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ダメージ

 その一撃はまるで爆撃のようだった。

 溶岩竜の口から放たれた灼熱の岩、火竜弾と呼ばれるものが発射される。

 表面がドロドロに溶けたマグマのような液体金属の弾が、眼にもとまらない速さで飛んでいく。

 火竜弾が俺のところへと飛んでこなかったのは、たまたま運が良かっただけだろう。

 俺の頭上を越えてさらに後方にいるフィーリアとガロードさんに目掛けて火竜弾が飛んでいった。

 どうなったのかわからなかった。

 爆音とともに地面が揺れて体がふらつく。

 一度ちらりと溶岩竜の姿を見てから、顔を少しだけ動かして後方を見る。

 火竜弾が着弾したであろう場所が真っ赤になってしまっていた。

 明らかに火竜弾の大きさ以上に広がる溶岩のようになった地面。

 着弾と同時に地面が熱せられて溶けてしまったのかもしれない。

 あんなものはガードしても体に大火傷ができてしまって死んでしまうに違いないと思った。


 だがしかし、その火竜弾を防いでいるものがいた。

 盾を持ったガロードさんではない。

 高位精霊たるフィーリアがその攻撃を防いでいたのだ。

 もっとも、正面から受け止めたわけではなかったようだ。

 大きな氷の壁を作り出し、しかもその壁に角度をつけて自分の方へと向かってくる火竜弾を別の方向へと受け流していたのだ。

 事実、フィーリアたちのいる場所よりも左側へとずれて着弾している。

 おかげで着弾と同時に溶けた地面の熱なども特に影響はないようだった。


 だが、フィーリアの出した防御用の氷壁も無事とはいえない。

 かなりの分厚さの氷壁を出したはずなのに、それが火竜弾の熱によって溶けてしまい崩れ去っている。

 あれでは、何発も火竜弾を使われては防ぎきれなくなるかもしれない。

 なんとしてもやつを仕留めなくてはならない。


 フィーリアたちの無事を確認すると、俺は溶岩竜に向かっていく。

 どうやら、やつもそうそう連発することは出来ないようだ。

 しかし、まだ体は元の赤黒い色ではなくマグマのように赤くなっており熱を放っている。

 どうもやつの身体自体も高温になっているみたいだ。

 再び、先ほどのように後ろ足へと攻撃しようとした。

 だが、それは叶わなかった。

 溶岩竜がその長い尻尾を振り回して俺を攻撃してきたのだ。


 あの尻尾攻撃は思った以上にめんどくさい。

 近づくと避けにくいし、遠距離からでは振り回すだけでも牽制になってしまう。

 先に尻尾をどうにかしたほうがいいかもしれない。

 俺はそう判断して、自分の元へと迫ってくる尻尾を迎撃するために足を止めた。

 尻尾の先から3mほどの位置に当たるところが俺に近づいてくる。

 この場所ですらかなりの太さだ。

 普通に切るだけでは切断も出来ないかもしれない。

 そう考えて、鬼王丸には魔刃を、そして刀術スキルのアーツも併用して使うことにした。


 ――旋風斬


 発動させたアーツは旋風斬だ。

 よく使うアーツの回転斬りが地面と水平に回って周りのものを切るのに対して、旋風斬は体をジャンプさせて縦に一回転しながら刀を振るう。

 これは尻尾を振り回されながら近づいてきているので、普通に切っただけでは俺と衝突してダメージを貰う可能性を考えたため、飛び越えながら攻撃できるアーツを選択した。

 自分の前方に高く飛ぶように両方の太ももに力が入る。

 ググッと腰を降ろしてから、両脚にかかった力を爆発させて跳躍する。

 それと同時に空中で自分の体を制御して前回りの要領でクルリと一回転した。

 地面から少し浮いた状態で振り切られた溶岩竜の尻尾が俺の体の下を通り過ぎる。

 ほとんど手応えを感じなかった。

 だが、効果はあったようだ。


 俺が溶岩竜の尻尾を使った棒高跳びを成功させると、その尻尾は遠心力に従ってあらぬ方向へと吹き飛んでいった。

 広々として空間が広がるダンジョン最下層で、尻尾の先の3m部分がバンバンと地面をバウンドしながら飛んでいく。

 しばらくすると、ズザザザザという音をたてて切断された尻尾が停止した。


「グ、グガアアアアアアァァァァァアアアアァァァァァ」


 溶岩竜の慟哭がこだまする。

 やはり相当な痛みを感じているようだ。

 それと同時にわかったことがある。

 溶岩竜の防御力についてだ。

 今の一撃は魔刃とアーツを組み合わせはしたが、それでも抵抗がなさすぎた。

 さっきまではいくら太いとは言っても足の指を切るのにも苦労していたのだ。

 それが今度はどうだ。

 尻尾を真ん中ですっぱりと切り落とせている。

 これが意味するところはただ一つ。

 今の溶岩竜の防御力は極端に落ちているということだ。

 火竜弾を放つために体表の色が変わったのが原因なのか、あるいはスキルとして持つ硬化スキルを使用していなかったのかは分からない。

 だが、こんな機会を逃してはならない。


 それを本能的に素早く察していたのだろう。

 溶岩竜の巨体がグラッと傾いた。

 まるでいきなり足を踏み外したかのような挙動だった。

 間違いない。

 俺からは見えていないが溶岩竜の右足側にいたシリアが攻撃したのだろう。

 こちらからでも胴体のそばに見えている右の前足は健在なので、おそらく後ろ足にダメージをおったに違いない。

 ならば俺も便乗する。


 ――疾風切り


 再びアーツを発動させた。

 尻尾を切るために溶岩竜の体から少し離れていたため、今というチャンスを逃さず攻撃するために、移動速度をアーツに肩代わりしてもらう。

 溶岩竜の左後ろ足に狙いをつけて疾風切りを発動させると、上体を低くして最高速度でダッシュした。

 まるで弾丸のようなスピードで僅かな歩数とともに接近し、横薙ぎに刀を振る。

 今度は指狙いではない。

 左後ろ足を切断するつもりで刀を振るった。

 だが、さすがに自分の体を支えるための場所なのか、足の骨の部分は硬かった。

 ガキンと音がして、足に刀身がめり込んだ状態で止まってしまう。


 ――燕返し


 これ以上俺の腕の力に任せて刀を動かしても意味がない。

 それどころか、下手したら刃が折れてしまうかもしれない。

 そう思った俺は、足の途中に刺さったままの刀に次のアーツを発動させた。

 一度停止した切っ先が方向を変えて再び動き出す。

 まるで骨に沿って身を削り落とすかのように、刃は下へ下へと滑り落ちていって再び自由を手に入れた。

 ちょうど、溶岩竜のふくらはぎというかアキレス腱のあたりに切れ込みを入れてかかとに向かって切り落としたような感じだろうか。

 こいつが純粋な生物なのかどうかもよくわからないが、これで多少動きが悪くなってくれると思う。


 と、そこで溶岩竜の体が大きく動いた。

 先ほどのように体重を支えられなくなってグラついたわけではない。

 むしろ自分から体を動かしていた。

 溶岩竜の体をそのまま横に押し出すように、その巨体を使ってタックルしてきたのだ。

 俺はあまりにやつの体に近すぎた。

 その体が動くところを見ても、まさかタックルをしてくるとは思いもしなかったのだ。

 まるで、熱した鉄のように熱くなった溶岩竜の体が俺の全身にぶち当たり、俺は吹き飛ばされた。

 それは他から見ればボール遊びのように見えたかもしれない。

 溶岩竜の巨体と俺の肉体では重さが違いすぎる。

 冗談のように、空中へと体が吹き飛び、数秒の滞空時間を持って地面へと叩きつけられた。


 ガハッと口の中から息が吐き出される。

 無意識に頭を守るようにしてかばっていたようで、地面へと投げ出されても意識を失うことはなかった。

 だが、全身が熱いというよりかは痛みを感じている。

 きっと溶岩竜の体の熱と衝撃が両方共痛みとして感じているに違いない。

 なんとか、顔だけでも動かそうと無理やり周囲の状況を確認した。

 しかし、俺の目に映ったのは、今まさに溶岩竜が次の火竜弾を発射しようとしている姿だった。


 やばい。

 あの攻撃は避けなければいけない。

 たとえ運よく着弾点がずれることがあったとしても、地面すらドロドロに溶かしてしまうくらいの高熱を持っているのだ。

 さすがにそんなものには耐えられない。

 いまだにクラクラとしている頭を左右に振ってから、両手に力を込め、体を起こす。

 だが、その行動は遅すぎた。

 溶岩竜の火竜弾が発射されたのだ。

 時間がスローモーションになったように感じた。

 高速で飛んでくるはずの火竜弾が少しずつしか進んでいないように感じる。

 であるというのに、俺の体がそれを避けることも許されず、その場に立ち続けることしかできない。

 まるで一瞬を何百倍にも引き伸ばされたような感覚の中、しかし、その中を動くものの姿が見えた。

 その体は俺よりも高い190cmくらいの、ガタイのいい男性。

 ガロードさんだった。

 俺が立つ地点よりも数m手前に割り込むようにして現れたガロードさんが盾を構える。


 (無茶だ! やめろ!)


 声に出して叫びたかったが、それもできなかった。

 俺の目の前で、ガロードさんの構える盾と火竜弾がぶつかったのだった。

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