ルーフェン・ヴォルフ
聖都ユスティーチ、市街地。
美しい街並みと、行商人や交易の馬車、活気のある人々の声が飛び交う賑やかな街。
市街地に入るまでは不安だったシンの心境も、新しいおもちゃを与えられた子供のように弾む。
「すごい・・・ッ! 正にファンタジーものの大都市って感じだ!」
ミアも態度には表さなかったが、その目に映る光景に瞠若していた。
「あぁ・・・、これは・・・すごいな」
「ミア! 何か食べないか!? 美味そうな匂いがあちこちからするッ!」
物流があれば様々な物が出入りする。
当然食物や飲み物も、他国から流れてくる。
食材が豊富なら料理の幅も広がる。
ユスティーチの都市に美味い料理が多いのもまた必然であった。
「そうだな・・・、あぁ!まずは腹拵えだ!」
ミアと出会ってメアと戦闘をしていた頃まで、彼女は冷静であり男勝りであり、人を遠ざける、どこか冷たい印象だったが、少しづつ変わってきたミアに、シンはホッとしていた。
海の幸から山の幸、そして食欲を誘う肉を焼く香り。二人は金の許す限り食べ歩いた。
「珍しいものが多くて、アレもコレも食べたくなるな!」
「宿代は残しておけよ? 私はお前の分は取っておいていないからな」
この世界に来て初めて、世界を満喫している気がする。今だけは不安も嫌なことも忘れられる、二人はそんな気がしていた。
ドンッと、シンに何かがぶつかる。
「わっ!」
そこにはシンにぶつかり、尻餅をつく少年の姿があった。
それと同時に、シンの衣服に少年が持っていた飲み物がかかり、染みている。
「あぁ・・・、ごッごめんなさい! お怪我はありませんか!?」
少年の母親だろうか、一人の女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。
それだけなら、賑わう街中であるならばありきたりなシチュエーションなのだが、シンとミアが異常に感じたのは、母親が青ざめた表情で冷や汗をかき、何度もシンに頭を下げてきたことだ。
「だ、大丈夫です。 これぐらい気にしてませんから・・・」
母親の異常な動揺を落ち着かせようと、シンも説得を試みるが、彼女の慌てぶりが治ることはなかった。
「ごめんなさいッ! ごめんなさいッ!! 何と謝罪を申し上げれば良いのか・・・。 あぁ、どうかこの事は騎士様へはご内密に・・・。 お詫びなら何でもいたしますからッ!!」
泣きつくようにシンにしがみ付き、許しを乞う彼女に、二人は顔を見合わせる。
「許すも何も、俺は気にしてないから大丈夫です。 一体、何がそこまで・・・」
シンが母親に理由を聞こうとした時、後ろの方から声が聞こえてきた。
「騎士様には・・・、何だって?」
白銀の鎧を身にまとった男が数名、こちらに歩いてくる。
母親は少年を抱き寄せ、絶望の表情を浮かべる。
「ごめんなさい・・・、この子は悪くないんです、私が・・・。 そう! 私が彼にぶつかったのですッ! 私が悪いんです!」
少年の罪を庇うように母親が騎士に話し出す。しかし、騎士はまるで見ていたと言わんばかりに返した。
「無駄なことだ・・・。 お前の身長から、どうしたら彼の衣服のあんなところにかかるというのだ。 それに・・・かの者の罪を庇いだてするというのであれば、お前も同罪で裁かれることになる」
たかだかぶつかっただけで、罪だとか裁かれるといった言葉が出ることにシンは驚いた。そんなことで、少年やその母親は何かの罪に問われ、裁かれるとでも言うのだろうか。
「ま、待ってくれ! 俺なら大丈夫だ。 だからこの親子を見逃してやってくれないか?」
騎士に、親子とのことを何とかならないか説得しようとしたが、騎士の意見に変動はない様子だった。
「旅のお方か・・・。 街の者が不快な思いをさせてしまいました。 この親子は我らが法と秩序のもと、責任を持って裁きを下します故、お許しを・・・」
「何を言ってるんだ・・・? 被害者である俺が許してるし、何かしてほしいなんて思ってもいないんだ」
シンの言葉に動きを止める騎士。
「貴方が許す許さないの問題ではないのです。これは国としての・・・我々騎士としての守らなければならない責務なのです」
そして騎士は、ゆっくりとシンの方を向くと、声色を変えてとんでもないことを言い出した。
「貴方も・・・、この親子の罪を庇うというのなら、悪を庇う罪と捉えられますよ?」
その言葉にシンの動きが止まり、言葉が出なくなる。
静止画のように止まる場の雰囲気の中、更に別の者達が、異常な光景に静まり返る空気を切り裂くように現れる。
「その一件、俺達が引き受けさせてもらうよ。 なぁ・・・騎士“様”?」
その声を聞くと、騎士の動きは一瞬止まり、ゆっくりと親子から離れていく。そして今度の矛先は、遅れてやってきた男達の方へと向いた。
「貴様らの掲げる信念や理想とやら、このようなことを招き、蔓延させるのだぞ!」
男達の登場で、どうやら騎士達は親子をどうこう出来る立場にはなくなったらしい。その苛立ちのようなものが、騎士の発言から感じ取れる。
「市街地での問題へは、俺達の介入が認められている。 ここではアンタらの好き勝手にはさせねぇよ・・・」
騎士に歩み寄る男は、目の前で立ち止まり睨みを効かせる。
「・・・今に分かるぞッ! 貴様らが間違っていることに・・・」
負け惜しみのように捨て台詞を吐いて、騎士達はその場から離れていった。
人集りはゆっくり解散し始め、母親が子を引き連れ男の元へとやってくる。
「ありがとうございますッ! ありがとうございますッ!! このご恩は一生忘れません!」
何度も深々と頭を下げる母親の行動をやめさせる男。
「もういいから・・・、早く行きな」
優しく諭し、親子が立ち去るのを見送る男達。すっかりその場も先ほどまでの賑わいに立ち戻り、男はシン達に声をかけた。
「アンタ達、冒険者かい? 何も知らねぇんでビックリしただろ。 これが平和だ秩序だとか抜かしてる騎士“様”達の都市、聖都ユスティーチの姿って訳さ・・・」
男はシン達に背を向け、首でついてくるようジェスチャーをする。
「ついて来な。 この街のこと・・・、教えてやるよ。 何も知らないんじゃ、命がいくつあっても足りねぇからな」
シンとミアには何が何だか分からない様子で、顔を見合わせる。
「ど、どうする? ミア。 ついていって大丈夫だろうか・・・?」
「またトラブルに巻き込まれるのも御免だ。 取り敢えずついていって話を聞いてみよう。それに騎士を退けさせたんだ、どうやらそこそこの権力があるのかも知れないしな・・・」
ミアの意見に同意し、二人は男のあとをついていくことになった。
「なぁ、何処へ向かうんだ?」
シンが男に問いかける。
「ん? ・・・あぁ、この市街地を守ってる俺達組織の本拠地だよ。 安心しな、この街じゃ一番安全だぜ」
「組織・・・?」
どうやら聖都ユスティーチには、騎士の他に街の秩序や治安を守る別の組織があるらしい。
「今の聖都ユスティーチのやり方とは別の正義を目指す組織、ルーフェン・ヴォルフのアジトさ」




