つに両断される。
そのままの勢いで、左足を軸にしてクルリと振り返り再び刀を走らせる。
それだけで、戦闘が終了した。
鬼王丸の時点でもオーバーキルになってはいたのだが、閻魔刀だとさらにすごい。
刀の刀身が伸びたことで最初は多少の違和感もあったのだが、それもすでに解消されている。
そして、これまでに使ってみて気がついたのだが、閻魔刀のアビリティにある炎刀はすごく使いやすかったのだ。
魔刃を使うときの魔力消費量の半分ほどで炎刀が使えるといえば、その凄さが分かるかもしれない。
前までよりも格段に魔力消費が少なくなったのは、ミスリルとマグナタイトという2種類の素材を使ってつくった武器だからだろう。
溶岩竜のように熱くなると軟らかくなるようなこともないため、折れる心配もしなくてよく、気軽に使えるのもありがたい。
本当にいいものを手に入れられたと思う。
これって日本に持って帰ったりは出来ないんだろうか。
持って帰っても銃刀法違反になるだけだとは思うが、つい気になってしまう。
俺は角狼を倒したあと、すぐにフィーリアたちを追いかけようとした。
だが、その時一瞬だけ地面が暗くなった。
パッと顔をあげると、空を飛んでいるものがいる。
頭の先から尻尾までの長さが1mを超えるくらいの鳥型モンスター。
氷喰鳥がそこにいた。
翼を広げて飛んでいる姿は大きく見える。
その外見は頭・胴体・尻尾に羽根まですべて青色で統一されている。
バッサバッサと羽を羽ばたかせると、キラキラとした氷の結晶のようなものが舞い散る光景は幻想的な雰囲気を醸し出している。
普段ならば、その光景をみて心を踊らせるだけでよいのだが、今日は違う。
やはり、この森の何処かに巣を作っているのだろう。
全身青色の氷喰鳥のなかで唯一赤色をした瞳をこちらに向けると、襲い掛かってきた。
まるで、戦闘機のアクロバット飛行のように上空から地面スレスレまで降下したと思うと、ぶつかることなく水平に移動する。
それを迎え撃とうと刀を構えるのだが、それを察知するとすぐに氷喰鳥は軌道を変えた。
俺の攻撃範囲の外側でクンと向きを変えると背後をとるように移動する。
そして、その途中でくちばしを開けて攻撃をしてくる。
まるで氷の散弾のようなものが口から発射される。
直径1cmほどの大きさの氷が数を数えられないくらいの多さで飛ばされるのだ。
避けることは難しい。
これが氷喰鳥の戦い方だった。
氷の散弾は射程距離が短いのだが、それを補うために高速かつ変則的な動きをする飛行方法で接近し、ダメージを与える。
相手が弱ったら後はくちばしなり爪なりで攻撃していけばいいということになる。
普段はおとなしい子が怒ると怖いというやつのモンスター版とでも言うのだろうか。
本当に厄介だ。
だが、今の俺には閻魔刀がある。
俺は閻魔刀に魔力を流して炎刀を発動した。
飛んでくる氷の散弾に対して、俺の顔に向かうものを中心に切り払うようにして刀を振る。
一体どれほどの熱量が閻魔刀にあるのかわからないが、縦に振った刀の軌道に沿って氷の弾が水どころか水蒸気へと変化する。
切り払えなかった分が胴体や足へとあたるが、それは我慢だ。
俺はその両目を開けて氷喰鳥を睨みつけるようにしてタイミングを待った。
――飛翔斬
幾度かの攻防を繰り返しながらタイミングを待つこと数分。
ついにその時がきた。
俺の体の上を飛び越えるようにして氷喰鳥が飛んだのだ。
その瞬間にアーツを発動させる。
上空にいる相手に対して高く飛びながら切り払うことのできるアーツだ。
通常では飛び上がることなど出来ない程の跳躍力をみせて、俺を飛び越えようとしている氷喰鳥に襲いかかる。
胴体をスパッと断ち切るようにして、氷喰鳥は体を2つに分け、雪の上へと落下していった。
「フウ」と息が口から漏れる。
だが、ここで気を緩めてはいけない。
周囲へと目を向けて、他に氷喰鳥がいないかどうかを確認した。
幸いなことに他にはいなかったようだ。
今回はたった1匹でいたからよかったものの、こいつが複数集まって縦横無尽に飛び回り攻撃してくるとすごく面倒になるだろう。
これに対する一番確実で楽な対処法は、フィーリア大先生の精霊魔法だ。
俺は刀を鞘に戻してから、急いで森の中にいるはずのフィーリアとシリアを追いかけることにした。




