ギフト
「シン君、そこまでにしておきましょう」
朝孝がイデアールとの模擬戦に区切りをつける。
もう少しイデアールの槍から、長物との戦い方、中距離から遠距離の特徴や対策について学んで起きたかったが、既に“自分に出来ることをする”という、戦いの中での贈り物を受け取ったのもあり、あまり長く彼を引き止めてしまうのも悪いと思い、シンは朝孝の判断に従った。
「もういいのか? ・・・そうだな、時間が余ってしまったから、明日の仕事を前倒しでやってしまうのも良いか・・・」
どうやらイデアールの今日の、仕事か任務か分からないが、やることは終わってしまったのだと呟いた。
それを聞いたシンは、稽古のお礼にと、彼の仕事を手伝うと申し出る。
「イデアール、稽古のお礼をしたい。 その仕事とやら、俺にも出来る事だろうか?」
「稽古だなんて・・・、俺は大したことはしてないし、いい運動にもなったから別に気にしなくていい」
彼はそう言ってくれたが、次にいつ会えるか分からない彼にシンは、返せる時に恩は返しておきたいと思うようになっていた。
それというのも朝孝の昔の話を聞いてシンは、自分達のようにゲームの世界であるにも関わらず、現実のように痛みや苦しみがある世界でシン達の存在とは、明確に生命体であるのか、それともデータであるのか、実にあやふやな存在である。
故に、いつどうなるかも分からない常態で、自分達へ親切に接してくれたり、施しをしてくれる人達といつ会えなくなるか分からない。
朝孝が、武蔵や卜伝に危険が迫る日本から送り出され、二度と会えなくなってしまったこと、彼は今でも二人に会えることなら会いたい、会ってちゃんとお礼を言いたいと、後悔しているのを聞いていたからだ。
「何かをしてもらったら、何かを返す。 この国が掲げる“思い遣りの心”と同じだろ? 朝孝さん、構いませんよね?」
朝孝は勿論というように頷いてくれた。
シンの言葉に負けたよというような表情をし、イデアールは少し考えた後、シンに手伝ってもらう事について説明する。
「そうだな・・・、それなら聖都から市街地へ運ぶ物があるんだが、それを手伝ってもらおうか」
「勿論だとも! それじゃ朝孝さん、アーテム、少し行ってきます」
イデアールの稽古のお礼に仕事を手伝いに行くのを、朝孝は笑顔で送り出してくれ、アーテムもこちらを向きはしなかったが、手をダルそうに振りながら送り出してくれた。
こうしてシンは、イデアールと共に聖都へ赴くこととなる。
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イデアールが道場を訪れる二、三日前の事。
聖都ユスティーチへ、他国から訪れていた商人を護衛するというクエストを受け持ったルーフェン・ヴォルフの幹部達が、無事商人を自国へと送り届けていた。
「いつもありがとね、兄ぃちゃん達! 助かるよ、主に金銭的に」
商人の男はいつものように荷台の中から小袋を取り出すと、護衛を果たしてくれた者達に報酬の品を払う。
「俺たちしがない商人にとっちゃ、騎士様に護衛を頼むと懐に響く。 その点、安く引き受けてくれるアンタらには感謝してるよ」
「いいってことよ! 俺らには俺らなりにやらなきゃならない事をやってるだけだからな!」
聖都ユスティーチ全土の安全は、騎士隊によって保証されている。
しかし、ユスティーチを訪れる商人達の護衛は、国外ということになるので、そこから先は依頼、又はクエストという扱いになる。
国外からも、聖都の騎士の実力は高く評価されており、彼らが護衛についた者達は、誰一人危険な目にあったことがないと言われるほど信頼されている。
護衛は、聖騎士と騎士で別れており、報酬が変わってくる。
商人の程度にもよるが、ユスティーチの護衛となればそれなりの額となるため、毎回頼んでいては、厳しくなる者も少数いる。
そんな彼らのためにルーフェン・ヴォルフは、格安の報酬、或いは情報の提供などで受け持っている。
この活動は彼らの組織としての顔を広める意味でも、ユスティーチという国が貧困の者の為に対策を講じてくれているという意味でも、他国へのアピールになる為、シュトラールもこれを容認してくれている。
「それより・・・、前に話していたアイテムの話なんだが・・・」
ルーフェン・ヴォルフ幹部の者が、商人に話を持ちかける。
「あの件ならもう発注しておいたよ。 そろそろ聖都に届く頃じゃないかな?」
「ホントか!? ありがとよ! 助かるぜ。 アーテムの兄貴へ良い贈り物が出来そうだ!」
アーテムの口調に影響を受けた幹部の男が、商人の手を掴み感謝を伝える。
ルーフェン・ヴォルフ幹部、クラレ。
ナーゲルと同じく小柄で素早い動きを得意とする少年で、アーテムを兄貴と慕う。
「これで私たちの活動も、大きく変わるね!」
ルーフェン・ヴォルフ幹部、ナーゼ。
茶色髪を腰辺りにまで伸ばした、糸目で大人しい様子の少女。ナーゲルやクラレよりも年上で、匂いを嗅ぎ分け索敵したり、行動を先読みすることが出来る。
「俺たちの行いが広く知れ渡れば、救える命も増える筈だ・・・」
ルーフェン・ヴォルフ幹部、ブルート。
細剣と言われる刺突用の剣を得意とし、華麗な剣技で相手の血液を抜き取る戦い方から、怒らせたくない人間としてルーフェン・ヴォルフでも有名な細身の青年。
「さぁ、行こうか。 シュトラール殿が許可をお出しになれば良いが・・・」
ブルートは繊細で心配性なこともあり、護衛を行う際や、物事を進めるときは準備を整えたがる。
「大丈夫だろ!? 良いことしてんだし。 なぁ、ナーゼ?」
「私も大丈夫だと・・・思う。 危険なものでもないし・・・」
三人は、商人と別れを告げ、聖都ユスティーチの帰路へと向かう。
その頃、聖都では他国との貿易で入ってきたアイテムや商品などの査定をしていた。
「これは・・・、シュトラール様。 ルーフェン・ヴォルフ宛に発注された物のようです」
コツコツと、高貴な履物の音を立て近く男。
白髪の長い髪を、小さな銀の筒が少量ずつ複数に渡り束ね、顎から鼻まで覆う黒いマスクには空気を清浄するようなファンが付いている、変わった装飾をしており、真っ白い羽織りものに聖都の紋章が刻まれている。
「移動ポータルか・・・、時間系の魔法がかけられた回数制限のある移動手段のようだな」
アイテムを手に取って眺めると、それだけでどんな効果を持ったアイテムなのかを見抜いていく。
「あとで聖騎士隊に届けさせる。 別にして分けて置いてくれ」
作業をしている騎士達が、アイテムの分別を始めながら作業に戻る。
そこへ任務を終えたイデアールが帰還すると、シュトラールへ任務の報告と報酬を渡しにやってくる。
「シュトラール様、モンスター討伐の任、完了致しました」
聖都ユスティーチから北部にある山岳地帯に、頻繁に近隣の国へと現れるようになった上位のモンスター。
その調査と討伐の任務を任されていたイデアールは、調査報告とそのモンスターのドロップ品についてシュトラールへ話す。
「そうか・・・うん、使えそうだな。 ありがとう、イデアール。 怪我はなかったか?」
シュトラールは戦闘の任務やクエストへ送り出した騎士達に対して、手厚いケアと報酬をする。
彼にとって志を同じくする、正義をなす騎士という存在は掛け替えのないもののように、騎士達は感じており、そんな彼に敬意と感謝を忘れない。
「イデアール、休暇の後でも構わないのだが、一つ物運びをお願いしたい」
シュトラールの申し出にイデアールは、休暇など取らずとも直ぐに任に就くと答える。
「彼ら・・・、ルーフェン・ヴォルフへの品物だ。 市街地へは君が一番適任だろう。それと追加の物資も届けてやってくれ。 場所は・・・、彼らの使う“入り口”とやらに運んでもらいたい」
ルーフェン・ヴォルフの者達が、聖都側は知らないであろうと使っていた地下のルートだが、勿論のこと、王であるシュトラールが知らないはずもなかった。そしてそれは、聖騎士隊隊長の者も同じく、“入り口”について把握していたのだった。
「追加の物資ですか・・・。この前、定期の分を送りましたが追加でですか? その・・・失礼だったら申し訳ないのですが、まさかシュトラール様がここまで彼らに協力的であられるとは思いもしなかったもので・・・」
そもそもシュトラールの“悪を根絶やしにする”思想と、ルーフェン・ヴォルフの“正せる者は正すべき”の思想は、よくぶつかり合っていた。
だが、それも民の為なのだとシュトラールは彼らの活動を禁止にはしなかった。
そしてそんな彼らに、武器やアイテム、食料などの物資を提供している上、追加で物資を送るシュトラールの行為に、てっきり敵対心を持っていると思っていたイデアールは驚いたのだ。
「彼らも、彼らなりに聖都ユスティーチのことを考えてやっていることだ・・・。これは私からのギフト・・・だよ」
シュトラールは物資に手を置き、何かを想うようにイデアールに話した。
そんなシュトラールの話に、イデアールは感銘し、喜んでその任に就くことを彼に告げた。




