棺の中
その日、滅多に人の来ない公爵領の関所に見慣れない馬車が止まった。
「何者だ」
公爵領側の門番が、不自然な低い位置にある小さな窓越しに、しかめっ面を出して問い掛ける。
「私はヴェヴェリタ伯爵家のエレナ。こちらはシャルぺ伯爵家のビクター。公爵夫人となったラリサに会いに来たの。私達は彼女の友人よ。門を開けて頂戴」
馬車の中から、尊大な態度でそう告げるエレナ。
「……奥様のご友人だと? 暫し待たれよ」
しかめっ面でしわくちゃの門番は、それを聞くと小さな窓から顔を引っ込めて門の中で仲間達と何やら話し始めた。
「なんだ?」
「奥様の友人らしい」
「でも、人間だろう? どうしたらいいんだ?」
「ただの人間なら直ぐに追い返すのに……」
「奥様のご友人が来たって!? そんなの聞いてないぞ!」
「奥様かご主人様に確認した方がいいんじゃないか?」
「何時だと思ってる!? こんな日暮前に来るなんて、非常識な奴等だ!」
「ご主人様はまだ寝てるんじゃないか?」
「とにかく城に使いを出そう」
「おい、誰かビィを呼んでくれ」
「ハーイ、何かご用?」
パタパタとカナリア色の翼を広げて降りて来たハーピーのビィは、門の外の人間の気配に飛び上がる。
「あらら、こんなとこに人間がいるじゃない!」
「奥様のご友人だそうだ。奥様に会いたいから中に入れろと言ってきてる。ご主人様と奥様にどうするか聞いて来てくれ」
門番から聞いた人間達の名前を、サラサラと羽ペンを器用に使ってメモを取ると、ビィは両翼をバサバサと羽ばたかせた。
「分かった、行ってくる。ちょっと待っててー!」
「奥様ー?」
日が落ちる前の、寝静まった明るい公爵城に入ったビィは、ラリサの寝室に行き呼び掛けた。が、そこには誰もおらず、ベッドにはラリサが眠っていた形跡さえ皆無だった。
「ここじゃないなら……あそこかな!」
自慢の脚力で方向転換したビィが向かったのは、公爵の寝室だった。
「奥様、ご主人様! 起きてください」
「んん……?」
ビィの声と羽音に目を覚ましたラリサは、眠っていた棺の蓋をほんの少しだけ押し開けて隙間から外を見た。
「ビィなの……?」
遮光のカーテンは見事に日差しを遮っているが、隙間から差し込む微量な光から察するに、外はまだ明るい。
「まだ日が昇ってる時間じゃない……こんな時間にどうしたの?」
自分の体に巻き付いた公爵の腕を優しく外して起き上がったラリサは、眠たい目を擦りながらビィに小声で問い掛けた。
眠り続ける公爵が起きないように配慮したラリサとは裏腹に、ビィは甲高い声で告げる。
「関所の昼勤ゴブリン達が困ってるんです! 奥様のご友人が奥様との面会を求めて門を開けろと言ってるみたいで」
「んん……なんの騒ぎだ?」
ビィの声で目を覚ました公爵が、寝起きの掠れた声で唸った。
「あら、旦那様。おはようございます。まだ日が差している時間ですので、ご無理をなさらないでください」
ラリサを探してパタパタと動く手を握ってやりながら、ラリサは低血圧の夫を気遣って優しく囁く。
「君の……友人が来たのか?」
「ああ、そうそう。私の友人がどうとかでしたわね。ビィ、誰が来たと言ったかしら?」
ラリサの問いに、ビィは先程のメモを取り出して読み上げた。
「えっとですね……ヴェヴェリタ家のエレナ様、シャルぺ家のビクター様、ですね」
それを聞いたラリサは、困ったように頰に手を当てる。
「まあ……二人とも、招待もなしに他人の領地に押し掛けるような非常識な方達ではないのに、いったいどうしたのかしら。困りましたわねぇ」
寝起きの働かない頭で、公爵は困り顔の妻を見た。
「……領地に入れてやりなさい」
静かな公爵の言葉に、ラリサは驚いて夫を見下ろす。
「でも、旦那様……」
「君の友人なら構わないさ。領民達に危害を加えたりしないだろう?」
「それは……そう思いますけれど、もし何かあったら……」
「君も、久しぶりに友人達に会いたいんじゃないか?」
ラリサを気遣ってそう言ってくれる公爵に、ラリサもまた公爵の立場を思い遣った。
「会いたくないと言えば嘘になりますが、旦那様や皆さんにご迷惑をお掛けする方が嫌です」
不安げなラリサの菫色の瞳が揺れるのを見た公爵は、ふっといつものように優しく微笑んだ。
「他でもない私の大切な妻の友人を、門前払いするわけにはいかない。来てしまったのだから、きちんともてなして、無事に帰ってもらおう」
「旦那様……」
「それに。いざという時は……その時考えればいい」
繋いだラリサの手を引いて、その甲に口付けを落とした公爵は、赤い目でラリサを見上げた。
「分かりましたわ。旦那様がそうおっしゃってくださるのなら。ビィ、もてなしの準備をしたいのだけれど、カロルはいるかしら?」
ラリサが聞くと、ビィは首を捻った。
「カロル様ならフラスコじゃないですか?」
「まだそんな時間なの? いくらなんでも、こんな時間に来るなんて……。本当にあの二人らしくないわねぇ」
通常の貴族であればティータイムに打ってつけの時間帯ではあるものの、公爵城の住民からしてみれば、今は睡眠妨害も甚だしい非常識な時間帯だ。
すっかり公爵城の暮らしに染まったラリサにとって、友人達の好意はあまり嬉しいものではなかった。
「仕方ないわ。準備は私がなんとかするから、カロルが起きたら私の友人達を関所まで迎えに行ってと伝えて?」
「確かに。人型のカロルなら、君の友人達も怖がりはしないだろう。城の使用人達も、今日ばかりは人型のグール達を中心に客人の対応にあたってもらった方がいい。ビィ、グール達に伝言を頼む」
「ハーイ!」
飛んで行ったビィの背中を見送り、ラリサは夫に身を寄せる。
「……お客様が来るというのは、なかなか面倒ですわね。領地に籠っているのが一番ですのに。領地から出たがらない旦那様の気持ちがよく分かりましたわ」
せっかく気持ちよく旦那様と寝ていたのに、と愚痴をこぼしながら。ラリサは友人達を迎えるために、暖かくて狭くて慕わしくいい匂いがして窮屈な、とてもとても心地好い棺の中から起き出したのだった。
「まったく、いつまで待たせるのかしら。もう日が暮れてしまうわ」
馬車の中でイライラと腕を組むエレナの向かいで、ビクターはガリガリと爪を噛んでいた。
「いざとなったらあの門を無理矢理突破するぞ」
物騒なことを口走るビクターに、流石のエレナもそれはどうかと思う。
「……あのね、ビクター。よく見て欲しいんだけど、あの門はどう見ても鉄製だわ。とても頑丈そうだし、そう簡単にどうこうできるものではないと思うの」
「…………」
エレナがそっと囁くも、それに対するビクターの返事はなかった。
「大丈夫ですよ。公爵は必ずお二人を迎え入れるはずです」
そんな二人に対し、エレナの執事のアルミンは自信満々に請け合った。
アルミンの言葉は正しく、日が暮れるまで待たされた後で、公爵領の関所に設けられた鉄門がゆっくりと開けられた。
「迷惑な客人もいたものですね……」
起き抜けに招かれざる客人の話を聞いたカロルは、公爵領で一番速いバラウルに乗って関所まで飛んで来ていた。
トロール達の怪力で開いた鉄門。その向こうから領内に入ってきた馬車の中の客人達に向け、カロルは完璧な笑顔で頭を下げる。
「オホン。改めまして。ようこそ、奥様のご友人方。公爵城家令のカロルと申します。ドラキュール領の住民は少々変わり者ですので、ここは領地を代表して私が皆様をご案内しに参りました」




